1-19
いつどんな時でも常に心の片隅で構えていなければ命を落とすこともある。
実際にその道に進むために入学して来た者が居るのだから、なおさらだった。
「まぁ。それでも、今日貴様らは一度死線を乗り越えた。運も生き残るファクターとして重要だ。これからの人生例えどの様な道を選ぶとしても今日の事を決して忘れるな! 屈辱でも後悔でもいい! 心に刻み込んで生きていけ! それから由岐島!」
「あう~」
栞は、紅の真っ赤な瞳を真っ直ぐ見据えて涙ぐんでいる。
完全に予定外の結果を迎えてしまったからだった。
その涙の理由が、紅には分らなかった。
正直、任務を完遂して感極まっているようには見えない。
それでも、感謝と侘びは伝えたいと思い口を開く。
「すまなかったな、お前を見下していたのは私も同じだ。それと、よくやった」
紅は、とても優しい笑みを浮かべて栞の頭を撫でる。
それは部下の生還を喜ぶ隊長の顔だった。
しかし、栞の顔は更に悲しみに染まる。
「せんせ~」
「なんだ、由岐島?」
「なんで! うちだけ仲間外れなんですか!? 先生意地悪や~。こんなんなら、うちもあっち側がよかったですぅ~」
栞は、その他大勢の方向を指差す。
「は? なにを言っているんだお前は?」
「や、やって、うち。先生が、ネタ仕込んどったなんて知らんかったんやもん!」
どう見ても栞が嘘を言っている様に見えなかった。
未だに床を転げまわるという寒いリアクションを取り続ける龍好も協力してくれていただけだと受け止めていただけに疑念が沸いてくる。
「ちょとまて、由岐島。もしかしてお前、敵性試験の内容みらいから聞いていなかったのか?」
「そんなん聞いてません~。みらいちゃんなんも言ってなかったんやもん!」
「いや、てっきり私はマンネリ化して効果が薄くなってきたからお前が案を提示したと思っていたのだが」
「うう~。そんなん楽しそうな事あるって知ってたら、うちかて大人しくしてしてます~」
(お前に限って、それはないだろ!)
(あんたがそんな殊勝な態度とれるはずないでしょ!)
龍好と、みらいは心で栞の言動を全否定していた。
「おい! みらい、これはどういうことだ!?」
みらいは、元気良く立ち上がってこたえる。
「はい! 理由は、見ての通りです。残念ながらこの二人には、この程度で
だれも突っ込みを入れてくれなかったために時間と共に寒さが増していた。
それでも、龍好は仰向けで寝っ転がったまま。
「ひっで――! せっかく快心のリアクション取ってやったのにそれはないだろ!?」
龍好にとって、まったくツッコミが入らなかったという現実はつらかった。
だから、せめて、そのうっぷんを晴らそうと、みらいにぶつける。
「って、ゆーかさ! 栞はともかく俺には、教えてくれてもよかったんじゃねーの!?」
「真っ先に、リアクションとってた人には言われたくないわね! せっかく、あんたの顔が恐怖で歪むところを見れると思ってたのに。全く、残念だったわ!」
「ひっでー」
「ふんっ、全く驚いてなかった人のセリフじゃないわね!」
「や、だって栞と先生がコンビ組んでんだから、これは想定内だろ!」
「あんた、だけよ!」
「おいおいおい! いい加減意にしろ! いつまで、私の授業無視して夫婦漫才してやがる!」
「たっくんもみらいちゃんも意地悪や! 二人だけ楽しんどって!」
「あー、分った分った! 由岐島! まだ、いつとは分らんが! 次もあるからその時に楽しめ!」
「ほんまですかー!?」
「ああ、今日のは、ほんの小手調べみたいなものだからな」
本音としては、もうじゅうぶんな気もしていたが、施設部隊に入隊したひよこ達の訓練も兼ねているだけに、全く無しという訳にもいかなかったからでもある。
「それと、みらい! 理由はともかく、今後は連絡事項はきちんと伝えておけ! 特に由岐島相手に何か遭ってからでは遅いからな!」
「はい! 以後きをつけます!」
「あと芒原。お前は、いったいいつまで寝転がっているんだ?」
「はい! 誰も突っ込んでくれないので、拗ねてました」
世界最高とまでうたわれた危険人物に対してのこの言いよう。
破壊神を迎え入れただけの器は伊達ではなかったということなのだろうが。
みらいの言うとおり全く怯むという事が無い。
ならばと思い左足が床を鳴らすと、右足もそれに続いて音を立てる。
龍好の顔を踏みつけるためだった!
