変態紳士によろしく ブラッシュアップ不足バージョン
はんすけ
第1話 ちんちん ブラッシュアップ不足バージョン
「花井君」
窓際の席に座って黄金色に染まる空を見詰めていた僕の耳を、清潔な声が愛撫した。僕は、身震いして、それから、清潔な声の主を見上げた。空よりも澄んだ美しさがそこにはあった。
「浜辺さん」
彼女の名を口にしただけで、僕の舌はまるで蜂蜜まみれになったみたいに蕩けた。
窓から入り込んできた風が、流星群を束ねたような浜辺さんの長い黒髪を小さく乱した。出来立ての夕日が差して、彼女の華奢な体を教室に際立たせた。
「花井君て、何通学?」浜辺さんが言った。
「徒歩通学だよ」
「銚子の人なんだ」
「そうだよ」
「花井君の家って、銚子のどこにあるの?」
「小畑新町だよ」
そう言ってから、僕はようやく自分の愚かさに気が付いた。僕は、僕と言う奴は、浜辺さんを立たせたまま自分だけ座って話をしている! 何様のつもりだ、僕は!? 殿様か、僕は!?
帰りのホームルームがもう終わっていて、クラスの半分くらいの人は既に教室を出ている。それで、僕の席の周囲には空いている席が幾つもあるのだけれど、浜辺さんは他人の席に勝手に座るような下品な人じゃない。そうして、浜辺さんの席は廊下沿いにあるのだから、必然、僕と話そうと思えば浜辺さんは立ったまま話すことになってしまうのだ。
僕は、勢いよく席を立ち、浜辺さんを見下ろし、浜辺さんの慎ましい旋毛に見惚れた。
浜辺さんが顔を上げ、旋毛が隠れた。
「浜辺さん。ごめん。立たせたまま話をさせてしまって。どうぞ、僕の席に座って。大丈夫。僕はお尻はいつも清潔にしているから、ばっちくないよ」
「いいよ。気を使わないで」
「気なんて使ってないよ。当然のことをしようとしているだけ。懐で温めておいた草履じゃないけど、臀部で温めておいた椅子、どうか座ってよ」
浜辺さんは、少しの間を置いてから、「ありがとう」と言った。それから、彼女は僕の席に座った。
僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。そうせざるを得ないくらいに、浜辺さんの座る姿は魅力的だったのだ。貝殻を踏むヴィーナスの素足みたいな、エロチックな品位が浜辺さんの座する姿にはあったのだ。
「私の家も、小畑新町にあるの」浜辺さんが言った。「ねえ、花井君。一緒に、下校してほしいんだけど、いいかな?」
僕は、自分の耳を疑った。浜辺さんが、こんな綺麗な女の子が、僕のような男を下校に誘っている!?
喜びが強すぎて、僕は放心し、立ち尽くした。
「もしかして、花井君、今日は都合が悪かったりする?」
浜辺さんは少しだけ寂しそうな顔をした。その顔を見て、僕は、放心している場合じゃない! と奮い立った。
「都合が悪いなんてことないよ。むしろ、都合が良いくらいだよ。僕は、浜辺さんと一緒に下校したくて下校したくて堪らないんだ。浜辺さんと下校できるなら、例え帰り道に地雷原を突っ切ることになったって構わないくらいだよ」
浜辺さんは、喜んでいるのか困っているのかよく分からない表情で、「それじゃ、一緒に帰ろう」と言った。
席を立とうとした浜辺さんに、僕は右手を差し出した。浜辺さんは、驚いたような顔をして、それから、照れたような顔になって、僕の手を取ってくれた。
潮の香りから遠ざかっていく何時もの帰路で、浜辺さんが僕の隣を歩いているという現実が、余りにも嬉しくて、僕は思いつく限りの神様仏様に心の中でお礼を言った。
踏切警報器が鳴った。僕たちの前方で遮断桿が下りた。僕たちは足を止めた。
銚子電鉄の味わい深い車両が通過する。浜辺さんは学生鞄を持っていないほうの手でスカートを抑えた。微風の悪戯すらも警戒する上品な振る舞いだった。スカートを抑える健気で小さな手が愛らしくて、僕の心臓は踏切警報器よりも大きな音で早鐘を打った。
下校の最中、僕と浜辺さんは当たり障りのない会話を続けた。今日の数学の授業は難しかったね、とか、学校に野良猫が入り込んだんだって、とか、学食に新メニューが出たんだよ、とか、そういう会話を続けていた。毒にも薬にもならないような内容の話、それなのに、話せば話すほど僕は幸せな気持ちになっていった。僕は、自慰を覚えた猿が我が身を破滅させるまで一心不乱に自慰を続けるみたいにして、一心不乱に話し続けた。
カラスが鳴いた。僕は、ふと冷静さを取り戻した。そうして、ようやく、自分ばかりが話していることに気が付いた。これでは独り善がりもいいところだ! これでは比喩じゃなくて本当に猿の自慰だ!
