第74話/鹿から逃げる朝宮
気づけば九月上旬。
修学旅行の話は完全にまとまり、文化祭の方の準備にも取り掛かり始め、みんな既に浮かれ気分だ。
俺も俺で爽真と朝宮のことについての作戦もまとまり、朝宮と離れる心構えもできた‥‥‥はずだ。
ただ、作戦は全部二日目、俺の誕生日に実行する。
それまでは爽真自身に朝宮との距離を縮めてもらって、出来るだけ二人が話す回数を増やす。
そして二日目の自由行動の夜が本番だ。
そこで全部決まる。
ただ、俺は爽真に言わなくちゃいけないことがある。
それを言うために、D組の文化祭の手伝いをしている爽真を屋上に呼び出した。
「どうしたんだい?」
「大事な話だ」
「何でも言ってくれ」
「もしも修学旅行で朝宮と付き合えたらおめでとう」
「気が早いよ」
「だけど、もしも振られたら、もう完全に諦めてくれないか」
「ど、どうしてだい?」
「朝宮の精神的負担を考えてのことだ」
「そうだね。僕もそれは考えてたよ。修学旅行が最初で最後の告白になる!」
「お前‥‥‥今、最初で最後って言ったか?」
「言ったけど」
「ショックすぎて、振られた記憶無くしてるのか!?」
「毎回新鮮な気持ちで挑みたいのさ!」
「あぁ、安心したわ。それじゃ、告白の言葉は念入りに考えとけよ」
「うん! 分かったよ!」
「よし、教室戻るわ」
「僕も手伝いに戻らなきゃ!」
伝えるべきことは伝えた。
これであとは、修学旅行を待つのみだ。
※
そして、修学旅行当日の朝。
「修学旅行ですよ! 起きてくださーい!」
「嫌だ!! やっぱり行かない!!」
「なに言ってるんですか!? 行かないなら刺しますよ!?」
「サラッと殺害予告しないで!?」
「いったいどうしたって言うんですか? 早く行かないと飛行機に乗り遅れますよ?」
「飛行機怖い!! 無理!!」
「墜落なんて滅多にしませんよ!」
「その滅多がたまたま当たったらどうするんだよ!! そうだ、今からアイス爆食いして、腹壊して休む!!」
「私の食べかけしかありませんけど」
「クソー!!!!」
「諦めて行きますよ! 綺麗なキャビンアテンダントさんでも見たら、飛行機も乗りたくなりますよ!」
「綺麗なお姉さんに釣られるか!!」
「それもそうですね! 毎日私を見ていたら、綺麗な人なんて、たかが知れてますよね!」
「んなわけあるか!!」
「完全否定は傷つきます! 乙女の心に傷がつきました! どう責任取るつもりですか!?」
「あーもう、うるさいから行くわ」
「ちょっと待ってください。シンプルに傷つけないでください」
そんなこんなで空港へやって来た。
「掃除機くんと和夏菜さん! おはよう!」
「和夏菜ー!」
爽真と絵梨奈が手を振って俺達を迎えたが、陽大の姿が見当たらない。
「陽大は?」
「先に荷物預けに行ったよ」
「そっか、俺達も行くか」
「そうだね!」
荷物を預けて、空港内に学年全員が集合し、先生の話を聞いている時、ポケットに入れいた携帯がブルっと震えた。
先生の視線を確認してこっそり確認すると、朝宮から飛行機が燃えてる画像が送られてきていて、思わず携帯を持つ手が震えた。
生きて奈良に着いたら、絶対文句言ってやる‥‥‥。
そして遂に飛行機に乗り込み、座席に座って隣を見ると、まさかの隣が朝宮だった。
「おいこら、さっきの画像はなんだ」
「は、はい?」
「いや、何でお前が青ざめてるんだよ」
「さっきの画像見たらちょっと‥‥‥」
アホだ。アホがいる。
「シートベルトは締めましたかー」
芽衣子先生が見回りに来て、俺の顔を見て立ち止まった。
「体調悪いのかな?」
「正直、飛行機が怖すぎて」
「奈良までだいぶありますよ?」
「今からでも帰れますか?」
「無理です。怖いなら寝てなさい」
「ちょっと! 待ってくださっ‥‥‥」
※
「着きましたよ。起きてください」
「んっ、えっ、なに?」
「奈良に着きましたよ」
朝宮に起こされて、奈良に着いたとか、またくだらないドッキリをかけられている。
「早く立ってください」
「え、本当に着いたの?」
「はい。先生に顔触られて、ずっと気絶してましたよ?」
全部思い出した。
芽衣子先生に顔をベターっと触られて、俺は一瞬で‥‥‥。
今回だけはありがとう!!!!本当にありがとう!!!!
