第33話「半客分」

猛ダッシュで自室へ戻ったロゼ。


速攻でシャワーを浴び、メイド服に着替えた。


改めて薄化粧し、家令室へ。


騎士隊時代の習慣、短時間で支度をするのは慣れている。


部屋を出る時、魔導時計を見やれば、時間は6時50分を回っていた。


庭を猛ダッシュで走って来たのと対照的に、廊下は少し速足レベル。


超が付く緊急以外、使用人は廊下は走っていけないと、

家令のバジルからは注意されていたからだ。


先ほど闘技場へ向かう際、家令室は確認してあった。


バジルの部屋も居間、バス、トイレ付きの寝室の2間続き。

ロゼールと違うのは個室の書斎がないだけ。


それでも、使用人の中ではリーダー役。

別格だといえよう。


王国の身分制度同様、使用人にも序列がある。


家令を筆頭にしていくつもの。


個室を与えられるのは限られた者のみ。


使用人の大部分は男女別という相部屋なのだ。


さてさて、ロゼールはすぐバジルの部屋前に到着した。


部屋の扉は大きく開け放たれていた。


入り口から、応接と書斎を兼ねたバジルの居間へ入ると、

既に大勢の使用人が集まっている。

メイド服姿のメイドの女子たち、そしてスーツ姿の従僕の男子であふれていた。


駆けつけたという感のロゼールを見ても半ば無視である。


貴族令嬢であっても、騎士でメイドという不可思議な立ち位置のロゼールへの対応が難しいと思っているに違いない。


苦笑したロゼールであったが、アウエーなのは、はなから覚悟していた。


このような時の鉄則は挨拶。


無視されてもハブられても挨拶を徹底する。

まずはそれに尽きる。


「おっはようございますうう!!」


使用人達の反応はといえば、様々。


「おはようございます!」


「お、おはようございます」


「おはようございまっす!」


何人かの使用人が時間差、そして戸惑いながらも元気に挨拶をしてくれた。


うん!

一歩前進!


大きく頷いたロゼールは、


「おはようございます!」


と再び挨拶すると、臆せず堂々と使用人たちの中へ入った。


すると、横へ並へとばかりに、

先ほどとは別の、数人の使用人達が、


「おはようございます!」


「お、おはようございます」


「おはようございまっす!」


とまたも挨拶をしてくれた。


騎士隊の任務で、死地へ赴く事に比べれば、全然大楽勝である。


そんなこんなで……しばし経ち、午前7時。


使用人達の長たる家令のバジルが入って来た。

最初に会った時から見ている、ばりっとした執事服姿であった。

奥の寝室でシャワーを浴び、着替えて来たらしい。


短時間で着替え、髪まで整えるのはさすがプロ。


とロゼールは感嘆。


朝礼の開始を待った。


「皆、おはよう!」


居間に、びしっとしたバジルの声が響き渡り……

使用人の朝礼が始まったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「「「「「「「「「「おはようございます!」」」」」」」」」」


ロゼールの時とはさすがに違い、

バジルの挨拶に対し、使用人は全員、大声で挨拶を戻した。


ロゼールもバジルに注目する。

特に、ロゼールの紹介に。


ベアトリスの意向を受けたバジルの紹介の仕方で、

ロゼールの立ち位置が定まるからだ。


「いつもの作業説明の前に! まずは、新たに当ドラーゼ家使用人へ加わった方をご紹介する! ロゼ様、前へ!」


「はい!」


大きな声で返事をし、ロゼールは前に出た。


成る程!

「者」ではなく『方』か。


そして呼び方は『ロゼ』で尊称をつけた。


つまり、ベアトリス様、ドラーゼ家の方々に準ずる『客分』か……

いや、使用人だから、『半分の客分』……『半客分』というところか。


補足しよう。


『客分』とは、全くの家臣や雇い人などでもなく、家族でもない。

客の身分として扱う事であり、また、その扱いの人である。


その証拠に、居並ぶ使用人達に向かい、バジルは敬語を使っている。


「では、ご紹介する! ロゼール・ブランシュ様! オーバン・ブランシュ男爵様のご息女で、元王都騎士でいらっしゃった! 当家でのお役職はベアトリス様専属のお付きの騎士! そして、お側係でもあり、ベアトリス様から命じられた仕事は全てこなす! そういうお立場である!」


うん!

確かに!


ベアーテ様のおっしゃった通りだ!


お付きの騎士をメインに、ベアーテ様から指示され与えられた仕事は全て行う。

格好はメイド……だけど、大きな気概を持ち、頑張ろう!


……騎士という仕事に、正直未練はある!


人々の為に、役立つと思った私の天職だ!!


しかし、入り婿を取り、ブランシュ家の奥方に収まり、平々凡々と生きる人生。

それで良し!という人も居るだろうし、どうこう、とやかくは言わない。


でも、私は楽しくはない、そんな人生!


ベアーテ様にお仕えして、その先どうなるのか?

正直、分からない。


ご当主フレデリク様から、政略結婚か何かで、

「どこかへ嫁へ行け!」と命じられるかもしれない。


しかし、その時はその時。

私は雇われているが、このドラーゼ公爵家の身内ではない。


身ひとつで出て行って、フリーな立場で仕事をするのもありだ。


父オーバンから、一方的に花嫁修業へ行けと言われた時とは違う。

あの時、騎士でありながらまだ、私は世間知らずの小娘だった。


思い切って冒険者になって、野へ放たれるという選択肢もあったのに、

家の存続の事もあり、躊躇ちゅうちょしてしまった。


でもラパン修道院で、知らなかった世界を知った。


世間一般の事を知り、家事もこなせるようになった。


ベアーテ様のお付きの騎士という役割で、

このように鍛錬も出来て、更なる強さを求める事も可能。


そして……と、ロゼールは思いをめぐらす。


家事の熟練度も増し、他の仕事も習得可能だと確信する。


何せ、昨日読んだ、

ドラーゼ家のメイド教育マニュアルとワーキングスケジュールには、

想像以上、多岐にわたって仕事が記載されていた。


その文言は全て暗記してある。

だが、言うは易く行うは難し!

実践あるのみ。


ぱぱぱぱぱ!と考えるロゼールをよそに、バジルの話は続いている。


「先ほど、私がロゼール様を『ロゼ』様とお呼びしたのは、全てベアトリス様のご意向である! お前達も同じくロゼ様とお呼びし、今後は敬語を使い、敬うように! ちなみに! ご当主様も奥様もアロイス様も、皆様はロゼール様をロゼとお呼びになる。そして、ロゼ様はベアトリス様をベアーテ様とお呼びする事を許された!」


うう~ん。

私はある意味、ラパン修道院での生活のように、

オープンマインド且つフレンドリーでやりたかったが……

そうもいかないようだ。


まあ、ベアトリスに騎士兼メイドとして仕えるというから、

そうはいかないと思っていたが……


「では、ロゼ様。ご挨拶をお願い致します」


バジルに促され、ロゼールは声を張り上げる。


「はい! 初めまして! ロゼール・ブランシュです。バジル様がおっしゃった通り、ベアーテ様専属として、騎士兼メイドの職でお仕え致します!  皆様! 何卒宜しくお願い致します!」


挨拶が終わると、ロゼールは使用人らしく頭を深々と下げたのである。

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