第6話 正体
惑星ウィッカ。中核都市トービヨン。
巨大な軍事基地を囲むように拡がるこの街には、区域の至る所から巨大なレーダサイトが生えていた。
この街で暮らすその少年は、レーダサイトの先端でクルクルと回る巨大アンテナを見上げるのが好きだった。
その空一面に雲が広がる運命の日も、少年は数日前の誕生日に買ってもらったロボットのプラモデルを握っていた。
この街に居を置く軍隊は、二足二腕型の戦闘艦を何基も所有している。
少年は今日も夢想した。自分の頭上で回る軍事アンテナのさらにその上、大人になった自分は戦闘艦に乗り、編隊を組んで空を飛び回っていた。
――少年は、この街で一番最初にそれに気付いた。
空に張った雲の膜に、大きな人型の影が写った。
――あれは何だろう?
そんなことを思う間もなく、雲を二つに割り、そのトンガリ帽子の巨人が姿を見せた。少年が知っている軍所有のM級よりも、それはそれはさらに大きな人型ロボットだった。
トンガリ帽子の身体から無数の荷電粒子砲が放たれた。
空に浮かぶ巨人の身体から、高熱を帯びる光線が春の日の唐突な豪雨のように降り注いだ。
宇宙開拓の初期から続いたトービヨンの街は、その一瞬で文明を失い、ただの瓦礫となった。
トービヨンで暮らしていた無垢な街の人々は、その一瞬で大半が死んだ。
* * *
何かを踏みつけたのに気付き、アリィは左足を上げる。
そこには、千切れた片腕があった。サイズ的に子供のものだろうか。その手にはロボットのプラモデルが固く握りしめられていた。
かつて自分の所属していた軍の基地。
今は瓦礫の山となったその場所に、ピレネーとアリィは立っていた。
見渡す視界は炎と黒煙、鼻を突くはタンパク質が焦げる臭い、声出す者は死に絶えたのか、不思議と悲鳴もなく静かな空間だった。
白々しい行為だと後ろめたさを感じつつ、アリィは目を閉じ、足元の片腕に対して哀悼する。
ピュウの明るい声が響いたのは、アリィがゆっくりと目を開きつつ、胸の前の合掌を解いたタイミングだった。
「アリィ、見つけたよ! これの事じゃないの?」
振り向くと、満面の笑みでピュウがこちらに駆けてくる。右に左に大きく振られる掲げた手には、板状の記憶媒体が握られていた。
「敵かも何て疑ってごめんね。悪い人たち、殺してくれてありがとう」
その幼子の表情に陰りはない。だからこそ見ているのがツラく、アリィは品だけ受け取って顔を背けた。
「逃げるよ、ピュウ。基地はここだけじゃない。きっとすぐ異変を察した周辺の部隊がやってくる。……さ、早くピレネーに乗って」
* * *
ピュウが崩壊した軍事基地跡から持ち出した記憶媒体のラベルには、サインペンで「KSN8823」と書かれていた。
――アリィの識別番号。
間違いなくこの中に、奪われた彼女の記憶が保存されている。
そう確信するが、その期待は即座に裏切られた。
◆生体情報
◇製造年:ウィッカ歴二〇二二年
◇開発:ロクス・ソルス
◇年齢:十七歳
◇性別:女性
◇型式:KSN8823
◇シリアル番号:10121128
「パーフェクト・ソルジャー計画。単なる与太と思っていたんだけどね」
アリィは規定操作もしないままドライブから板状メディアを引き抜くと、指に力を入れ、真ん中からそれを折った。
「どういうこと? モニタには何が表示されているの?」
ピレネーの操縦室。前面モニタには、専用ドライブから読み出したメディア内の情報が表示されている。それの意味するところをアスタは尋ねた。
「私のスペック情報だよ」もう用は済んだと、アリィは外付ドライブのケーブルを機体の操作パネルから取り外す。「確かに、軍は戦闘用アンドロイドの開発を民間と共同で進めているという噂はあった。――けど、まさか自分が当事者だとは」
「まさか――」
「アスタ、どうやら私は人造人間だったみたいだ。渇望していた過去なんて、元々、私には無かったんだよ」
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