1-5




 いつもより、早めに始まったはずの朝食の時間は、いつもより遅く終わっていた。

 ソファーに腰を下ろして朝のテレビ番組を無言で見つめる二人。

 向かい合って座っているのに。

 みらいと龍好は、お互いの目を見ることもしなければ、テレビで言っているアナウンサーの言葉も耳にとまってはいなかった。

 その重々しい雰囲気に対し、先に耐えられなくなったのは、みらいだった。

 例えどんな思惑があったとしても。


『無垢なる破壊神と共にリトライに赴き、核たる存在を討伐して下さい。以上』


 今朝の来訪者に心を揺らされていた事実は否めない。

 だからと言って、それを言い訳にしたくはなかった。

 きちんと謝っておきたかった。 


「ごめんなさい……」


 ふさぎこんだみらいを横目で見て、テレビから視線を外し龍好は、みらいを見つめる。

 腰まである長い金髪は栞と全く同じ髪型。

 なにかにつけて彼女は栞の真似をしている。 

 やや赤みがかかったチョコレート色の上着。

 学年を表す細目のネクタイはハイウエストプリーツスカートと同じく赤いチェック柄。

 学年毎に変わる色。 

 赤い色を好むみらいは、この色で良かったと喜んでいた。 


「いや、理由は、その、なんだ、なんとなく分るし。その、栞のために言ってくれてたんだろ? その、こっちこそ、悪かったな。期待はずれのガラクタで……」

「あ、うん。その……」


 みらいは、


(そうじゃないの……)


 続く言葉を飲み込んだ。

 何を言ったってどうせ無駄なのだ。 

 せめてこの体が相手好みだったらと、呪うくらいしか心のやり場がなかった。 

 同じ学年の女の子とは思えないくらい成長している友人が嫌でも思い浮ぶ。 

 刹風せつかみたいに女性らしさがあったのなら――悦楽と引き換えに自らの駒として銀時計を動かせたかもしれないのに。

 彼だってしょせんは男。

 女を知れば、きっと変わる。

 恐怖も悲しみも悔しさも全部快楽と共に吐き出してしまえばいいのだ。 

 痛みや苦しみが溜まるなら、溜まった分以上に晴らせばいい。 

 みらいは、この身だけでなくそれ以上だって与えてやれると思っている。 

 それこそ彼が望むならなんだって―――ズキリと胸が軋んだ。

 どこの誰とも知れない誰かと彼が戯れることなんて考えたくなかった。

 でも、みらいには、ソレを与えるだけのモノがない。 


 この未熟な体では、それは叶わないのだから。 


「まぁ。その~。なんだ。この話は、また今度ってことで、なっ」


 龍好は、今朝の事はお互い無かった事にしようと提案し、


「ふ~。ありがと。そうしてもらえると嬉しいわ」


 みらいも、安堵の息を吐いて、それに乗った。

 だれも聞いちゃいないセリフをしゃべるのが嫌になったのかテレビは映り変わり。

 西守グループが本腰を入れて運営しているオンラインゲームのCMを始めた。

 どっかで、聞いた事のある、ちょっと男勝りな女性の声が、


「西守、エンターテインメント。プレゼンツ」


 と言っている。

 その声に反応した龍好とみらいが画面に見入れば、栞も洗い物の手を止め。

 ぱたぱたとスリッパを鳴らしてやって来て龍好の後ろに立つ。 

 テレビ画面には、見覚えのあるフリルをふんだんにあしらった白い戦闘服を着た美少女キャラ。

 物騒な、でっかいハンマーを持ったヤツが居た。 


 その美少女キャラがびしっと! 


 自分を見ているであろう龍好達を指差して挑戦状を叩きつけてきやがった!


「おいっ! そこのお前っ! あたいと勝負しなっ!」

「はやぁ~。詩音しおんちゃん今日も、かわええなぁ~」


 栞は嬉しくなって拳をぎゅっと握る。手にしたスポンジから泡があふれ出る。


「は~。がちんこじゃ敵わないって。ふっ。安心しなって! 別に直接対決じゃねーんだよ! なっ! あくびでちまうくれー簡単だろ! っつーことで、度胸のあるヤツはあたいの挑戦に挑んでみな! もちろん勝負に勝ったヤツには、あたいが着てるこの戦闘服! それにって、こっちは秘密だったか! まあ、とにかくプレゼントしてやるゼ! それに! 聞いて驚け! 今なら特別にあたいの使う必殺技! アルティメット・フォルテッシモを伝授してヤルゼ!」


 画面に、


【ココに注目!】


 と、赤い文字でカットインが入った! 

