一番てっぺんに! 5

「あー、やっと登ってきたのね」


 突然の声にビックリしてムツヤの視線は釘付けになる、人影だ。


 暗闇の中で蝋燭の光を浴び、黄金色に赤みを含ませて照らし出される椅子、そこから誰かが立ち上がるのが見えた。


 剣先をそちらに向けたまま姿をよく見てみる。


 一歩一歩近付いてくる相手は自分とは違う褐色の肌、長い髪は真っ白。


 だが同じ白髪でもじいちゃんとは違う感じだなとムツヤは思った。


 なんというか高級感がある。例えるならたまに拾う上質なローブの様な感じの艷やかな髪だ。


 目の上や唇、爪などは毒々しく紫色で、火に照らされて怪しく揺らめいていた。


 纏っている触り心地の良さそうな上質な服は、たまに塔の中で拾い『それは女が着るものだと』教えてもらった服と似ている。


 それらは外の世界の本で挿絵のヒロイン達が着ている『ドレス』や『ローブ』に似たものだった。


 目の前の人間が着ているのは、無理に例えろと言われればローブが近いだろうか。


 胸を隠しているが、胸元ははだけさせ、胴体は布を纏わずに、腰から床付近までを長い布がぐるりと覆い、横に切れ目が入っている。


 その面積が少ない布が支える胸の筋肉ではない2つの大きな塊と、何故か分からないがドキドキするこの感じ。


 この鼓動は相手の正体がわからないからという理由だけではないと直感でわかった。


 戦いでなる鼓動とは少し違う、この感覚はどちらかと言うとあの小説を呼んでいる時の感覚に近い。


 そうだ、小説の挿絵や描写と照らし合わせても完全に一致だ。


 その相手はムツヤが初めて出会う女という生き物だった。

「あ、お、あ、えっと、は、はじめまして俺じゃなくて、私はムツヤと言いまず!」


 外の世界に出た時の挨拶をずっと練習してきたはずが、さっとその言葉を言えずムツヤは顔が赤くなってしまった。


「はじめまして、ねぇー…… 私は『はじめまして』じゃないつもりだったんだけどもな~」


 そう言って女は近づいてくる。


 最上階付近ということもあり、知能の高いモンスターの可能性は捨てきれないのでムツヤは剣を構えたままだ。


 人のようなモンスターはよく見かけたが、奴らは言葉も話さず襲いかかってくる。


 だが、今回はそうではない。


 今のムツヤには相手の正体が誰かわからないままだ。


「私の名前はサズァン、いわゆる邪神様ってやつよ」


 邪神。外の世界の本の中にも書いてあった。


 ムツヤの中で邪神というのは、人を呪い、時には殺すよりも残酷なことをするらしい何か凄くヤバイ奴ぐらいの認識だ。


「その邪神様が何のようでごじゃ、ございますでしょうか」


 相手をからかっている訳ではない。


 ムツヤはいたって真面目だが、慣れない尊敬語を緊張しながら使った結果このような言い方になってしまったのだ。


 するとサズァンは口元を手で隠してクスクスと笑い始めた。


「私はね、この扉を…… まぁ言ってしまえばこの塔自体を何千年と守っているの。この先に行きたかったら私と戦って勝たなくちゃいけないわ」


 人間ではないといえ、祖父以外で初めて言葉を交わして、胸が変にドキドキする相手と戦いたくない。


 剣を構えたままどうすれば良いか答えも出てこないのでムツヤはじっと立っていた。


「でもね、私はあなたと戦いたくないのよ、ムツヤ。あと邪神様じゃなくてサズァンって呼んで」


 初めて他人に、まぁ、正確には人ではないのだが。


 ともかく知らない相手に名前を呼ばれてムツヤは胸が高鳴る。


 腰をくねっくねさせながら一歩一歩サズァンはムツヤの元へと歩いてきた。


 これが本で読んだ色っぽいという奴なのだろうか、そんな風に冷静に考える自分と、一方で胸の高鳴りで死にそうになる自分がいる。


「私はね、あなたが子供の頃からあなたを見守っていたわ。最初はもうビックリしたわよ?」


 そう言ってサズァンはクスクスと笑った。


「だって、子供がこの塔の中に入ってきちゃうんだもん。しかもそれが危なっかしいけど中々に強くて」


 こちらは相手のことを今日初めて知ったというのに、相手からは自分を子供の頃から知っていたと告げられる感覚は実に妙なものだ。


「ねぇ、覚えてるかしら? あなたが油断してコカトリスに噛まれちゃって、死にそうになってた時に助けてあげたの私なのよ?」


「コカトリス?」


 頭をひねってみるがムツヤにはコカトリスが何者かわからない。


「あぁ、アレよ。鶏に蛇のしっぽが生えたやつ」


 あー、とムツヤは声を出して合点が言ったようだ。


 あの『しっぽに毒を持ってて、目を合わせ続けると段々と体が動かなくなる鶏の化物』だ。


 ムツヤは外の世界の本に載っているモンスターならば正しい名前を知っているが、それ以外は自分の付けた安直な名前で読んでいるので無理もない。


「確かに一回噛まれた時がありますたね」


 今度は敬語を意識しすぎてしまい、語尾を噛んでしまった。


「あの時、目の前に解毒薬置いてあげたの私よ。本当はそういうのダメなんだけど」


 完全に思い出した。ムツヤは鶏の化物に噛まれて冷や汗が止まらなくなり、体が死ぬほど重くなった時があった。


 当時はまだ、何でも入る小さなカバンを持っていなかったので、手持ちに飲むと元気になる青い薬が無い時だ。


 そんな時、目の前にガラスが転がる音がし、どこからともなく青い薬が現れたのだ。


「そうだったのですか、それはもうあの時はご親切にごありがとうごぜぇました」


 剣を収め、勉強して覚えたての敬語をムツヤは使うが、あいかわらず所々で訛りが顔を出してきてしまう。


 その度サズァンは堪えきれなくなってクスクスと笑っていた。


 田舎者をバカする気持ちからではなく、小さい頃から知っている子供が一生懸命に背伸びをしようとしている事が可愛らしくて、面白くもあったからだ。


「それで、この先に行くためには私を倒さなくちゃいけないんだけど、どうするの?」


 そこまで言ってサズァンは困った顔をした。


「私としてはあなたの事は近所の可愛い子供とか弟みたいなものだから出来れば殺したくないんだけど……」


 そう言われてしまうとムツヤも困る。


 武器を手に取って襲いかかって来るのであれば戦う覚悟も決められるのだが、そう言われてしまったら戦いづらい。


 元より出会った時から戦う意志は消えてしまっていたのだが。

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