第十八話 『温泉』だって癒されたい

「ふぅん、そんなことがねえ」


 俺は、事の顛末てんまつを話す。俺の弱さを、覚悟が足りないということを。


「悪いことをした。お前は、何も悪くないというのに…」

「気にすることはないよ~。誰にでも、そういうことはあるしね」

「しかし…」

「だから、気にすることはないんだよ。それに…、ボクは、そういうの放っておけないタチだからさ」

「どうして、俺みたいなのにそこまでしてくれるんだ?」


 キュアーは、少しうつむく。


「まあ……、いろいろあってね…………」

「……、そうか」


 これ以上、詮索せんさくするのは、なんだかはばかられたので、この話題にはこれ以上は触れないようにした。きっと、何か大きなことがあるのだろう。


 ——俺は、何を考えている?


 少し前までは、こんなこと考えたりしなかった。こんな…、なんて…。


 俺は、亜人は全て畜生ちくしょうだと思っていた。だが、それは間違いなのかもしれない。現に、コイツは人間のために行動しているように見える。俺の瞳には、そう映っている。確証もある、俺の傷をいやしてくれた。それも、


 そして、今、コイツは俺のことを心配してくれているのだと思う。俺は、迷っているのか…、コイツの……、亜人の評価を改めるべきなのかと。


「ますますわからなくなった…」


 キュアーが声を出す。


「それこそ、。何も、気にすることはない。キミは人間で…、。まだ、


 彼は、続ける。


「キミは…、ボクのようになってはいけない。ボクのような、


 ——何…?


 今、コイツなんて言った?自分のようになるな??聞き違いか?いや…、確かに聞こえた。『亜人になってはいけない』と。


 これは…、問いたださなくてはならない…!


「亜人になってはいけない…?亜人になるってどういうことだ⁇」

「…‼そうか…、キミは知らないのか…、なんだか、余計に不安にさせちゃったね」

「そうじゃあない‼聞きたいのは、そういうことじゃあない!」


 俺は、より一層、語気ごきを強める。


「つまり…、亜人は、もともとはということだよな?」

「……」


 キュアーは、黙る。しかし、しばらくして口を開く。


「⁉」


 ——なんだって…⁉


「人間…?亜人が……、人間…⁉」

「驚くのも無理はないね。人間とは、姿が明らかに違う。それに…、体の構造も、違うことのほうが多いしね」

「つまり…、俺は今まで人間相手に戦ってきたのか…?守るべき人間を相手に、武力を使ったのか…?俺は、俺は……!人間を憎んでいたのか⁉」

「はい、ストップ」


 キュアーは、そういって中断させてくる。


「それは、少し違うかもね。亜人になったということは、

「捨てる…」

「ボクもそうだけど、基本的に亜人は。でも、彼らにとって、そうならざるを得なかった場合が多い」


 キュアーは続ける。


「それこそ…、人間の姿を捨ててまで…とかね。もっとも、ボクは成し遂げることはできなかったけどね……」


 彼は、そこまで言って黙る。


 しかし、聞かずには居られない。


「お前の、成し遂げたかったことって…、何なんだ?」

「……」


 彼は、答えるか否かを考えているようだ。しかし、程なくして口を開く。


「大切な人を…、好きになった人を


 キュアーは、俺とは別方向へと視線を逸らす。


「でも…、助けられなかった。救え……、なかった…‼」

「………」

「結局…、何もできなかった…!亜人になっても出来なかった‼」


 キュアーは、続ける。


「もう少し…、早くボクが彼女に対して何かできていたら…。もう少し、早く亜人になっていたならば…!ボクの能力ちからがもっと万能だったなら‼」


キュアーは、今にも泣きだしそうな様子だ。しかし、最後の言葉を口にする。


「ボクは結局…、…!」

「……、お前はたくさんの人間の助けになっているだろう…?」

‼」


キュアーの瞳の奥には、怒りが見えた。しかし、それは俺に対するものではない。自らの、行いに対する怒りだ。


「確かに…、確かにボクの能力は、役に立つと思う。でも、違うんだ。どれだけ違うんだ」


彼は、さらに続ける。


‼」

「…!」

「今思えば、ボクの能力もおかしいよね…。『傷を治す』能力だなんてさ…。彼女に必要だったのは、そんなことじゃあないのに」


 彼は、膝から崩れ落ちる。


「……」


 俺は、何も言えなかった。いや、言えるはずがなかった。


「もっと、早く彼女のことに気づいていれば…。もっと早く、気づいていれば…。あの時、ボクのほうが死んでいれば…!」

「……、もういい」


 俺は、彼の肩に手を置いた。俺にできるのは、もうこんなことだけだ。


 きっと、以前の俺は、こんなことをしなかっただろう。これを聞いても、何も思うことはなかっただろう。それこそ、一笑にしたかもな。今の俺は…、自分のことで少し弱っている。だからこそ、この弱さに何か感じるのだろう。


