第6話 腕力自慢? そして、決定的な事件⁉︎

 さくらたち三人は、商店街の最寄り駅から、地下鉄で二駅ふたえき移動してきた。

 地上に出てきた、さくらたちの視界には、北側に青銅色の四角い屋根の寺院が、南側には、同じ色をした丸い屋根の礼拝堂が写った。

 西側には、大きな病院や楽器屋街、その先は古書店街へとつながっている。

 さくらたちは、それとは反対側の坂道を下っていく。

 その先には、世界的にも有名な巨大な電気街、いまや別の世界の聖地と化した感のある街が拡がっていた。


沙羅さらちゃんには、おもしろいところじゃないよぉ。いいのぉ……」

 マリが、並んで歩いていた沙羅に話しかける。

「だって、マリさんたら、さくらちゃんと出かけるっていうから。デートだって言って」

「ダメだったかなぁ……」

「いえ、ダメとかではなくてですね。うぅ、わたしも、一度行ってみたいと思ってたんですよぉっ」

「そうなのぉ? わたしも沙羅ちゃんが一緒に来てくれると嬉しいよぉ……」


 少しだけふたりの後ろを歩いていた、さくらへと振り返りながら、マリが同意を求めている。その行動は実に危なっかしい。

「マリ姉、危ないですよ。よそ見していると……」

 歩道の段差につまずいて転びそうになるマリ、そこに手を伸ばすさくら。もう少しというところで、ふたりの手が繋がることはなかった。そこに、別の手が伸びてきた。


「ほらぁ、マリさん。さくらちゃんの言うとおり、よそ見してると危ないですよ」

 やさしく微笑みながら、マリに話しかける沙羅。

「沙羅ちゃん、ありがと。わたしって、いつもこんなだから、周りに心配ばかりかけてるよね……」

「そんなことないですよ。でも気をつけましょうね。マリさん」

「うん……そだね」

「これではまるで、沙羅さんのほうがお姉さんみたいです」

「あぁ、さくらちゃんたら、そぉいうこと言うんだぁ。いつもみたいに、さくらちゃんが手を繋いでくれないからでしょぉがぁ……」


 マリの、さらっと爆弾発言。これに最初に反応したのがやはり沙羅。

「さくらちゃん? いつも手を繋いでって、それホントなのっ?」

 さくらのことを沙羅が睨みつけている。普段からつり目がちな瞳が、もっとつり上がっているように感じて、思わず一歩下がってしまう。

 それを見て逆に一歩踏み込む沙羅。いつもと違う迫力のオーラが背後に見え始めた。

「それでぇ、どぉなのよぉぉぉ? 手ぇ、繋いでるのぉぉぉ?」

「沙羅さん、怖いですって。どぉなのよぉぉぉ……って、マリ姉のあの顔を見てから言ってください」


 さくらが必死に抵抗を試みる。さくらを睨みつけるために踏み込んでいた沙羅が、言われるがまま、振り返った。

「えへへへっ……。沙羅ちゃん? なんだか、とってもガラが悪いよぉ」

 そこには無邪気な笑顔を浮かべたマリがいた。

「そういうマリさんは人が悪いです。もおっ、びっくりしたじゃないですかっ」

「でもぉ、わたしは、さくらちゃんのお姉さんなのでぇ、手を繋いであげるのは許されるんだよぉ。ねぇ? さくらちゃん?」


 マリの爆弾発言、二発目。

 同時に沙羅の睨みのきいた瞳が、再び、さくらに向けられる。

「ほんとおなのぉぉぉっ?」

「うわぁ……、また?」

 襟首をつかまれそうになるのを、紙一重でかわすさくら。

 さくらのことを捕まえきれずに、沙羅が本気で悔しがっている。バキバキと指を鳴らす音も聞こえている。


「こぉらぁぁぁっ、待ちなさいよっ、さくらちゃんっ」

「沙羅さんたら、なんでもかんでも、マリ姉の言うことだけを信じないでください」

「なんですってぇぇぇっ」

「だから、ちょっと待ってくださいって。マリ姉の場合は、姉が手を繋ぐではなくて、小さな妹の手を繋いであげてるって、周りからは見えてるみたいなんですから」

「えへへっ……」

 照れ隠しに笑って、ごまかしている感が満載のマリ。

 それとは反対に沙羅が唸り声をあげている。今にも噛みつかんばかりの表情をして。

「手ぇ、繋いでるんだぁ。さくらちゃんたらぜんぜん否定もしないし。マリさんも笑っている場合じゃないですって。妹って言われてるんですよ」

「いいよぉ、妹って言われるくらい。もぉ、言われ慣れたもぉん。なんだぁ、沙羅ちゃんも、さくらちゃんと手を繋ぎたかったんだねぇ……」


「そっ、そんなことを言ってるんじゃありませぇぇぇんっ」

 沙羅が、急激に頬を紅くして反論する。

「そぉなの? わたしの勘違いだったのかなぁ……?」

「マ、マリさんはもうおとななんですから、いつまでもさくらちゃんを、甘やかしてたらいけないと思いますっ」

「えへへっ。いいの、いいのぉ……。わたしはおとなだけどぉ、ふたりよりもお姉さんだからねぇ。だからぁ、沙羅ちゃんは右側で、わたしが左ねぇ。あぁっ、沙羅ちゃんの背なら腕組んだほうがいいよぉ。これで三人でデートしてるみたいだよねぇ……」