僕は、自分を激しく恥じた。浜辺さんに申し訳ないと思った。
僕は、口を結んだ。そうして、君の話を何でも聞くよ、という雰囲気を全力で発した。
「ねえ、花井君。ほら、オオマツヨイグサ」
浜辺さんが道路沿いの畑を指差した。そこには、オオマツヨイグサが沢山植えられていた。
「まだ五月なのに、もう開花してるんだ」僕は言った。
「それに、まだ明るいのにね」
僕と浜辺さんは、オオマツヨイグサが沢山植えられている畑の前で足を止めた。
四枚のハート型の花びら、その中央で絡み合う雄しべと雌しべ。それを見詰めながら、僕は体の芯を熱くした。
「綺麗だね」
「浜辺さんのほうが綺麗だよ」
浜辺さんが、普段よりも幼い顔付きになって、僕を見詰めた。
「さっきも学校で、席を立とうとした私に手を差し出してくれたし、花井君て私が思ってたよりもずっと女の子に慣れてる感じなんだね」
「僕は、浜辺さんが生れて初めて付き合った人だよ」
浜辺さんは、きょとんとして、それから、微笑んだ。
微笑んでいる浜辺さんを愛おしく思った。同時に、微笑んでいる浜辺さんをエッチだとも思った。僕は、人間としても動物としても浜辺さんに惹かれているのだと、改めて自覚した。そうして、ほんの数時間前に浜辺さんに告白して受け入れてもらえた奇跡を強く思い返し、幸福の余りに、僕は天を仰いだ。
浜辺さんは、優れた美貌と人格を有する必然として、男子に持てた。生徒会長を務めた美形エリート村山先輩、Jリーグ入りが確実といわれているイケメンストライカー草野先輩、銚子のジョングクと呼ばれている2年B組の宮田君、そういった数々の有力者が浜辺さんを狙っているという噂が僕の通う君ヶ浜高等学校では絶えなかった。そんな環境にあって、僕のような冴えない男は唯々卑屈になり、「浜辺さんは誰と付き合うことになると思う? 僕は村山先輩と付き合うことになると思うんだ」などということを友達と話したりしていた。自分のような男が浜辺さんを好きになることは、身の程知らずで失礼なことだと、僕は思っていた。だから、僕は、浜辺さんを好きな気持ちはずっと胸の内に仕舞っておこうと、決めていた。そう決めていたけれど、今日、僕は浜辺さんに告白した。
昼休み、僕は学食で食事を済ませ、それから、校舎の屋上へ向かった。屋上は立ち入り禁止になっているのだけれど、僕は屋上から見る海が大好きで、それで、悪いとは思いつつも、週に一度屋上へ行くのが僕の習慣になっていた。
屋上へ出るためのスチールドア、そのサムターンのつまみが縦になっていて、僕は先客がいることを知った。先客がいることは過去に何度もあったことだから、僕は何も気にせずにドアを開け、屋上に出た。
青空に浮かぶ小さな雲が、海風に吹かれて西へと流れていく。そんな雲が作った小さな日陰に、浜辺さんは立っていた。
僕は、浜辺さんに近付いた。浜辺さんが、僕に気付いた。
「花井君」浜辺さんが言った。
「浜辺さん。意外だな。浜辺さんみたいな真面目な人が校則を破って屋上にいるなんて」僕は言った。
「私は真面目じゃないよ。一年生の頃からずっと、週に一度くらいは屋上に来ているし」
「それなら、僕と一緒だね」
屋上に、僕と浜辺さん二人きり。
海を見詰める浜辺さんは、僕が知っている浜辺さんとは少し違って見えた。いつも明るくて誰にでも笑顔を向ける浜辺さんとは違う女の子に見えた。
雲が動いて、陽光が浜辺さんを照らした。清潔な美しさが光り輝いた。
僕は、海なんか見ていなかった。僕は、浜辺さんだけを見ていた。
「浜辺さん」僕は言った。
「何、花井君?」
「僕、一年の時からずっと、浜辺さんのことが好きでした。僕と、付き合ってください」
気持ちが、自然と零れ落ちた。卑屈な気持ちを消し去ってしまうほどに、好きという気持ちは強かった。
浜辺さんは、僕を真っすぐに見詰めた。浜辺さんの瞳は潤んでいた。
「私も、ずっと、花井君が好きだった。私、喜んで、花井君の彼女になる」
一際強い風が吹いて、浜辺さんの髪がなびいた。潮の香りが満ちた。流れる雲を追いかけるようにして、ヒバリが青空の彼方へ飛んでいった。
カラスの群れが夕日に向かって飛んでいった。
「どうしたの、花井君? 空を見たまま黙っちゃって」
「ごめん、浜辺さん。ちょっと、昼休みのことを思い出していただけ」