 きっとあの物騒な必殺技が何かの伏線にでもなっているのだろう。 

 どうやら、まじかる☆詩音♪とリトライのコラボCMだったらしく。 

 テレビに映る詩音は、相変わらず可愛らしい顔に相反する殺伐とした男みたいなセリフ回しで好き勝手なことを言っていた。

 そして、装飾された巨大な白い大金槌を視聴者に向けると。 

 最後の決めゼリフとばかりに、


「リトライで、あたいと一緒に撲殺!」


 まるで、○○園でボクと握手みたいな感じで。 

 とんでもなく物騒なセリフをお茶の間に残して去っていった。


「はやぁ~。詩音ちゃんのコスチューム欲しいなぁ~。かわええなぁ~。絶対手に入れなあかんなぁ~」


 栞は、手をぐしゅぐしゅさせながら妄想の世界に旅立って行ってしまった。

 きっと、あの戦闘服を着た自分を思い描いているのだろう。 


「なぁ、俺ってそんなにいい男かなぁ?」

「ここは、普通に……」


 ――こんな、殺伐としたCM朝から流してPTAから文句言われるんじゃないの? で、いいんじゃない。


 と続けようとした言葉が、みらいの口から出てくれなかった。

 みらいが見上げた龍好の頭には、ぽたり…ぽたり…と、白いモノが滴っていたからだ。


 洗い物の途中だった栞が握っているのは、洗剤を染込ませたスポンジ。

 強く握れば握った分。

 それを繰り返せば繰り返しただけ。

 泡が出てきては、重力と友達になって落ちて行くのだ。 

 そして、降り積もった泡は茶褐色のツンツン頭に盛られて、ケーキみたいになっている。 

 それを、引きつった顔で、


「本来は水なんだから、それほどでもないんじゃない……」


 半分肯定、残り半分は否定的な意見で見解を述べる。


「そか……」


 龍好は、震えていた。

 怖いわけでも、面白いわけでもない。 

 先程までの怯えも今では、だいぶ和らいでいる。

 疑念がわいていたからだ。 

 先程のテレビCMの内容を栞とみらいが知っていた可能性は高い。

 聞きたくない名前を出してまで、詩音のコスチューム欲しさに事を進めようとしていた可能性。

 それが、わずかながらでも確かに否定できない材料として認識出来たからである。


「なぁ。みらい?」

「なに?」

「俺の心眼では、後ろでお目目にお星様を住まわせているヤツが居るんだが……気のせいか?」

「ええ、残念ながら。正確には、だらしなく口を開いて涎も滴らせてるから曇ってるんじゃないの?」

「なぁ、みらい?」

「ちがうわよ! 断じて違うからっ!」


 龍好の瞳から言わんとしてる事が痛いほどよく伝わってきたみらいは、両手をぶんぶんして全力で否定する。


「じゃぁコレは、どう説明するんだ?」


 親指で後ろに立つ自称自分の嫁を指さす龍好。

 みらいは、視線をそらしながらもこたえる。


「え、と。可愛い?」

「まさか、とは思うが、ネタだったってこたーねーよな!」

「だから違うっていってるじゃない! って、そんな、じゃなくて! いい加減に、その突っ込み待ちを止めて頭洗ってきなさい!」

「本当だな?」

「だから、ホントだって言ってるじゃないっ!」


 みらいは、鞄から緑色のスリッパを取り出す――コレがスイッチとなっていて我を忘れた友を現実に呼び戻すのだ。

 もう何度もやっているうちに人をスリッパで叩く行為に抵抗が無くなり。 

 今では、すっかり身に付いていた。

 惚けた相方を覚醒させるために右上から左下に向けて脳天を、はたく!


 ☆パシン☆ 


「ほら、栞! 目を覚まして! 龍好、泡塗れになってるじゃやない!」

「はや……。な、にゃー! たっくんこないなトコで頭洗ったらあかん! 頭洗うならいつもお風呂場でって言っとるやん!」


 栞のボケに、


「あんたのせーでしょうがっ!」


 ☆パシン☆


 またしてもナイスタイミングでみらいが突っ込みを入れる。

 日々の積み重ねが育んだ見事なコンビネーションだった。


「はいはいはい! ネタはいいから早くしないと新学期早々、遅刻するわよ! それと龍好も早く頭洗ってきなさい!」


 すっかり栞の日常に影響され、ネタが発生した時はツッコミが入るまで。 

 ある程度オチが付くまでその場に止まる習慣が付いていた龍好は、「へーい」と言ってようやく頭に乗った泡を洗い流しに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る