藍色、神社境内

春嵐

藍色、神社境内

 任務が終わったので、帰り道を待っている。

 神社境内。夕暮れには少し早い時間。

 そこそこ長い任務だったけど、ちゃんと正義の味方として全て片付けた。

 彼女と逢えなくなる。それだけが、心残りだった。ここからいなくなる。彼女は、ここにしかいない。

 藍色。神社境内に。


「来たか」


 帰り道。藍色の、もとの街への出入口。


「ねえ」


 後ろから声をかけられる。

 彼女がいた。


「なにそれ」


 藍色のほうを指差して。彼女。


「俺の帰り道」


「帰る?」


 首を傾げている。


「わたしの家でしょ。帰るのは」


「俺、ここの人間じゃないんだ。任務があって、さっきそれが終わった。だから、元いた場所に帰る」


「あっそ。わかった」


 おっ。ものわかりが良い。さすが彼女。引き留められなかったのが、ほんの少し残念。


「じゃ、わたしも行くね」


「おい」


 彼女がくっついてくる。


「巫女やっててよかった。バイトだけど」


「なんの関係が」


「ここ。この神社。巫女のバイトしてたの。で、あなたがここからいなくなるよって、なんとなく教えてくれた」


「神社が?」


「うん」


「おまえ、たいした仕事してないだろ」


「うん」


 彼女。振り払えないぐらいの、がっちり具合。これは引き離せない。


「さ。行こ」


「無いのか。心残りとか、そういうのは」


「ないよ。わたし、あなたしか知らないし」


「友達は」


「わたしがいなくてもいいでしょ、べつに」


「そっか」


 彼女には、自分と逢う前の記憶がない。自分が、たまたま、この神社で拾った。それからの関係。


「記憶喪失でよかった。わたし」


「なんで?」


「なんの気兼ねもなくあなたについていけるから」


「そっか」


「あなた以外いらないわ、わたし」


「プロポーズ?」


「違うわよ。前提の話よ前提の」


「そっか」


「プロポーズしなさいよ」


「やだよ」


 彼女の記憶を消したのは、自分だから。

 彼女は、ここに住む神で。

 他と干渉してしまうぐらいの大きな力を持っていた。

 だから、数年かけて彼女の記憶を消して、神の座から引きずり下ろした。

 ただ、愛着を持ってしまって、こうなっている。


「ねえ。プロポーズしてよ」


「やだよ」


「あなたがわたしに何をしても、許すから」


「やだ」


「プロポーズして」


「」


「ねえ。黙らないでよ」


「巫女のバイト」


 巫女のバイトをしてると言っていた。


「この神社。なんの神を祀ってたんだ?」


「わたし」


 思わず彼女を振りほどいてしまった。

 彼女が転ぶ。


「あっ。ごめん」


「許す。何されても。許します。ね。わたしも連れてって」


 彼女。


「記憶。あるのか」


「ない」


「いや。あるだろ」


 任務が終わってないということになる。


「ない。ないの。ないから。だから」


 プロポーズしろと。


「おねがい。あなたの隣に」


 彼女の記憶を消した。


「はあ」


 愛情があると、どうやら、よくないらしい。

 記憶は消した。

 大丈夫、だと、思う。たぶん。

 目の前の彼女。何も知らないみたいな感じで、立ち上がる。


「あの。好きです」




 彼女にプロポーズ。




「えっ。誰」




 振られた。


 彼女が立ち上がって、てくてくと歩き去っていく。

 その後ろ姿を見て、なんとなく、安心した。寂しいけど。きっと彼女は、特に何も気にせず、これからここで生きていく。自分のことを忘れて。それでいい。


「さて」


 藍色。そろそろ帰るか。

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