第38話「世を上手く渡るとはそういうものだ」

「ええ、ノーアポだけど、私のお友だちのところへ行く。ロゼの事も自慢したいしね」


ベアトリスはそう言うと、何かを含んだかの如く、

「うふふ」といたずらっぽく笑った。


「ノーアポって、いきなり伺って、良いんですか?」


とロゼールが尋ねると、


「全然大丈夫! 構わないわ! 気心は知れてるし、お互いにいきなり尋ねているから! もしも不在ならすぐに帰宅するわ」


と、しれっ。


私のお友だち……か。


貴族令嬢は、家同士の兼ね合いや王宮の晩餐会等で知り合い、親しくなると、

友人同士、ダンス、歌、外国語等の修養をともにし、

婚活に関しても情報交換をするという。


ともに修道院で花嫁修業をする場合もあるようだ。


そして多分、ベアトリスの友だちとは、『同格レベルの貴族令嬢』であろう。

最低でも、伯爵令嬢以上……だと推測出来る。


ロゼールとベアトリスを乗せた馬車はしばし走り……貴族街区へ。

ドラーゼ家やロゼールの実家ブランシュ家とは違う地区であった。


この地区にベアーテ様のお友だちが?


更に馬車は走り、結構な規模の屋敷へ到着した。

ドラーゼ公爵家邸には到底及ばないが、相当な広さである。


3階建ての本館といくつもの建物。

広大な庭は、中央に噴水があり、やはりというか一面に芝生が植わっていた。


ロゼールの記憶が呼び覚まされ、屋敷の主の名前が浮かぶ。


「ついたわ」


と、ベアトリスがいえば、ロゼールが、


「ここは……? ベアーテ様、もしや、カニャール侯爵様のお屋敷でしょうか?」


「うふふ、ピンポーン! 大当たり! さすがね! ロゼ!」


と、ベアトリスは手をポンと叩き、相好を崩した。

とても嬉しかったようだ。


そして更に、ベアトリスは尋ねて来る。


「ねえ、ロゼの頭の中って、王都の全域、そして王都の各都市の配置が完璧に入っているでしょ?」


対して、ロゼールはきっぱりと言い放つ。



ロゼールは王都の地理を熟知していた。

王都近郊も完璧に把握していた。


また、騎士として各地を転戦した事もあるので、王国内の地理にも詳しい。


「はい、王都内ならば完璧です。それと王都近郊と、王国内の各都市の概要、更に主な魔物の出没ポイントもほぼ頭へ入っております」


「宜しい! この屋敷の、カニャール侯爵のひとり娘と、私は昔からの友だちなのよ」


「ええっと、……カニャール侯爵家ご令嬢って、フェリシー・カニャール様……ですね?」


「ええ、そうよ。フェリシー・カニャール! 私の幼馴染み! でもね! 前にも言ったように、彼女とは馬鹿は言い合うけど、本音では話していないわ」


確かと、ロゼールは記憶をたぐる。


フェリシー・カニャール……17歳。

ドラーゼ家と同格に近い、カニャール侯爵家のひとり娘。


婚活の一環として、花嫁修業の為、ラパン修道院へ入ったが……

すぐに修業を中断、帰宅したと聞いていた。


そして先ほどの、ベアトリスのセリフ。


「うふふ、ある所へ、勝利宣言をしに行くの!」


勝利宣言……先ほどの完遂報告。

だんだん話が見えて来た。


勝利と言っても、ただ勝ち負けとするだけでは盛り上がらない。


絶対、何かを賭けている!


そうこうしているうちに、馬車はカニャール侯爵邸、正門前に到着した。


護衛の騎馬騎士が下馬し、カニャール邸の護衛騎士達と話している。


双方の騎士が、笑顔であり、話はついたらしい。


やがて門が開き、馬車は邸内へ……玄関前に止まる。


慌てて出て来たらしく、肩で息をしたカニャール侯爵家の使用人が、

大勢出迎えていた。


ベアトリスは車窓から外を見た。

しかし、


「うふふ、いつも出迎えに来てくれるのに、やっぱりあいつは来ていないわ! あ~はははははは! 私に勝負でボロ負けして、ふてくされてるのね! きっと!」


高笑いし、勝ち誇るベアトリスを見て……

やっぱり勘は当たっている。


そう、ロゼールは確信したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


馬車からはまずロゼールが降り立ち、ベアトリスが降り立った。


ロゼールは庇うように、ベアトリスに寄り添い、他の騎士2名も、

ふたりの周りに立った。


ロゼールは、悪意を持った者が居ないと確認。

手を挙げ動かし、安全な状況をアピールした。

これは、レサン騎士の安全確認方法であった。


その間、ベアトリスは使用人達を見ていた。


やはり、フェリシー・カニャールは居ないようだ。


ベアトリスが、声を張り上げる。


出迎えた家令らしき男とは顔見知りのようだ。


カニャール家の家令はバジルとは違い、華奢きゃしゃ優男やさおとこである。


「ねえ、エルヴェ! ノーアポいきなりで悪いけれど、ベアーテが来たのよ! いつもみたいに出迎えていないようけど、フェリシーは、在宅してるの?」


「は、はい。お、お嬢様は、い、いらっしゃいます!」


「それとも! 私に負けたから、フェリシーの奴、自室でふて寝?」


「は、は、はいっ! い、いいえ! ……フェ、フェリシーお嬢様は、ふ、ふて寝などせず、我々以外の使用人と、ベアトリスをお迎えする支度をしておりまあす!」


ベアトリスから、いきなり、突っ込まれ、

エルヴェが、虚を衝かれたように慌てた。


噛んだのが「嘘くさい」と、ロゼールは思う。


もしかしたら、

「ふて寝をしている主人から八つ当たりされているかも」とも感じる。


「ふ~ん、そうなの! じゃあ、フェリシーがやってる支度って何?」


と、ベアトリスが突っ込むと、エルヴェは無言。

『沈黙は金』という事らしい。


「……………………」


「ふ~ん、ノーコメントって事? じゃあ、エルヴェ! とりあえず案内して頂戴!」


「は! かしこまりました!」


「それと紹介しておくわ! 私の護衛として新たに迎え入れたロゼよ! 貴方も侯爵家の家令なら、騎士隊のロゼール・ブランシュと言ったら、名前くらいは知ってるでしょ?」


「は、はい、そ、それはもう……良く存じあげております!」


と答えた家令のエルヴェだが、

ここは当たり障りなく「肯定しておけば、害がない」と判断したに違いない。


先ほどのふて寝の否定といい、ノーコメントの無言といい、

世を上手く渡るとはそういうものだ。

と、ロゼールは苦笑した。


「で、では、こちらへ、どうぞ。ご案内致します……」


なんとか立ち直り、愛想笑いを浮かべたエルヴェ。


エルヴェから、いざなわれた、ロゼールとベアトリスだが……


ここで、ベアトリスは付き従う騎士のひとりへ指示をする。


「貴方達ふたりと御者は、私とロゼが戻るまで待機よ!」


ベアトリスの指示を聞き、エルヴェが従僕に命じ、待機所へ連れて行くよう命じた。

馬車も駐車場へ向かうらしい。


こうして……

ロゼールとベアトリスは、カニャール侯爵邸内へ足を踏み入れたのである。

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