time 19

ショウに誘われて、渋々ながら雅詣の劇団の公演に行った。

ショウは途中で花とクッキーの詰め合わせを買った。

劇団員達さんに渡すと言う。


「みんな知り合い?」久音は一応尋ねた。「ちゃうよ。チケット代わりにいいかなって思ってん」


久音はため息をつき

「律儀だなあ」と言って、クッキーの入った紙袋を持った。


「ガモの事はどうでもいい、から要注意人物になったけど」

「ホンマ、気をつけや。あいつ目つきおかしい」

ショウは花束を顔に近付けて匂いを嗅いだ。

「いい匂いすんの?」

「草の匂いする」

「そのまんまやん」

「でも、好きな匂いや」

久音は顔を花にやってクンクンやって、首を傾げた。

「花の匂いもなんかするで」

「そう?」

2人で花を嗅ぎ合っておかしくなって顔を見合わせて笑った。


上演されるホールに着いて、2人は楽屋を聞いて訪ねた。

出入り口で付近にいた団員に、差し入れですと渡すと恐縮された。そのまま出るとすぐ前に雅詣が居た。

会いたくなかったが仕方ない。

「来てくれたんやぁ、ありがとぅ」取ってつけたような笑顔で言った。


「ガモには会いたくなかったんやけど」

「またまたぁ、でも来てくれたやん。相変わらず優しいなぁ」

「それに付け込んだん、てめえだろ」久音は刺々しく言った。


「お花とお菓子差し入れもらいましたよ」

中から先程受け取った人が声を掛けた。

「花は主演女優さんにあげてや」

ショウは念を押した。

「えぇ、僕には花ないのぉ?」

「何でお前に」と久音は心底嫌そうに言った。

「もう、席の方へ行くから」ショウは2人の間に割って入ると、久音の腕を掴んだ。

「ほら、行こう」

久音はまだ言い足りなかったが、ショウを立てて雅詣に背を向けた。

「ありがとぅ、よろしくねぇ」

相変わらず上機嫌に雅詣は言った。


席に着いて、しばらくすると劇は始まった。


『世界の狭間にて君を待つ』

両親と上手くいかない夕凪はある日知らない場所にたどり着く。

そこには凛音と名乗る青年がいて、いつからと知れず迷い込んだ人の悩みや後悔を聞いて紙に書き写し、結果その人の心を軽くすると言う作業をしていると話す。彼自身はそこに留まり続けている。

死者しか現れなかったのに、生者の夕凪が現れた事で彼の秘めた願いを引き出すことになる。

夕凪は凛音に悩みや苦しい心の内を語り、自分の境遇や過去に捉われなくなり次第に強くなっていく。


凛音は彼女の全てを知る事で自分となり変われると言う思い込みと、彼女が自分で感情を処理できるようになって、彼を必要としなくなる事に

絶望して彼女を手にかけてしまう。


しかし、成り代わりは起こらず、計らずして彼は自分の役割を思い出す。

未練を残してやってくる魂から、後悔や苦しみ、悲しみを聞いて紙(神)に移すことによって、浄化し、輪廻転生を助ける役目を負っていた事に。


凛音は夕凪の記録を全て消し、夕凪を元の世界に帰した。

自分の中の夕凪の記憶が全てなくなることは分かっていた。

いつしか彼女を愛し始めていた彼には辛い選択だった。

サヨナラ。万感の想いは、彼の中からは次の瞬間消えていった。

夕凪は現実に帰り、凛音と2度と会う事はないと知る。

彼を失って知る後悔と消えない想い。それでも強く生きて行こうと決意する。



久音は芝居を見たことがなかったが、結構のめり込んで観劇した。

あらすじで途中まで聞いていたが、いまいち分からなかったからだ。


「久音」

久音は我に帰ってショウを見た。ショウはハンドタオルを差し出していた。

「拭いて」

久音は、え、と呟いて自分が涙を流していたのに気付いた。

慌てて受け取ると顔に当てた。

「俺、何で泣いてんやろ」タオル越しに言って恥ずかしくなった。余計タオルを外せない。


「嬉しいな、そんなに感動してもらって」

「うん」

「ガモは脚本と演出してんねん。僕のしょうもない話でここまでできるって凄いわ。普段の性格には難ありやけど」

「うん」

久音はさっきより強く頷いた。


「や、でも」くぐもった声だったが「原作が良いからや、絶対」

と断じた。


ショウは手を伸ばして久音の顔を押さえているタオルを彼の手と一緒に剥がした。

「ありがとう久音。原作送るから、暇な時にでも読んで」

ショウも顔を若干赤らめて言った。


帰りにスタバに寄って久音はアイスオレ、ショウはアイスチャイラテをテイクアウトして飲み歩きしながら、劇の感想を言い合った。

「あいつが夕凪の記憶無くしたら何もならんやん。夕凪は凛音の事覚えてても、凛音は来る前に戻っただけで、変わらず外出たい思うとんねんやろ?」

「違うよ。凛音は正常になったんだよ。自分本来の役割に戻れたんだから」

「凛音の心は?夕凪が好きだった凛音の心は?」

「凛音はついでに、心に澱んでいた全ての他人を忘れられたんや。夕凪との出会いと別れで、彼の心は平静を得られたんだ」

「凛音が可哀想過ぎる」

「彼は彼の役割を全うする為だからね。て、主人公夕凪なんだけど。凛音にこだわるね、久音」

「いや、凛音が主人公やろ?」久音はきょとんとした。

「そんで、凛音はどう考えてもショウやん」

2人は同じタイミングでストローから飲み物を啜った。

同じようにゴクンと飲み込んだ。

「違うよー、夕凪の心の成長をやね」

「や、自分の事や。あいつや俺の話聞いてくれるやん」

久音は1人で納得していた。

「やのに、誰からも忘れられて、あんなとこに1人取り残されて。もう夕凪がいないからちょっとも現実におられへんやんか。俺は帰らんと一緒に居たるからな、ショウ!」

「凛音が僕と思ったから泣いたん?」

「…言わんといて」久音は指でショウの頬をつついた。

「ホント、久音って、感情豊かやな。カワイイ奴や」

ショウはつついていた指を素早く噛んだ。

痛っと久音は指を抜こうとしたがショウはさらに噛んで離さない。

「コラ!ショウ!」

冷ました顔で噛んだままショウが何か言った。

何や?

ショウはそのまま思い切り指をチウっと吸ってから、ようやく離した。

「僕を置いて行かんといてや」

久音は赤くなった指先とショウを交互に見てから

「嫌や言うても、おる」

とニンマリ笑って応えた。



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