第34話「うふふ、そういえば……」

他にも本日の予定をざっくり、作業等の簡単な指示があり……

家令室における使用人の朝礼が終わり、解散となった。


現在の時間は午前7時15分……


これからどうしたら?

と、ロゼールは少し迷った。


ベアトリスの下へ戻るべきか、

このまま使用人達とともに作業へ入るべきなのか?


自分の立ち位置が不可思議且つ中途半端なのがもどかしい。


尊大で横柄な者なら、一切何もせず、使用人に対し、上から目線で威張るだけ。

もしくは、虎の威を借る何とやらならば、

主ベアトリスのそばを片時も離れず、ただただ『おべっか』を使いまくり点数を稼ぐ……


愚直なまでに真面目なロゼールの性格上、どちらも無理である。


まあ、良い。

迷っている時間はない。


全てを聞きまくるクレクレ君はいかがなものかと思うが……

何せ全く勝手が分からず、無駄を嫌い合理的なベアトリスが主なのだ。


解散し、去って行く使用人達を、腕組みをしながら見守るバジルへ、

ロゼールは歩み寄って行く。


「バジル様」


「……うむ、何でしょう、ロゼ様」


「勝手が全く分からないので、申し訳ありませんが、ご指導をお願いしたい。この後、私はベアーテ様の下へ戻るべきなのか、それとも皆さんのお手伝いをすべきなのか?」


何となく予想はつくのだが、ロゼールは尋ねてみる。


対してバジルは、


「ロゼ様」


「は、はい!」


「貴女はベアトリス様のご専属です。で、あればお側に居るべきです」


バジルの答えはロゼールが予想した通りである。


ベアトリスのそばに居て、申し付けられた用事に対応し、話相手を務め、

万が一の場合には、盾となる。

それが自分の役目なのだと、改めて認識する。


「了解致しました!」


「それと!」


「はい?」


「私の事は『様』と呼ばず、バジルと呼び捨てにしてください」


「しかし……バジル様は私が習得したいと思った拳法の師ですし、このお屋敷の使用人の長、家令でいらっしゃいます。私はベアーテ様の専属とはいえ、やはり使用人ですし」


「成る程……確かに、ロゼ様のお立場は、複雑ですからな」


バジルはそう言うと、しばし考え込むが、はた! と手を叩く。


「うむ! ではこうしましょう! 殿を付けてお呼びください」


「殿というと、バジル殿と」


「ええ、バジル殿でお願い致します」


「バジル殿……か。了解致しました!」


補足しよう。


『殿』は本来は地名などに付き、その地にある邸宅の尊称として用いられていた。

通常は、書面などでの形式的なもの、または下位の者への軽い敬称として用いる。


つまりロゼールから見て、バジルは下位の存在ではあるが、敬いの気持ちも表せる。

と、バジルは考えたのであろう。


ロゼールも特に異存はない。


「ありがとうございます! 今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!」


ロゼールはいつもの癖で、直立不動。

バジルへ敬礼をして去って行った。


その後ろ姿をバジルは苦笑しながらも、柔らかい眼差しで見送っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


家令室を出たロゼール。


やや速足で、ベアトリスの部屋へ戻る。


大扉へノックをし、声を張り上げる。


とんとんとんとんとんとん!!


「ベアーテ様っ!! ロゼはただいま戻りましたあ!!」


ベアトリスの居間で鳴る魔導ベルの呼び出しは付いているのだが、

彼女があまり好まないのだ。


その代わり、扉わきにはスイッチ形式の魔導集音器があり、

来訪者の声を受け、居間へ流す。


ロゼールは当然、このスイッチを押していた。


ちなみに一応、万が一! の場合を想定して、ベルは取り外さないらしい。


「ロゼール! 剛直で、人一倍頑健なお前は、万が一などないであろう?」

などと、父オーバンから、からわれた事を思い出し、

ロゼールは懐かしく思い、苦笑した。


対して、ロゼールの通る声はちゃんと届いており、


「待っていたわ! 中へ入って頂戴ちょうだい! 居間まで来て!」


元気なベアトリスの大きな声が戻り、ロゼールは扉を開けた。


部屋をひとつ経由し、居間へ。


ベアトリスは肘掛け付き長椅子ソファへ座っていた。


すぐにロゼールの姿を認めると、手をひらひらさせた。


ロゼールは、再び声を張り上げる。


先ほどよりは、少し声量をセーブしていた。


「お待たせ致しました! ベアーテ様!」


「うふふ、お疲れ様、どうだった? 朝礼は?」


「はい、私のご紹介。そして、私の先輩である使用人達の顔をおおよそ覚えました。後は個別に紹介し合えば、すぐ記憶出来ます」


ロゼールの言葉は、嘘ではない。


ベアトリスはロゼールの言葉を聞き、満足そうである。


「へえ、さすがね、ロゼ。記憶力も良いのね」


「はい、誇れるほどではありませんが、ぼちぼちです」


「うふふ、そういえば……」


そういえば……と、言われ、ロゼールは来たあ!と思った。


ベアトリスが聞きたい事は分かっている。


ロゼールは軽く息を吐き、ベアトリスの言葉を待ったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る