慎ましい所作で、浜辺さんはオオマツヨイグサの花びらに触れた。彼女の頬が少しだけ赤らんで見えて、僕は甘酸っぱい気持ちで一杯になった。
少しして、僕たちは再び歩き出した。
「私に付き合って、帰り道、遠回りになってない?」浜辺さんが言った。
「大丈夫だよ。僕、登下校はいつもこの道を通っているよ」
「それなら、下校のとき、プリマモーレに入ったりしたこと、ある?」
プリマモーレとは、銚子市では少し名の知れた喫茶店のことだ。今、プリマモーレは僕たちの視界に入るところにある。
「ないよ。入ってみたいとは常々思っているんだけど、いつも女の人のお客さんばっかりで、緊張しちゃって、なかなか入れずにいるんだ」
「男の人のお客さんも結構いるよ」
「浜辺さんは、よくプリマモーレにいくの?」
「バイトがない日の下校のときは、いつもプリマモーレでコーヒーを飲むようにしてる」
「なんか、かっこいいね。僕も下校のときに喫茶店でコーヒーを飲むようなお洒落な人間になりたいな」
「ねえ、花井君。これからプリマモーレでお茶するのって、どうかな?」
浜辺さんと一緒の飲食、それを想像しただけで、僕は大きな幸福感に包まれた。
例えば、浜辺さんがカフェ・オ・レを注文し、僕がホットミルクを注文したとする。僕たちは、自分の飲み物を半分くらい飲み進める。そうすると、浜辺さんが、「ねえ、花井君。ホットミルク、美味しい?」と尋ねてくる。僕はすかさず、「交換しようか? 浜辺さんのカフェ・オ・レと僕のミルク」と言う。僕の提案を浜辺さんは承諾する。僕は、浜辺さんのカフェ・オ・レをすすり、「美味しいね。浜辺さんの味がするね」と言う。浜辺さんは、頬を赤らめ、僕のミルクを口に含み、それから、僕のミルクをごくんと飲み込む。そうして、浜辺さんは言うのだ。「花井君のミルク、温かくて、美味しいね」
血潮が滾って、肉体が熱を帯びた。
「浜辺さん。入ろう。プリマモーレに入ろう。是非、入ろう」語気を強めて、僕は言った。
プリマモーレの店舗はレンガ積みの平屋で、周囲にある平凡な住宅と同じくらいの敷地面積を有していた。テラス席が三か所設置されていて、そのうちの二か所は使用されている。一か所は、スマホをいじっている派手な身なりの若い女性が一人で使用していて、もう一か所は、君ヶ浜高等学校の制服を着た女子三人が使用していた。
僕は、女の花園みたいな雰囲気に圧倒されてしまって、浜辺さんの後ろに隠れるようにして、プリマモーレの正面出入り口まで歩いていった。
プリマモーレの正面出入口に設置された木製のドアは、真鍮の取っ手との相乗効果で強いアンティーク感を醸し出していた。浜辺さんが取っ手に手を伸ばす。その瞬間に、僕はさっと前に出て、浜辺さんよりも早く取っ手をつかんだ。そのまま僕は、内開きのドアをゆっくりと開いた。
「どうぞ、浜辺さん」僕はドアを開いたままで言った。
浜辺さんは、口をもじょもじょと動かした。それから、俯いて、「ありがとう」と言った。
浜辺さんが店内に入ってから、僕はドアを閉めた。
店内で使われている照明器具は全部で四台だけだった。全てフロアスタンドだった。どれも仄かな暖色を発している。採光窓の数が多く、人工の光よりも自然の光のほうが店内を明るくしている割合が大きかった。店内に数多くある観葉植物は全て生き生きとしていた。
店内には、カウンター席があって、テーブル席があった。それらの席は半分くらい使用されていた。
店内の正面出入口付近には、大きな蓄音機が置かれていた。レコードがくるくると回って、女の人が歌う英語の曲が程よい音量で流れている。ジャズ、ってやつだろうか。
「いらっしゃいませ、浜辺様」
カウンター内に立っている若い男の人が、言った。整った顔をした長身の、身に纏っている真っ赤なタキシードが全く嫌らしく感じられない店員だった。
「お連れのお客様は、当店は初めてでございますね」
「僕が初めてって、どうして分かったんですか?」僕は言った。
「当店に一度でもお越しいただいたことのあるお客様のお顔は、全て覚えておりますから」
整った顔をした長身の店員が、微笑んだ。男色の気がない僕でもドキッとしてしまう微笑みだった。
「こちらはメニューになります。どうぞ」