だが、顔はしっかり拭いた。
そして、飛行機を降りていざ地に足を着くと、なんとも言えない安心感に包まれた。
「生きてるって素晴らしいな」
「一輝、アンタ、辛いことあるなら言いなね」
「なにかあっても、絵梨奈には言わん」
「なんで?」
「アドバイス下手そうだから」
「奈良って人殴ってもいい法律あるの知ってた?」
「ねーよ! 奈良県民に謝れ!」
「爽真くん! 代わりに謝って!」
「え? よく分からないけど、陽大くん、代わりに謝ってよ」
「ごめんなさい」
何だこれ。
「みんな荷物受け取ったら、すぐバスに乗りますよ!」
「はーい」
※
空港で荷物を受け取ってバスに乗り込み、奈良の街並みを見ながら最初にやって来たのは、鹿で有名な奈良公園という場所だ。
そこで、奈良公園から出てはいけないが、各自自由行動の時間に入った。
「一輝くん!」
「日向も来てたのか」
「いや、同じ学校じゃん」
「桜! 鹿せんべい買いに行こ!」
「いいよ!」
日向と絵梨奈は一緒に鹿せんべいを買いに行き、チャンスだと思った俺はすかさず陽大に言った。
「一緒に鹿せんべい買いに行こうぜ」
「うん! どんな味がするかな!」
「無味だろうな」
「そんな夢のないことある?」
「動物の餌は大抵無味って決まってんだよ」
「えー」
陽大と一緒に歩き出して、爽真と朝宮が気になって振り向くと、既に朝宮の姿は無く、爽真一人が取り残されていて、鹿に制服をかじられていた。
朝宮はどこ行ったんだ。
「一輝! 鹿せんべい売ってる場所見つけたよ!」
「うわ、みんな並んでんじゃん」
「早く僕達も並ぼ!」
「そうだな」
鹿せんべいが売っている店に並んでいる時、さっきまで怖いぐらい居た鹿が周りから居なくなり始め、どこ行ったのかと思えば、鹿せんべいを持っていないにも関わらず、朝宮が鹿の大群に追いかけられていた。
そして、その鹿の大群の後ろをカメラを構えて走る島村‥‥‥。
朝宮は鹿からもモテるのか。
にしても、朝宮も必死に逃げていて、今まで積み上げてきた、クールという印象が崩れかけている。
大丈夫かあれ。あっ、追い詰められた。
「あっ、ちょっ!」
朝宮は木に追いやられて、鹿にスカートをめくられそうになってるのを少し怯えた表情で必死に阻止している。
それを見た俺は、陽大がお金を払い、鹿せんべいが入った袋を受け取ろうとした瞬間、それを奪って走り出した。
「後で金返す!」
「全然いいよー!」
陽大の心は仏かよ。
優しくて助かるぜ!
俺は鹿せんべいを持って、朝宮に群がる鹿の気を引いた。
「ほら、こっちだ!」
「
「なに冷静なフリしてんだよ。今のうちに走らないで静かに逃げろ」
「は、はい」
朝宮を逃してやったはいいものの、これは爽真にやらせるべきだったと反省すると同時に、俺に鹿が群がってしまい、一瞬で後悔した。
「もう少しで朝宮さんのパンチラを撮れたのに、邪魔しないでください」
「し、島村! パス!」
「えっ」
島村に鹿せんべいをパスすると、小柄な島村が見えなくなるほど鹿が群がり、俺はその隙に知らんぷりしてその場を離れた。
※
それから、咲野と日向と絵梨奈の三人と一緒に、平和に楽しんでいる朝宮を見つけて、なんだかホッとした。
いや、咲野と絵梨奈はぎこちないけど、いい加減仲良くなれよ。
「
「あっ、さっきはごめんな?」
「‥‥‥」
ちょんまげが曲がり、頬に泥をつけた島村が不貞腐れた顔で圧をかけてきた‥‥‥。
最初からこんな感じで、修学旅行が平和に終わる気がしないな‥‥‥。
ただ、朝宮から『ありがとうございます』のメッセージが届いて、俺はちょっと満足だ。
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