外的な痛みは少なからず対象に恐怖を与える事が出来る。
特に、本来このクラスに居るべきではない存在なだけに。
このクラスでやっていかなければならない存在となってしまっただけに。
厳しく接するつもりでいたからでもある。
結果的に自分の下着が見られたところで気にするつもりもなかった。
カツカツと、赤いパンプスが床を踏みしめて龍好の顔面目掛けて早足で近付いて行く!
その意図を察したみらも、負けてなるかといわんばかりに前に出る!
やや大股で、左足から踏み出し。
龍好の腹を踏みつけ「ぐえぇ」カエルの鳴き真似を無視して頭を跨ぐ。
見事に最短ルートで紅の前に立ち塞がっていた。
紅は、あと一歩というところで邪魔された。
その、ムカツキを隠す事無くみらいを睨みつける。
「キサマ! なんのつもりだ!?」
「紅先生のパンツなんか見たら龍好の目が腐ります!」
紅は、みらいの現状を見てにやりとする。
「ほーそうか、そうか」
テレも恥じらいも見せない相手が、自分の状況を理解しているとは思えなかった。
みらいの長めのスカートが龍好の顔に引っ掛かっているからだ。
あれでは、スカートの中以外の景色は見えないだろうに。
「だったら、キサマのは良いとでもいうのか?」
嫌味を言って、目配せをする。
しかし、みらいは、全く怯むこともなければ、自分の状況を確認もしやしない。
水生生物により糧を得てきた龍好の好みは水を連想させる色や模様であり。
今日もそれに準じていた。
それが、自身満々で言い返せる理由だった!
「ええ、紅先生と違って! き・ち・ん・と! 相手の好みに合わせてますので問題ありません!」
嫌味を言ったら、更に嫌味で言い返された!
「ぐ……」
コレばっかりは、紅に反論の余地がなかった。
以前、意中の相手から、赤よりもオレンジの方が似合うと言われた事があるからだった。
だからといって――ここで弟子に言い負けるわけにはいかない!
「ふっ。幼年組のお子様パンツなんぞ見たところで年頃の男子が喜ぶとも思えんがな!」
「あら、そうかしら。三十路直前の、おばさんの下着に比べたら、よっぽど需要があると思いますけど!」
互いを良く知るだけに一歩も引く気がない師弟だった。
みらいの余裕たっぷりな態度に対し紅のこめかみがひくひくしている。
正に一触即発。
間違って先程の恐怖が再来しやしないかと、ほとんどの新入生達は顔を青ざめさせていた。
そんな中――
睨みあう二人をよそに、栞が、ちゃっかり龍好をゲットしていた。
みらいのスカートの中から龍好を引き摺り出すと、ぬいぐるみでも抱きかかえるみたいに軽々と持ち上げる。
パンパンと埃を払ってあげて着席させと、
「先生もぉ、みらいちゃんもぉ、えー加減にした方がえーと思います~。高めにしたってもぉ、低めにしたってもぉ。悪球は、そうそう手ー出してもらえよんよ~。せやから、そろそろ授業始めて欲しいと思いま~す」
一人だけ良い子を演じていた。
とても、こうなった元凶の言うセリフとは思えない。
しかしながら、この上なくもっともな意見でもあった。
予想外の相手に狂を削がれた事で、紅は半ば落ち着きを取り戻す。
「ふんっ、もういい」
顎と目配せで、みらいに着席を要求し――それに、みらいも従う。
着席してもなお不的な笑みを続けて自分を見据える弟子に対し。
ここでは、師弟ではなく教師と教え子の立場なのだと思い知らせてやりたくなった。
だから相手が、素直に従うしかないセリフでしめくくることにした。
「今後、連絡事項は、しっかり伝えておくように!」
「はい、わかりました」
みらいの素直な態度を見て、紅は満足げな顔をして教壇に立つ。
そして、何事も無かった様に難解な授業は始まったのだった。
*
その後だいぶ遅らせながら敵性テストの内容を知った栞は……
も~~~れつに剥れていた。
「ネタの恨みは、ご飯よりも恐ろしいんよ!」
たった一人だけ仲間はすれにされた事が尾を引いていた。
ど~~~しても、今回楽しめなかった分!
次回は自分が人一倍楽しめなければ気が済まないと言い出して。
すっかり、拗ねてしまったのだ。
責任を感じた、みらいは――以前から温めていた作戦を栞に提示。
栞は、すにゃいぱー作戦と命名し満足げな表情を浮かべていた。
機嫌が直ったのは、良かったが――はっきり言って、とても気が重いみらいだった。
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