僕は、受け取ったメニュー表を開いた。メニューにざっと目を通して、300円もあれば優雅な時間を楽しむことが出来るお店なのだと理解する。同時に、ホットミルクは提供していないお店なのだということも理解した。
「花井君、決まった?」
「うん。決まったよ。カフェ・オ・レのホットにするよ」
僕はメニュー表を、整った顔をした長身の店員に返した。
「浜辺様はどう致しますか?」
「私は、アメリカーノをホットでお願いします」
そう言って、浜辺さんは財布を取り出した。
「このお店、先払いなんだ」
そう言いながら、僕も財布を取り出した。
僕は、自分の財布の中を見て、目を疑った。十円玉が八枚と五円玉が二枚しか入っていない。昨晩は遅くまでエッチな動画を見ていたから、そのせいで目の調子が悪くなってしまったのかな? そう思った僕は、目をギュッと強くつぶった。少しして、目を開けて、再び財布の中を見て、90円しかないことを再確認して、僕は愕然とした。
「思い出した」僕はつぶやいた。「僕、今日の昼食は、390円のシーフードカレーと、新メニューの醤油グラノーラ280円を頼んだんだ」
僕は、物珍しさに踊らされて新メニューに手を出した自分を、欲張ってシーフードカレーを諦めなかった自分を、激しく憎んだ。何てことをしてくれたんだ、昼食時の僕! 君のせいで、浜辺さんとの放課後コーヒータイムがご破綻になってしまうじゃないか! という声を、僕は心の中で叫んだ。
「花井君。お金、無いの?」
迷子に話し掛ける清純な乙女みたいな声で、浜辺さんは言った。その声を受けて、僕は黙って首を縦に振った。僕は、情けない気持ちが一杯になって、失神してしまいそうになった。
「それなら、私が御馳走するよ」
浜辺さんの声には一切の躊躇がなかった。
「駄目だよ。浜辺さんにお金を出してもらう訳にはいかないよ」
「じゃあ、私が立て替えておく」
「浜辺さん。僕は好きな女の子からお金をもらったり借りたりはしない」
僕は断言した。浜辺さんは、実は自分が迷子だったのだと気が付いた清純な乙女みたいな目で僕を見詰めた。
「浜辺さん。僕のことは気にしないで、アメリカーノを楽しんで。僕は、浜辺さんの向かいの席に座って、アメリカーノを飲む浜辺さんを凝視してるから。僕はそれだけで満足だから」
浜辺さんは、うろたえたような様子を見せた。
「お客様。お幾らまででしたらお支払いが可能なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」整った顔をした長身の店員が言った。
「90円までです」
そう言って、僕は恥ずかしさのあまりに泣きたくなった。
「大変失礼なことをお伺いしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」整った顔をした長身の店員は深々と頭を下げた。
「いえ、謝っていただかなくても大丈夫です。失礼だなんてこれっぽっちも思ってないですから」僕は両手を激しく振りながら言った。
「お客様。当店では近々、紅茶の類もメニューに加えさせていただこうと考えております。まだ試作段階の紅茶でよろしければ、40円でご提供させていただきますが、いかがいたしましょうか?」
捨てる神あれば拾う神あり、そのことわざが僕の脳裏を駆け巡った。僕は、真っ赤なタキシードを着た拾う神の靴を舐めたい衝動に駆られた。
「ありがとうございます。是非、40円で紅茶を提供してください」
「かしこまりました」
「あの、それで・・・・・・贅沢を言える立場ではないことは重々承知しているんですが、提供していただく紅茶をホットのロイヤルミルクティーにしてもらうことは、可能でしょうか?」
「ホットのロイヤルミルクティーですね。かしこまりました」
整った顔をした長身の店員は、含みなど微塵もないであろう笑顔で言った。僕は、将来はこんな大人の男になりたい、と心から思った。
支払いが済んでから、僕と浜辺さんは二人用のテーブル席に向かい合って座った。僕は、浜辺さんの卵型の顔をまじまじと見詰めた。ヴィーナスが丹精込めて作り上げた箱庭みたいな小さな額、SNSなどでよく見かける加工された目とは美しさの質からして違う天然の大きな目、鼻筋が細く鼻先が小さい造形美の頂点みたいな鼻、小さな顔のサイズと完璧に調和している敏感そうな耳、桜の花びらを重ねたような人好きのする口、Eラインを実現している奥ゆかしい顎、それら美の結晶を、僕は視線で愛でた。
