第12話「女傑が女傑に惚れた!」

ふたりの『打合せ』がまとまった瞬間。


「ぎゃ~っ!!!」

「ば、化け物が攻めて来たわよおっ!!」

「た、た、助けてぇっっ!!」

「創世神様ああ!!」


ラパン修道院に、シスター達のつんざくような悲鳴が響き渡った。


これは!

ただごとではないっ!


ロゼールの、そしてベアトリスの表情が「きりっ!」と引き締まる。


「ベアトリス様! 邪悪な気配が! この農場に!」


「うんっ! ロゼ! 感じるわっ! とてつもなく、おぞましい気配を感じるわね!」


魔物と戦い慣れたロゼールは、最初こそ驚いたものの、

落ち着いている。


既に彼女のモードは、花嫁修業中の『見習いシスターモード』から、

『歴戦の騎士』へ、つまり『女傑モード』へと切り替わっていた。


「ベトリス様。まず、農園に居るシスター達を、誘導して、修道院内へ避難させましょう」


「分かった。誘導して、院の正門を固く閉ざす。救援が来るまで持久戦って事ね」


「はい、ベアトリス様! さすがです! まずは奴らを倒しながら、道を切り開きましょう! 倉庫に害獣撃退用のメイスがいくつかあったはずです。それで私はベアトリス様をお守りします!」


ロゼールはそう言うと、倉庫へ向かって脱兎の如く駆け出した。

騎士隊で鍛えに鍛えたとんでもないダッシュ力である。


しかし、何と何と!

信じられない事に!!

ベアトリスが「ぴたっ!」とついて来るのだ。


鍛え抜かれたロゼールの体力に引けを全く取っていない……


ベアトリスは『上級貴族のお嬢様』

なのに、信じられない脚力である。


更に驚くことに、息も切らしてはいない。

彼女は不敵な笑みを浮かべているのだ。


「ふっ、何言ってるの、ロゼ」


さすがのロゼールも驚いた。


「ベ、ベアトリス様!?」


「当然! 私も戦うわ」


「でも……」


「反論無用! ……ロゼ、貴女と一緒よ」


「私と同じ?」


「戦うどころか、訓練もろくに出来ない生活にストレスMAX。この非常時なのに、貴女の顔は『にこにこ』しているんだもの……これで思い切り、暴れられるとね」


ベアトリスは、ロゼールの気持ち、本質をしっかりと見抜いていた。

騎士隊の仲間よりも、否! 両親よりも!


「成る程、……分かりますか」


「あはは! 分からいでか! 言ったでしょ、ロゼ。貴女には私と同じ匂いを感じるって……私もストレスMAXなのよ」


お互いに強いシンパシーを感じ、顔を見合わせニッと笑ったロゼールとベアトリス。

倉庫の扉を開けると中へ飛び込んだ。


一角に、害獣撃退用のメイスが10振りほど置かれていた。


ふたりはそれぞれ、メイスを手に取った。


ここで補足しておこう。


ポピュラーな武器なのでご存じかもしれないが……

メイスとは、棍棒の先端や各所へ金属製の『加工』をして、重量を増し、

更に加工品の形状も工夫して、破壊力を増すようにした武器である。


加工品は、鋼鉄の塊であったり、更にスパイクというとげ的な形状のものもある。

また先端、全体を含めて、メイスの形状は多種多様だ。


メイスは剣や斧のように刃で斬るという攻撃ではない。

ハンマーのように、打撃で相手にダメージを与える武器である。


メイスは、古代からあった武器であるのだが……

金属製の鎧が普及すると、需要が一気に増えた。


その凄まじい打撃力が、金属鎧に対し、刃を弾く剣よりも、

敵に深いダメージを与える事が可能だからだ。


また攻撃で刃のように、あからさまに血を見せない?事から、

『聖職者』が使うという武器でもあったらしい。


という事で、この修道院には、狼、猪、熊などの害獣に対する撃退用、護身用としてメイスが置かれていたのだ。


倉庫に置かれていたものは、女子向けで若干、小型だが……

それでも結構な重さのメイスを、ロゼールだけでなく、

ベアトリスも、「ぶん!」と、軽々と素振りをする。


ロゼールが少し驚いた。


「成る程……ベアトリス様のお噂は本当だったのですね?」


「噂? オーガを倒した事? ……半分はね」


「半分? 噂がですか?」


「ええ、グーパン一発は大げさだけど」


「え? 大げさ?」


「うん! でもね! オーガ数体じゃなく、倍以上を倒したわ! 実は『10体』を殴殺したのよ、私、うふふ♡」


「ええええ!? オーガ10体を素手で!?」


「うん!」


何という事でしょう!

『オーガスレイヤー』の称号は本物であった。

それも10体を拳で殺したというのだ。


そこへ教育担当のジスレーヌと、同じく元騎士のシスター4人が飛び込んで来た。


「ここでしたか! ベアトリス様。そしてロゼも……」


頷いたジスレーヌ。

どうやらベアトリスの安否を心配し、探していたらしい。


「非常事態です! おびただしい数のオークの襲撃です! さあ、ベアトリス様! お守り致します! 院内へ避難しますよ! ロゼも協力して!」


ジスレーヌの物言いを聞き、ベアトリスが不快そうに、

眉間にしわを寄せる。


「どういう事? ジスレーヌ……シスター達を見捨てるの?」


対して、ジスレーヌはきっぱりと。


「優先順位です。少なくともオークは100体以上居ります! まずは何を差し置いても、ベアトリス様の安全が第一ですから」


しかし、ベアトリスはきっぱりと言い放つ。


「ダメよ! 却下! ここに居る7人で戦って、シスター達全員を守るの。修道院内へ誘導するわ! 丁度、武器もあるしね!」


「えええ!? で、でも!」


「ジスレーヌ!」


「は、はい!」


「時間がないわ! 反論無用!」


「は、はい!」


青ざめるジスレーヌへ、ぴしゃりと言ったベアトリスは、ロゼールへ向き直る。


「ロゼ!」


「はい!」


「貴女が、私達の指揮を執って頂戴! 遠慮しないで! 頼むわよっ!」


ベアトリスは、やはり気高さを、

そして心身ともに、底知れぬ強さを持った女子である。

更に更に!

自分を本当に良く理解してくれている!


女傑じょけつ』が『女傑』に惚れた!!


ロゼールの心が、気合で「ごうごう!」と激しく燃えて来る!!


「はいっ! 了解致しましたっ!」


背筋をピンと伸ばし、直立不動となったロゼールは、

「びしっ!」と敬礼していたのである。

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