 マリの強引な策略によって、さくらと強制的に腕を組まされ、動揺を隠しきれていない沙羅が、今まで以上に頬をあかくして俯いている。

 さくらが、呟いた。

「ごめんなさい、沙羅さん。マリ姉も悪気があってではないと思うんですけど……。沙羅さん? 顔、あかいですよ。具合でも悪いですか?」

「もぉっ、さくらちゃんのばかぁっ。ホントに美亜みあが言ったとおりなんだからぁ……」


「美亜さんが、なにか……」

 訳が解らないという顔のさくら。疑問符が頭上いっぱいに浮いている。

「そんなこと、さくらちゃんには関係ないのっ。もぉっ、マリさん、行きましょう」

 マリの手を取って、先を歩きだす沙羅。さくらひとりが、おいていかれた格好になっている。

「沙羅ちゃん、歩くの早いよぉ……」

 沙羅の歩く速度に息を切らせながら、マリがついていく。

「わたし、走るの苦手なんだよぉ。運動系、ホボ、全滅なんだからねぇ……」

 沙羅がマリの手を取って、歩き出したのも束の間。

 マリから自嘲気味な言葉の救難信号が発信された。


 その言葉を聞いて、沙羅が我にかえる。

「ご、ごめんなさい。わたしったら、つい……。ん?」

 沙羅の歩くスピードが極端に遅くなる。

「ん? なぁに……? 沙羅ちゃん?」

 沙羅が謝りながらも、頭上に疑問符を浮かべていることを、不思議に感じたマリが聞き返す。


 ただ、その言葉に対しての反応はないまま、沙羅がマリの左手を持ち上げてみた。

「ん?」

 もう一度、首を捻った後、二人の後ろを歩いていた、さくらに視線を向けた。

「どうかしたの……? 沙羅ちゃん?」

「あっ、いえ、その……」

 沙羅の返事が、最後まで出てこない。


 沙羅の挙動不審気味の行動に、左手を持ち上げられたままの格好で、マリが遠慮がちに話しかける。

「沙羅ちゃんてば、ホントに力持ちなんだね。でもぉ、そろそろ離してもらえると嬉しいかな? か、肩がイタい……」

「はっ……、ご、ごめんなさい、マリさん。わたし、思わず……」

 今一度、我にかえった沙羅が、今まで持ち上げていたマリの左手を離した。


 漸く解放された左の肩を擦りながら、マリが改めて沙羅に向かい合う。

「……で、ホントに、どうかしたの?」

「いえ、マリさんて、今まで、バングルなんてして……ました?」

「あぁ、これ? うん、はずしたことないよぉ……」

 沙羅の質問に、マリは、自分の左手首に触れながら、おずおずと答える。


 マリからの答を聞き終えた沙羅が、改めて、さくらに視線を移す。

 その体勢のまま。

「さくらちゃんのしてる、お母さんの形見のバングルと、そっくりですよね……?」

「うん、同じデザインにしてもらったんだよぉ。あれぇ……? 沙羅ちゃんは、さくらちゃんから渡されて……ないの?」

「へっ? さくらちゃんから……ですか?」

 沙羅の答に、今度はマリの頭上に疑問符が浮いている。


「これ、商店街の人たち、みんな持ってるんだよぉ……。アクセのタイプはいくつかあるけど。ピアスとかぁ、リングとかぁ……。全部、魔法のアイテムなんだよぉ」

「魔法のアイテム……ですか?」

「そぉ。わたしたちの身に危険が迫った時に、救難信号が、さくらちゃんに伝わる仕組みになってるの……」

 そこまで言って、マリがさくらを睨みつけた。


 少しだけ背の高いさくらを見上げながら、両手を腰にあてたポーズをとるマリ。

 そして。

「さくらちゃんっ、沙羅ちゃんに渡してなかったのっ? もしかして、美亜ちゃんにも? 小百合さんもっ? もぉっ、三人とも商店街の大切な人たちなのにぃっ」

 珍しく、マリの言葉が強くなっている。いつもの、ほわっとした口調が、すっかり影を潜めてしまっていた。

「ご、ごめんなさい……。まだ、沙羅さんたちには聞けてなくて……」

 マリのその言葉の勢いに、さくらが小さくなっていく。


「さくらちゃん? 言い訳無用だよ。それに、好みを聞くのは、小百合さんだけでいいって思わなかったの……?」

「それは、どういうこと……?」

 今度は、さくらが返事に困る番のようだ。

「もぉっ、さくらちゃんは、女心がわかってなぁいっ」