浜辺さんが、頬を染め、俯いた。浜辺さんが恥ずかしがっている! そう理解した僕は、浜辺さんの恥ずかしさにシンクロして、窓から見える住宅地へと視線を泳がし、テーブルの下で両手をもじょもじょと動かした。
「このレコードの曲、英語だから何を言ってるのかはよく分からないけど、素敵だね。さっきまで流れてた曲も好きだけど、今流れている曲のほうが僕は好きかな。歌っている人は同じ人だと思うけど、なんていう曲だろう?」
恥ずかしさをごまかそうとして発した僕の声は裏返っていた。
「ミスティ、って曲だよ。歌っているのは、サラ・ヴォーンっていう人」
「ジャズなのかな、この曲?」
僕は浜辺さんに視線を戻した。浜辺さんはもう俯いていなかった。
「ジャズだよ」
「すごいね、浜辺さん。ジャズの曲名とか歌手の名前がさらっと出てくるなんて」
「このお店に通うようになってから、ちょっとだけ覚えたの」
「どのくらい通っているの?」
「一年ちょっとかな」
「そうなんだ」
それで、会話は途絶えた。沈黙が十秒くらい続いた。その十秒が、僕には十年くらいに感じられた。
「思えば、不思議だな。僕、浜辺さんと登下校の道が一緒なのに、今まで一度も学校の外で浜辺さんを見かけたことないよ」沈黙に耐えかねて、僕は言った。
「私、バイトがある日はすぐに下校しちゃうし、逆にバイトがない日は遅くまで学校にいたりするから、それで花井君とは下校の時間がかぶらなかったのかも」
「そうか。そうかもね。それなら、登校のときは、僕がいつも遅刻ぎりぎりに家を出ていて、浜辺さんは時間に余裕をもって家を出ているから、一度も会うことがなかったって感じかな」
「私、いつも時間に余裕をもって行動するようなちゃんとした人じゃないよ」
「謙遜することはないよ。浜辺さんは真面目を絵に描いたような人だよ」
浜辺さんは薄らと笑った。
「お待たせいたしました。アメリカーノのホットとロイヤルミルクティーのホットでございます」
音もなく僕たちのテーブルのそばに来ていた整った顔をした長身の店員が言った。整った顔をした長身の店員は、二客のカップをテーブルにおいて、それから、丁寧に会釈した。
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」僕は言った。
カップから昇る湯気が、サラ・ヴォーンの優しくも力強い歌声に共鳴するみたいにして美しく揺らめいた。
「いただきます」僕は言った。
霞がかかったように見える浜辺さんを、僕は目を凝らして見詰めた。浜辺さんは、微笑みながら僕を見詰めていた。
浜辺さんは、僕から目を逸らし、「いただきます」と言って、コーヒーカップを手に取り、アメリカーノを啜った。音一つ立てない上品な啜りかただった。
僕は浜辺さんを見習い、音を立てずにロイヤルミルクティーを啜ろうと試みた。そうして、慎重に慎重を重ねてロイヤルミルクティーを啜ってみたが、口をどんなふうに使っても音を立てずに啜ることは出来なかった。
サクランボのへたを口の中で結べる人はキスが上手いという話があるけれど、それと似た話で、飲み物を無音で啜れない人はキスが下手、なんていう話もあったりするのだろうか? もしそんな話があったとして、その話が科学的にも証明されているものだったとしたら、僕は将来、浜辺さんとキスをする際、浜辺さんを満足させられないってことになるんだ。そんなの、嫌だ! 僕は、好きな女の子には気持ち良くなってほしいんだ! 僕は、諦めないぞ! 音を立てずにロイヤルミルクティーを啜れるようになるまで、諦めないぞ!
僕は、一心不乱にロイヤルミルクティーを啜り続けた。
「大丈夫、花井君?」
浜辺さんに声を掛けられて、僕はティーカップから口を放した。
「大丈夫って、何が?」
「ずっと険しい顔をして飲んでいるから、それで、大丈夫かなって思って」
僕は自分がつくづく嫌になった。僕はまたしても独り善がりになっていたのだ。目の前にいてくれている浜辺さんのことを忘れてロイヤルミルクティーを啜り続けるなんて、正気の沙汰じゃない! あまつさえ、浜辺さんに心配をかけるなど言語道断だ!
「浜辺さん。ごめんね、心配かけちゃって。僕は大丈夫だよ。このロイヤルミルクティーもすごく美味しいし、それに、浜辺さんと一緒にお茶が出来て僕は今とても幸せなんだよ」
浜辺さんは、アメリカーノを啜った。浜辺さんの口元から、アメリカーノを啜る小さな音が聞こえた。
徐に、僕はティーカップの中に目を向けた。そうして、ロイヤルミルクティーの残りが僅かしかないことに気が付いた。
「浜辺さん」僕は早口で言った。「僕のロイヤルミルクティー、ちょっとしか残ってないんだけど、飲んでみる?」
「いいの?」
「うん。是非、浜辺さんに飲んでもらいたいんだ」
「それじゃあ、私のアメリカーノと取り換えっこしよう」
浜辺さんは僕の近くにコーヒーカップを置いた。
「浜辺さんのアメリカーノ、まだ半分くらい残っているし、これじゃ平等な取り換えっこにならないよ。少しだけ味わわせてもらったら、残りは返すね」
「全部飲んじゃって、花井君。私はもう充分だから」
僕は、「分かった。ありがとう。頂くね」と言ってから、ティーカップを浜辺さんの近くに置いた。
浜辺さんは、ティーカップを手に取った。そうして、ロイヤルミルクティーを口に含み、飲み込んだ。
「どう、浜辺さん。僕のミルク、美味しい?」僕は体も心も前のめりになりながら尋ねた。
「美味しい。これがちゃんとメニューに載ったら、毎回注文しちゃう」
浜辺さんの声が、カリヨンベルの音色に聞こえた。僕は、幸福感に包まれて、脱力した。
「浜辺さんに美味しく味わってもらえて、よかったよ」
僕の声は、ふにゃふにゃだった。
僕は、弱々しい手付きでコーヒーカップを手に取った。
これは浜辺さんが口をつけたアメリカーノなんだ。そう強く意識すると、コーヒーカップを持つ手の力が強くなった。僕は、三日三晩も水を絶っていた人みたいにして、アメリカーノを思い切り喉に流し込んだ。アメリカーノがぬるくなってきていたからこそ出来た飲み方だった。
僕は、あっという間にコーヒーカップを空にした。
「ありがとう、浜辺さん。浜辺さんの味がして、とても美味しかったよ」
浜辺さんは、口をぽかんと開け、それから、俯いた。
再び、沈黙があった。今度の沈黙は十秒どころじゃ済まなかった。
僕は女の子が喜ぶような話題を何一つ持っていない。その事実を、僕は長い沈黙のなかで思い知った。浜辺さんに気まずい沈黙を強いてしまっている罪悪感に苦しみつつも、僕の口は猿轡をかまされたかのようになって、一言も発することが出来なかった。僕は悔しくて両手を強く握り締めた。
「浜辺様」またもや音もなく僕たちのテーブルのそばに来ていた整った顔をした長身の店員が、言った。「まだ外も明るいですし、浜辺様さえよろしければ、久しぶりに家のジャンボと遊んでやってくれませんか? もちろん、お連れのお客様の御都合がよろしければ、御一緒に」
「花井君」浜辺さんが僕を見た。「ジャンボっていうのは、こちらの店長さんが飼っているシベリアン・ハスキーのことなんだけど、花井君は、犬、平気?」
「僕、多分、前世は犬だったと思うんだ。だから、犬は大好きだよ」僕は食い込み気味に言った。
少しの間があって、それから、浜辺さんは再び声を発した。
「花井君。もう少しだけ私に付き合ってくれる?」
「喜んで」僕は心の底から声を出した。
「それじゃあ、一緒にジャンボと遊びに行こう」
浜辺さんが、笑った。それが嬉しくて、僕は勢いよく立ち上がり、勢いそのままに、整った顔をした長身の店員もとい店長に握手を求めた。店長は微塵も躊躇せず、僕の求めに応じてくれた。
僕と浜辺さんが黙り込んでしまっていたのを見かねて店長は声を掛けてくれたのだと、僕は理解していた。犬と遊ぶというイベントを提供してくれたのも、僕と浜辺さんの仲を思ってのことなのだと理解していた。だから僕は、ありったけの感謝を込めて、「ありがとうございました」と言った。
店長は、これ以上ないってくらいハンサムな顔で、「どういたしまして」と言った。
僕と浜辺さんは、プリマモーレを出て、店長の家を目指して歩き出した。
「店長さんの家はここから歩いて五分くらいの所にあるから、すぐに着くよ」浜辺さんが言った。
「あの人が店長っていうのは驚いたな。すごく若いから、バイトの大学生だと思ってたよ」
「店長さん、確かもう三十八歳だよ」
「三十八歳!? すごいなあ。及川光博さん並に若く見える人だなあ」
浜辺さんが笑って、僕も笑った。
僕たちは横並びで歩き続けた。重なり合い続ける僕たちの影とは対照的に、僕と浜辺さんの手は触れたり離れたりを繰り返した。
ちょっとした豪邸の角を曲がると、前方から、小畑新町中学校の制服を着た男子三人が歩いてきた。三人は、浜辺さんの美貌に気が付くと、もじもじして、はにかんだ。すれ違ってから、三人の内の一人が、「勃起しちゃった」と小さな声で言った。僕は、浜辺さんを見やった。まるで動じていない様子から察するに、卑猥な言葉は浜辺さんの耳には届かなかったようだ。卑猥な言葉が浜辺さんを汚さなかったことに、僕は安堵した。安堵しつつ、僕は一つの疑問を抱いた。
