もの凄い女

岩田へいきち

もの凄い女

 その30くらいの女性は、多目的トイレから出てきたぼくを物凄い形相で睨みつけると何も言わず、凄い早さ、まるで駆け足でトイレにしては十分広い部屋の一番奥にある大便器の水をもう一度流し、トイレットペーパーを鋭く切った。

再び駆け足で入口まで戻り、今度はゴミ箱を抱えたまま、足で他のゴミ箱をずらそうとして失敗したのか、わざと怒っていること表現したかったのか、倒して中のゴミをそこら辺にばら撒いた。

まるで


『こんなにバタバタ掃除しているのに、何を呑気に、しかも身体障害者トイレでウンコなんてしてやがるんだい』


と言っている様である。

ぼくがサッカーのスポーツウエアを着ているから、到底半身麻痺の身体障害者とは思えなかったのだろう。隣にある男子トイレの方に向かって早口の高い声で


「使って良いですよ、そっち掃除終わってますから」


と言いながらあまり効率的とは思えない速い動きだけをアピールする。


『掃除中だったのに、ちょっと油断した隙に、何入ってんだい』


と言わんばかりである。

 


  ここは、人工芝のサッカーコートが2面、反対側には、陸上の補助トラックがある総合グラウンドだが、数年後に行われる国体に向けて大規模な工事が行なわれていて、他はほとんど使えず、このトイレに人が集中する。

こんな大会がある日曜の朝に、女子、多目的、男子と連なるこのトイレを一人で掃除しようということにそもそも無理があると思うのだが、この金髪でストレートヘアのやせ形の女性は、ひとりでバタバタやってますとアピールしているのか、そのイライラを身体障害者でもないくせに多目的トイレを利用するサッカー関係者にぶつけてやろうとしているのだろう。 


 ぼくは、朝一番、この多目的トイレを利用しようとしたのだが先客がいたため、時間を15分ほどずらして再び戻って来ていたのだ。

青いサインを見て、迷わず入り込んだ。隣の男子トイレに掃除の方がいて、何やらバタバタしている様な雰囲気は、カタカタという音で何となく伝わっていたので、用を足すのもゆっくりせず、早めに出てきたつもりだった。

半身麻痺のぼくは、行きたい時に行かなければ、急にウンコをしたくなっても走れないし、身体は緊張が取れてないから間に合わないのだ。

それなのにこの女性は、落ち着いてにっこり笑えば可愛いかもしれないこのもの凄い女は、そのイライラと怒りをこの半身麻痺で、まだ緊張も取れず、下手すると漏らしてしまうかもしれない身体障害者のこのぼくにぶつけてきた。

 一瞬、腹がたったぼくは、再び駆け足で多目的トイレの中に入ったこの女に


「なんなんですか?」


と投げかけたが、返事はなく、またイライラとバタバタをアピールしてきたので


『身体障害者が身体障害者トイレ利用しちゃいけないんですか?』


と言いそうになった言葉を飲み込んだ。

何と言おうと争いになりそうな雰囲気だった。

この女性もきっとこんなに忙しく働いている割に大した給料ももらってないに違いない。ぼくは、そこにしばらく立ちすくみ、このもの凄い女の動きを見ながら


「頑張って」


とだけ声をかけてそこを去った。


どうか幸せになって笑ってほしい。

あなたにはそんなに素早く動ける身体があるし、言葉もちゃんと話せるじゃないですか。


終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もの凄い女 岩田へいきち @iwatahei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