 マリが小柄な肩を怒らせながら、沙羅の手を取って、先を歩き出した。さくらは、首を捻りながらも、ふたりの後ろをついて行く。


 そんなふたりを交互に見遣りながら、沙羅がマリに向かって呟く。

「あ、あの、マリさん? わたし、マリさんの怒ったトコ、初めて見ました」

「そぉ……?」

「はい」

「もぉっ、さくらちゃんが、こんなにもニブいとは思わなかったわ。あっ、魔法のアイテムは、商店街に帰ったら、さくらちゃんに用意させるからね」

「いえ……、そんな……」

「タイプは、これと同じでいいでしょ……?」

 そう言って、マリが自分の左手を振ってみせた。


「美亜ちゃんも同じのがいいかなぁ。帰ったら念のため聞いてみようかなぁ……」

 マリが、ひとり納得したという表情で、ウンウンと頷いている。

「あ、あの……、マリさん?」

「あぁ、ごめんね。沙羅ちゃんも、さくらちゃんとお揃いのがいいよね? さくらちゃんのあれは、志乃さんの形見だから、完全に同じもの……って訳ではないんだけどね。わたしが、同じのがいいって、我儘言ったんだよぉ。しのぶさんは、ピアスしてるよ。拳さんは、リングを、首から提げてるの。帰ったら見せてもらうといいよぉ。みんな同じデザインだから、すぐに解るよぉ。あとは小百合さんだけど……、もぉっ、さくらちゃんたらぁ……」

 未だに、マリの怒りは治まらないようだ。


「あ、あの……、マリさん? さくらちゃんのことですけど、そんなに怒らないであげてください。マリさんが、アクセして、珍しいなぁって思っただけで……。そしたら、それをどこかで見たことあるなぁって思って……。そういえば、さくらちゃんが同じのしてたような……、お母さんの形見だって教えてくれたなぁ……って。そう考えたら、少しだけ気になっちゃいました」

「そっかぁ……。わたし、さくらちゃんが、沙羅ちゃんたちには、もう渡してると思ってたからねぇ……。気がつかなくて、ごめんね」

「いえ、そんな。でも、わたしたちが貰ってもいいんですかぁ。魔法のアイテムなのに」 

 沙羅が遠慮がちに聞いている。


 そんな沙羅の言葉に、マリは首を捻っているが。

「いいの……って、沙羅ちゃんたちは、もう商店街の大切な人たちなんだよぉ……」

「そう言ってもらえると、嬉しいですけど。わたしたちが、魔桜堂に来て、まだひと月も経ってないんですよ」

「商店街で過ごしてきた時間なんて、そんなに関係ないよ。これからは、今まで以上の楽しい時間を過ごすんだからねぇ。わたしの時みたいに、事件にでも巻き込まれたらたいへんでしょ?」


「事件に巻き込まれたら……って、マリさんが?」

「うん、そうだよぉ……。わたし、小さい頃、誘拐されたことがあるのよ。わたしが、おとなの男の人が苦手になったのも、人見知りが激しくなったのも、その事件の所為せいかなぁ?」

 マリがごく普通のことのように、話を切り出した。

「あれっ? でも、さくらちゃんだって、あんな見た目でも男の子ですよ……」

「さくらちゃんは、その時、わたしを助けにきてくれたんだよぉ。……魔法を使って、わたしが捕まっているところに、ひとりで乗り込んできて、犯人グループを制圧しちゃったの。その後、当時中学生だった拳さんや、しのぶさんや、志乃さんがきて、警察の人たちがきて……、事件解決ってなったんだぁ……。さくらちゃんは、わたしの命の恩人なんだよ。だからかなぁ? 男の子だけど、安心できる……っていうか。まぁ、見た目もあんなだしね……」


「確かに。わたしだって、商店街に来た時には、女の子だと思って疑わなかったし……。ん? 当時中学生の拳さん? しのぶさん? それって、いくつの時のこと……?」

 沙羅が、後ろを歩いていたさくらに、厳しい視線を向けている。

 視線の先のさくらは、返事に困っているようにも見える。

 さくらの代わりに、マリが沙羅に答えた。


「さくらちゃんが四歳の時のことだよ。ふたりが商店街に来てすぐのこと……」

「ええええぇっ⁉︎」

 沙羅の絶叫が、電車の高架下で、暫く響いていた。


「犯人グループを制圧って、四歳の時のさくらちゃん、大魔王さまじゃない……」

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