「そういえば、浜辺さんて小畑新町中学校の生徒じゃなかったよね? この辺の子はみんな小畑新町中学校に行くんだけど、もしかして、浜辺さんは私立の中学校に通ったりしていたの?」
「私、中学を卒業するまでは山梨県に住んでいたの」
「山梨か。僕の祖父母の家も山梨にあるんだよ」
浜辺さんは、僕をじっと見詰め、それから、前方に視線を戻した。
「浜辺さん。銚子に引っ越してきたとき、こっちに知り合いとかはいたの?」
「誰もいなかったよ。だから、高校が始まるまではずっと一人で散歩したりしてた」
「寂しくなかった?」
「寂しかったよ。でも、ジャンボに出会ってからは寂しくなくなった」
「ジャンボとはどうやって出会ったの?」
「花井君は、ハーブガーデン・ポケットに行ったことってある?」
「家族で何度か行ったことがあるよ」
「あそこにドッグランがあるでしょ。そこで、私は初めてジャンボを見たの。すごくハンサムな顔立ちをしているのに仕草の一つ一つが可愛くて、それで、私、一目惚れしちゃって、ずっとジャンボを見詰めてた。そうしたら、プリマモーレの店長さんが私に声を掛けてくれたの。色々話をした後、店長さんは、ジャンボとのハーブガーデン・ポケット内の散歩に同行させてくれて、私にリードも持たせてくれた。ジャンボは、私を気遣うみたいにして、ずっと穏やかな歩調で歩いてくれた。私、それがとても嬉しくて、すごく、救われた」
浜辺さんは夕空を見上げた。ジャンボと初めて会った日のことを思い出しているのだろうと、僕は思った。
浜辺さんの優しい顔に、僕は見入った。
「楽しい散歩が終わって、別れ際に、店長さんが言ってくれたの。またジャンボに会ってやってください、って。それで、自宅の住所まで教えてくれて。私、ジャンボに会いに行くのは図々しいことかなって思って、会いに行くのはためらったんだけど、でも、どうしてもジャンボに会いたくて、結局、店長さんの家を訪ねた。店長さんは嫌な顔一つしないで、私をジャンボと遊ばせてくれた。その日から今日まで、私はちょこちょこジャンボに会いに行っているの」
「浜辺さんにとって、ジャンボは銚子で出来た初めての友達なんだね」
浜辺さんはちょっとだけ恥ずかしそうにしながら頷いた。
閑静な住宅街に良い匂いが漂った。それは、夕飯の準備を始めた家々から漂ってくるカレーやシチューなどの匂いだった。少しだけ、辺りが暗くなったように感じた。僕は、時間が止まってほしいと切に願った。
浜辺さんの言った通り、店長の家にはプリマモーレから五分ほどで到着した。
店長の家の門扉に近付くと、犬の鳴き声が聞こえてきた。怒りや警戒の類ではないとはっきり分かるほどに、好意の滲み出た鳴き声だった。
浜辺さんが門扉を開け、僕たちは店長の家の敷地に入った。
家屋は、モダンなデザインの平屋。広い芝の庭には所々に花が植えられている。生け垣にも花がたくさん咲いているので、店長の住まいはちょっとした花園のようだった。
庭には大きな犬小屋が設けられていた。犬小屋に取り付けられているリードを引きちぎりそうな勢いで、シベリアン・ハスキーが浜辺さんに近付こうとしている。引き締まった体つきの、毛並みも良い、若さに溢れたシベリアン・ハスキーだ。尻尾の振り乱しかたが尋常でないところから察するに、よっぽど浜辺さんのことが好きなのだろう。
「ジャンボ。会いたかったよ」
満面の笑顔でそう言いながら、浜辺さんはジャンボに近付き、しゃがみ込み、両手を使ってジャンボの首周りをわしゃわしゃと刺激した。ジャンボは、赤ちゃんプレイに興じる特殊性癖の男性みたいな甘い鳴き声を発した。僕は、ジャンボに嫉妬を覚えた。
甘え切ったジャンボは、ひっくり返り、お腹を浜辺さんに見せた。ペニスもおっぴろげな有様だ。
浜辺さんは、「ジャンボは甘えんぼさんだね」と言って、ジャンボのお腹を優しくさすった。ジャンボは、浜辺さんが与えてくれる刺激を貪り、幸福の絶頂みたいな顔をした。
「僕が触ったりしても、怒ったりしないかな、ジャンボは」僕は、浜辺さんとジャンボのスキンシップを終わらせたい一心で、言った。
「怒ったりしないと思うよ。ジャンボ、人懐っこいから」
浜辺さんはジャンボから少しだけ離れた。まだまだ浜辺さんに触ってほしいのであろうジャンボは、ひっくり返ったままで浜辺さんの顔を凝視した。
僕は、ジャンボのそばにしゃがみ込んだ。。
「初めて会った人がそばに来てもお腹を見せたままだなんて、本当に人懐っこい奴なんだね」僕は言った。
僕がお腹を触っても、ジャンボは嫌がったりはしなかった。でも、ジャンボの顔には浜辺さんに触られていたときの面影は一切残っておらず、その顔は、能面みたいに寒々しかった。
