傲慢な戦士:偽〜マルテアの少女〜
ヘイ
クラウディアとテオ
幸せな家族、だった筈だ。
何から間違っていたのか。
何から外れ始めたのか。
今となってはもう、分からない話だ。
クラウディアは快活な少女だった。
彼女の住む地域では有名で、美しい少女と呼ばれ、心まで清廉であると評判も良かった。彼女に恋をした男子も少なくなく、テオと言う少年も例に漏れずその一人であった。
彼はクラウディアの幼馴染で、十年以上の付き合いの中で、片想いを強めていったのだ。
ある日、クラウディアの父の事業が失敗し、多大な負債を抱えることとなった。それ以降、クラウディアの父は日に日に落ちぶれていく。
トドメのように、母が死んだ。
元々、病弱な人であった。
「あ、ああ。ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
父が泣く姿をクラウディアは初めて目にしたのだ。膝が折れた。生きる支えを失った。父はもう、無理だ。
痛々しいその様子に、クラウディアも心を痛め、家事の全般を行うようになり父以外との交流も減っていく。
母の死から二週間ほど経った、ある日。
「ディアナ……」
父はクラウディアの姿を見ながら、己が妻であった女性の名前を愛おしそうに呼ぶ。
「お父さん。私は……クラウディアだよ」
「クレア……?」
正気に戻った。
フラリと彼が立ち上がる。
「そうだ」
もう、無理だ。
「クレア。お前は、お前はディアナにそっくりだ」
だから。
「ディアナ、ディアナ、ディアナ!」
涙を流しながら、彼はクラウディアを押し倒して衣服を破く。
クラウディアには恐ろしいものにしか見えなかった。
「ああ、その茶色の髪も! 緑色の宝石の目も!」
全てが彼の中で最愛の妻に重なる。
衣服が破り去られ、クラウディアの白魚のような肌がさらされる。
「…………っ」
美しい。
脂肪の少ない身体、吸い付くような瑞々しい肌にシミ一つない。父の手は背中に向かって伸ばされる。
「ディアナっ」
胸に顔を埋めようと父が近づいて、クラウディアは拒絶した。
してしまった。
両手で近づく父の体を無理矢理に跳ね除けた。リビングにガンッ、と鈍い音が響いた。
父が倒れたまま起き上がらない。
衣服をそのままに、クラウディアは父の元に寄る。血だらけ。元々、体は弱りきっていた。
突き飛ばした拍子に頭を強打した。
そして。
「ねえ、お父さん?」
死んだ。
『おい、ラザロの旦那。居るか? …………上がらせてもらうぜ』
誰かが扉を開いた。
知らない男の声だ。
足音が近づく。
クラウディアは立ち上がれない。動けない。腰が抜けてしまった。
自分のせいで、自分の手で。
父を殺してしまった。
「あ。はぁっ、はあ……」
息が切れる。
長い距離を走ったわけでもない。
だと言うのに、今までの中でも一、二を争う程に心臓が痛む。
「……おいおい、こりゃあ」
黒スーツの男は惨状を目の当たりにする。血だらけで倒れた目的の男。衣服を破かれた年若い少女。
クラウディアの父、ラザロの生死を確認してから彼は目を彼女に向ける。
「お前が殺したのか?」
単純な問いに答えられない。
「……まあ良い。取り敢えず俺はコイツから金を取りに来たんだが。この分だと無理だな。お前は、コイツの娘か?」
「……はい」
嘘をつけば良かったのだろうか。
この時にはそんな考えに至らないのは当然の事だ。何もかもが失われていた。正常な判断も、家族も。
「なら、お前が代わりに払え」
「……なに、を」
「コイツの借金だよ。アテはある。マルテアはな、戦争に向けてとある兵士を募集してるんだとよ。それに成れれば金は大量に手に入る」
だから、マルテアの兵士になれ。
借金を返済しろ。
男はそう言った。
断る事などできるわけもなかった。
男に連れられてクラウディアは家を出る。彼女が連れられていく姿をテオはただ見ていたのだ。
もう少しだけ、何かが違ったのなら救いはあったのだろうか。
傲慢な戦士:偽〜マルテアの少女〜 ヘイ @Hei767
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます