第34話 葬儀

 一昨年、亡くなった母親を棺桶に入れて、その棺桶に入れた母親と葬式をする準備をする夢を見た。


 棺桶に入っている母親は菊の花に埋もれているが、用意をしている母親は陽気にはしゃぎながら、お客の来る準備をしていた。


 陽気にはしゃいでいるものだから、まだ、この人は自分が逝ってしまった自覚がないのだなと思ったが、一人暮らしなってから、一人暮らしである感覚がないのは、これのおかげなんだろうと思った。


 葬儀の手伝いをしながら、何度か、母さん、あんた、死んだんだよと言おうと思ったが、止めた。


 これだけ、楽しそうに、葬儀の準備をしているのである。


 生きている間から、自覚と言うか、世事に疎い人であった。


 しなくて良い苦労も調べれば、行政の手を借りて楽になっただろうし、高利貸しから借りた借金も開き直って、自己破産すれば良かったのだ。


 本当に世事に疎い人だった。失敗から、何も学ばない人だった。


 だから、苦労して寝たきりになってしまった。


 その母親の介護を11年9か月、やった。


 まだ、暗い中、腹が減ったというので、その前に買った定額給付金で勝ったササニシキと南瓜煮つけ、オクラにおかかと醤油をけたものを食った。


 ササニシキが旨かったのだろう。


 いつもは、しないお替りをした。


 茶碗に大盛りのササニシキを二杯食った。


 その日の昼前に、掛かりつけの病院に行って、主治医に診てもらう筈だった。


 表に干した赤いシャツを取ってこいと言われたが、湿気ているかもしれないと思い、朝にしよしと返した。


 朝の四時から宵寝をして、母親が呼ぶ声がしたが、寝てしまった。


 朝起きると、目をつぶったままで、口の中を触ると乾いていた。


 それが私の母親の最後であったが、逝ってしまった自覚はないんだなといつも感じる。


 また、その内、葬儀の夢を見るだろう。


 誰か、母親がお客が来てくれるのを夢見ながら。

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