「可愛いでしょ、ジャンボ」
浜辺さんに同調を求められている。それを理解しつつも、僕は、「僕のほうが可愛いよ」と本心を口にした。
浜辺さんは、未知の生物に出くわした人間がするような目で僕を見詰め、口をまごまごさせた。
浜辺さんに引かれた! そう理解した僕は、「冗談だよ。ジャンボ、とっても可愛いね」と早口で言った。
ひっくり返っているのを止めたジャンボが、苦笑いを浮かべている浜辺さんの足下に移動して、浜辺さんの膝を舐めた。浜辺さんは、身震いしながら可愛い声を漏らし、それから、恥ずかしそうな顔をして、僕から目を逸らした。
「ジャンボって、お利口で、芸が色々できるんだよ」
身震いしながら漏らした可愛い声、それをごまかすのが目的であろう浜辺さんの発言が、僕は愛おしくてたまらなかった。
「ジャンボ、お座り」
浜辺さんからの命令に、ジャンボは素直に従った。
浜辺さんはジャンボに対して、お手、おかわり、伏せ、と順番に命令を出した。ジャンボは浜辺さんの全ての命令に従った。
「よく出来たね。偉いね」
浜辺さんはジャンボの顔周りを優しく刺激した。ジャンボは、尻尾がすっぽ抜けてしまうんじゃないかと心配になるくらいに尻尾を激しく振った。
「すごいね。本当にお利口だ」
「そうでしょ」
嬉しそうに言った浜辺さんの笑顔は眩しかった。
「他にも何か芸が出来るのかな?」
「出来るよ。おまわりとかハイタッチとか」
「それじゃあさ、ちんちんも出来るのかな?」
潮の香りを運んでくるくらいに強い風が吹き抜けた。庭の花々が揺れ動いた。舞った芝が僕の頬をかすめた。
「出来るよ」小さな声で、浜辺さんが言った。
「本当に? 僕、ちんちんって見たことがないんだ。浜辺さん、僕にちんちんを見せてよ」
ジャンボは、自らお座りの体勢に戻り、そのまま次の命令を心待ちにしていた。浜辺さんは、深呼吸をした後、「ジャンボ、ちんちん」と言った。ジャンボは、浜辺さんの命令に対して無反応だった。ジャンボが聞き取れないほどに、浜辺さんの声は小さかったのだ。僕だけが、浜辺さんの声を聞き洩らさなかったのだ。
浜辺さんが、ちんちんって言った! 美人で、人望があって、頭も良くて、運動も出来て、そんな浜辺さんが、閑静な住宅街のど真ん中で、ちんちんって言った!
僕は、興奮した。犬吠埼の浜辺でエッチな本を拾った小学四年生の夏、生れて初めて女性の裸を見たあの瞬間の千倍くらい興奮した。
熱を帯びた全身が震える。激しい鼻息を止められない。両目が大きく開くのも止められない。頭の中が、真っ白になった。
「駄目だよ、浜辺さん。もっと大きな声で、ちんちん! って言わなくちゃ」僕は言った。「ジャンボも命令がちゃんと聞こえなくて困っているよ。ほら、浜辺さん。ちんちん! って大きな声で言って。ジャンボ、ちんちん! って言って。ジャンボちんちん! って言って」
浜辺さんは、ジャンボに向けていた目を僕に向けた。彼女の目にある恐怖の色を見て取った僕は、我に返り、強い罪悪感に苛まれた。
「あんまり長居すると、暗くなっちゃうし、もう、帰ろう」
浜辺さんのどこか余所余所しい声に対して、僕は首を縦に振った。
「バイバイ、ジャンボ。また遊びにくるね」
浜辺さんはジャンボに向かって手を振った。まだ遊び足りないのであろうジャンボは、つぶらな瞳を潤ませて悲しげな鳴き声を漏らした。
僕たちは、店長の家の庭を出た。浜辺さんが門扉を閉めた。
「花井君。ごめんね。私、親に買い物を頼まれていたのを思い出しちゃったの。だから、今日はここで別れよう」
別れよう、という浜辺さんの声を受けて、僕の心臓は悲鳴を上げた。
「買い物なら、僕が荷物持ちをするよ」僕は必死になって言った。
「大丈夫だから。ありがとう。それじゃあ、また明日、学校でね」
そう言って、浜辺さんは走り出した。
浜辺さんの後姿がどんどん小さくなっていく。僕の手が届かないところへ永遠に離れて行ってしまうかのように。
やがて、浜辺さんは突き当たりを左に曲がり、僕の視界から姿を消した。
一人取り残された僕は、立ち尽くすことすら出来ず、両膝をつき、それから、四つん這いになった。
付き合ってまだ初日の彼氏から、ちんちんを連呼されて、それで不快にならない女子なんていないだろう! 僕は、最低のことをしてしまった! セクハラで訴えられてもしょうがないことをしてしまった! 大好きな浜辺さんに、嫌な思いをさせてしまって、怖い思いをさせてしまって、僕は、最低のちんちん野郎だ! 僕は、人間のクズだ!
一匹の蟻が、僕の顔の真下にやってきた。蟻は、自分の体よりも大きなパンくずを持って歩いていた。僕は、蟻が涙で濡れないように、前腕で両目を押さえた。
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