第27話「メイドであっても、常在戦場!」
20部屋の『見学』が終わり……
ベアトリスは、使用人へ報せる魔導ベルを鳴らし、家令のバジルを呼んだ。
数分でバジルはやって来た。
この広大なドラーゼ邸のいずれかに居ても、
「バジルは最低5分以内でやって来る」と、ベアトリスは得意そうに言った。
ラパン修道院と、これまでのやりとりで認識しているが、
ベアトリスはせっかちである。
仕えて行く際には、やはり「打てば響く」を徹底せねば!
と、ロゼールは心の中で誓った。
やって来たバジルは表情を変えず、手のひらよりひとまわり小さなベルを見せた。
なぜ、迅速に駆けつける事が可能なのかという理由を、
メイドとなるロゼールに対し、教えているのだろう。
「着信用の携帯魔導ベルです。皆様から鳴らされたら、私ども使用人は出来るだけ迅速にお伺いするのです」
バジルの返事を聞き、ふっと笑ったベアトリスは、
「まあ、バジルは抜きん出て早く来るわね。それ、ロゼにも渡して頂戴」
と命じた。
「かしこまりました。では、こちらをベアトリス様より、ロゼ様へお渡しください」
バジルは腰につけたカバンより、絹布に包まれた品物を取り出し、ベアトリスへ渡した。
「ええ、分かったわ」
ベアトリスが包みを受け取ると、ロゼールへ渡した。
「はは!」
対して、ロゼールは謹んで受け取った。
「宜しい!」
満足そうに頷いたベアトリスは、バジルへ向き直った。
「バジル!」
「は!」
「ロゼには、私の昔の居間、書斎、寝室を与えたわっ!」
ベアトリスが言い放つと、
「は! かしこ……あの、ベアトリス様」
とバジルは一旦返事をした後、妙にくちごもった。
ベアトリスが好む、
「常に打てば響く」というバジルの返事に陰りが見えた。
やはり、前当主の亡霊が出るのは本当らしい。
そうロゼールは思い、やりとりを見守っていた。
バジルの問いかけに、ベアトリスは、眉間にしわを寄せる。
「何?」
「念の為、お聞き致します」
「ええ、聞いて
「は! ベアトリス様の昔の寝室……あのお部屋は」
「ああ、それ? 構わないわ! ロゼも平気だと言ってるし! お父様にも許可を得たわ!」
「そうでございますか? では家令の私が口をはさむ事ではございません」
「宜しい! それで! ロゼには、メイド全ての仕事を受け持って貰うわ」
「は……」
いつもは「常に打てば響く」というバジルの返事にまたも陰りが見えた。
忠実なバジルにしては、珍しい。
今度は、そこまで無理難題を求めぬとも……という懸念である。
ただロゼールも懸念した。
ベアトリスが、自分の意に何度も従わぬバジルを「成敗する」のではという懸念だ。
基本的にベアトリスは反論を許さない。
3回のマイルール許容もそれを周囲に知らしめる為であろう。
しかし、さすがにベアトリスは愚かではない。
有能な家令をそのように簡単に殺しはしない。
「但し!」
「は!」
「全てのメイド仕事をこなして貰うけれど、ロゼはこの私、ベアトリス専属のメイドとするわ!」
「はは!」
「私もそんなに愚かじゃないわよ! バジル!」
と言う波動がベアトリスから放たれていた。
そして、
「ロゼの荷物一式、それとメイド服を始め、訓練、戦闘用の革鎧、生活用品等々、ウチで用意した品々をロゼの居間へ運びなさい! それと! ドラーゼ家のメイド教育マニュアルとワーキングスケジュールも、ロゼに渡しなさい! 明日の朝はロゼも入れて3人で朝の訓練よ!」
と言い放った。
「明日から早速、私のお世話と相手をして貰うわ!」
と、にっこり笑ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベアトリスが命じた、ロゼールの荷物一式、それとメイド服を始め、用意した品を、
与えられた居間へ。
そしてドラーゼ家のメイド教育マニュアルとワーキングスケジュールをロゼールに渡し、バジルは直立不動で礼をして、退室した。
再び、ふたりだけになり、ベアトリスは
「ロゼ、これで今日の仕事は終わりよ。何かあったら呼ぶけれど、与えた部屋でくつろいでも寝室で休んで構わないわ。メイド教育マニュアルとワーキングスケジュールを読み込んでおいてね! 朝は定時に私を起こしに来る事! ……では、明日から宜しく!」
相変わらず、速射砲のようにびしばし命じるベアトリス。
という事で、今日のロゼールの『仕事』は終わった。
研修もなし!
というのは、例によって試されているに違いない。
研修なしで、いきなりメイドをこなす。
それも完璧に!
普通ならばめげてしまう課題ではあるが、逆に気合が入り、ロゼールは燃えた。
騎士隊時代からそうである。
他の騎士が怯み、臆する難敵であればあるほど、ロゼールは燃え、立ち向かい、戦ったのだ。
加えて、全くのイコールの仕事ではないが、
ラパン修道院でこなした家事、裁縫を始めとした花嫁修業が、
これから従事するメイドの仕事でも役に立つと確信する。
「は! では一旦、失礼致します!」
「一旦? 何言ってるの、ロゼ。今日は終わりだって、私は言ったわよ」
「はい、ロゼはメイドであっても、
補足しよう。
常在戦場!……とは、いつでも戦場にいる心構えで事を為せという心得である。
戦場は生きるか死ぬかの過酷な場所である。
一瞬も気を緩める事は出来ない。
だから、常に戦場にいるかのような緊張感を持って物事に取り組む。
つまり、いかなる時でも常に緊張感を持ち、
真剣に事にあたれというポリシーなのである。
「メイドであっても常在戦場? あははは、相変わらず面白いわね、ロゼは」
「はい、ベアーテ様に楽しんで頂けて、幸いです」
「宜しい! 明日からも本日同様、お願いするわ」
「は! 失礼致します!」
最後には、先ほどのバジルのように直立不動で敬礼。
ロゼールは与えられた自分の3間続きの私室へ引き下がったのである。
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