「お前は…、いや……。…、『死んでいれば』…、なんて言うんじゃあない」

「だって…、だってだって…!ボクのせいで…、ボクのせいで…!」


 俺は、少し前の自分にも言いたい言葉を彼に投げる。俺に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。でも…、言わなくてはならない。


「今できることを、するんだ。俺も…、これからそうするよ」

「!」


 キュアーは、立ち上がる。


「……、ありがとう」


 彼は、自分の瞳をこする。


「彼女の死んだ理由…聞きたいかい?いや…、話させてほしい」

「…」


 俺は、否定も肯定もしなかった。しかし、聞かなくてはならない。


かれたんだよ、トラックにね」

「…」

「ボクをかばって、代わりに轢かれたんだ」

「………」


 彼は、付け加える。


「彼女はさ、悩んでたんだよ。自分のことに。自分が生きていることに」

「……」

「期待って言うのかな。いや、期待というよりは、むしろ身勝手な押し付けだったのかもしれないけれど。…、とにかく、彼女はその重圧に押しつぶされそうだった」

「…………」

「一本の大まかなレールを敷かれてさ…。それを歩かざるを得なかった。そして、そのことが彼女にとっての負担となっていた」

「…」


 そう話すキュアーは、どんどんと暗くなる。


「人間っていうのはね、悩むと。今のボクには、もう理解のできないものだけれど」

「……、そうだな」

「彼女も同じさ。死にたいと言うようになっていったよ。もちろん、止めたけどね」

「…」

「ボクは悩んだ。どうすれば助けられるのだろうと。どうすれば救えるのだろうと」


 キュアーの独白どくはくは、まだ続く。


「そう、悩んでいた時だよ…。『前方不注意』…、バカだよ本当ほんとに。信号が赤になっているのにも気づかずに、道路に乗り出したんだ。そして、危機の接近に気づいた時、ボクの体は、


 キュアーは、震えながら続ける。


「彼女が、ボクの体を歩道へと戻してくれた。でも、その代わりに…彼女は」


 キュアーの震えは、ますます強くなる。


「彼女が倒れていた。遠くで倒れていた。それをボクは見てしまった。もう助からないと思った。でも、ボクは助けたいと思った。これで、終わりじゃあダメだと」


 キュアーの震えが止む。


「ボクは、亜人になった。そして、その瞬間理解した。『ボクなら、彼女の傷を治せるぞ』ってね。『そうすれば助かるぞ』ってね」


 キュアーは、拳を握り、それを見る。


「遅かったよ。もちろん、ボクは彼女の傷を。でも…、彼女は目を覚まさなかった。。いや、はねられてから少しは生きてたのかな」


 握った拳を開き、手の平を見る。


「もっと早く、彼女を助けることが出来たなら。もっと、早く亜人になっていれば。ボクが、…、そういう能力だったなら…!」


 手をおろす。


「…、ありがとう。ここまで聞いてくれて」

「いや…、礼を言うのはこっちのほうだ。よく、話してくれた」


 キュアーは、俺のほうへ向き直り微笑む。


「彼女は悩んでいた…、だからかな。今のキミを見ると、なんだか放っておけない」

「俺は、自ら死を選んだりはしない」

「……、キミは強いね」

「そうかもな」

「ボクは決めたよ。いや、もう決めていたけれどね」

「なんだ?」


 彼は、一つの決意を口にする。


「ボクは、命を救うよ。たくさんの命を…、どんな命でも…。その気持ちが…、絶対に救うという『覚悟』がより強くなった」

「なら、俺も覚悟しないとな。お前のおかげで、わかったよ」

「それはよかった」


 ——俺の覚悟。


 それは、絶対にあきらめないという意思。だがそれは、初めの復讐のことではない。これから、D.M.Sの隊員として、より多くの命を救う。それだけだ。


 そして、彼も…、『キュアー』も同じことを考えているだろう。俺とは、少し違うかもしれないが、同じ覚悟を。


 彼は、これからも傷を治し続けるのだろう。たくさんの命を救うのだろう。きっと、彼はやめない。目の前で、失われそうな命がある限り、彼は癒すことをやめないだろう。彼女の死が、無駄にならないように。


 そして、彼は、命を救うたびに思うのだろう。自分の傷を、彼女を救えなかったことを。


 ——ありがとう。


 俺は、彼のおかげで気づくことが出来た。『覚悟』とは何なのか。俺の覚悟とは何なのか。


「……?」


 俺のデバイスが鳴る。

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