第23話 自転車の男

 前にも書いたが、出張仕事の出先から、病院の家政婦をしている母親が仮住まいしている公設市場の裏手にある名ばかりの「文化住宅」に住み始めた頃である。


 近所の文房具屋の前で疲れた顔をした中年男性が自転車を漕いでいて、何度もすれ違っていた。


 余りに、疲れている顔と何かを訴えかけているような表情を見ていると、可哀想なくらいだが、労働者の街でもあった訳だし、現場で辛い事があったのだろう。


 それぐらいにしか思っていなかった。


 昔の住んでいた界隈の夢に時たま出てくる。


 彼と「再開」したのは、この界隈で起きた連続殺人事件の被害者としてだった。


 主犯の女性は周囲の人間を取り込み、隷属させて、次から次へと他の家族を獲物にして、「共犯関係」にさせて洗脳させる。


 ストックホルム症候群の一つの例である。


 彼は一度、逃亡して、東京に逃げたが姻戚関係を結んでいたので、連れ返されて、虐待を受けている内に、死亡してしまったらしい。


 主犯の彼女は手下である「家族」に命令をして、ドラム缶に入れてから、コンクリート詰めにして、隣の県の港に沈めた。


 最初、そのニュースをテレビで見た時、自分の住んでいる所の物騒さに驚愕したが、昔の夢で彼の事を思い出すうちに、被害者の「顔」と重なった。


 過酷な条件かで隷属させられていた最初の頃だったのだろう。


 事件が発覚してから、主犯と言われていた女性は警察に拘束、逮捕された。


 しばらくして、彼女は拘置所で「自死」と言われる不審死を遂げる。


 遠い昔、自分がすれ違った「尼崎連続変死事件」の一抹である。

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