第28話 あなたが今一番綺麗な瞬間のために
「いつ
一学期の終業式も無事に終え、遂に
前日の夜、案の定「明日お祭りに行くぞ」と西園寺部長からはメッセージが送られてきた。僕にそれを断れる訳もなく、こうして妹の
「大丈夫だよ。財布と携帯があればなんとかなるって」
「テニスコートの近くの駐輪場使えないの知ってる!?」
「それは聞いた。市民プールの駐輪場使えってことだろ?」
「そっ! テニスコートの方は去年全滅だったからね」
「経験者は語る……」
「むしろ今更そんなこと知らない方がどうかと思うんだけど」
仕方ないじゃないか。毎年カズに誘われてはいたものの、めんどくささと生来の陰キャが祟ってお祭りに行くのなんて8年ぶりぐらいなんだから。
「あ、会ったらあの可愛い部長さんによろしくね!」
「あいよ」
雫梨にお祭りに来ていく服のコーディネートを頼んだのは昨日のことだ。部長からのメッセージを受け取った直後に直ぐに妹の部屋へと駆け込んだ。
こんな情けない僕の相談にも雫梨は親身になって手を貸してくれて、今日こうして外に出るのにそこそこの恰好で出かけることが出来る訳である。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。私も友達と一緒に後で行くから、会場であったらよろしくね!」
「会えるか分かんないけどね」
それだけを言い残し玄関を出る。
千歳川の花火大会は滝田市に限らずこの地区でも指折りの大型花火大会だ。そのため他の街からの来場者も多く移動だけでも一苦労だとか。
当然滝田市民はこの日を大いに楽しみにしているため、河川敷最寄りの駐輪場は軒並みすぐに埋まってしまうらしい。
雫梨から聞いていた通り、自転車を走らせ向かった駐輪場も既に過半数が埋まっている。この様子だと河川敷付設のテニスコートの方はとんでもないことになっているだろう。
「さて、部長はっと……」
雫梨の指示通りに市民プール横の駐輪場に自転車を止める、スマホの画面を確認すると、メッセージアプリには部長から待ち合わせ場所の詳細が送られてきていた。
「いや、遠いな……」
目的の場所までここから河川敷沿いに歩いて10分ほど。人ごみをかき分け下っていくため普段よりさらに時間がかかるだろう。
「まぁ、こう言うのもたまにはいいか」
河川敷には出店が立ち並び、堤防沿いの坂は花火を見るための場所取りのシートで既に埋め尽くされていた。
途中出店で買った串焼きを齧りながら歩を進めると、思ったよりもすんなりと待ち合わせの場所に辿り着くことが出来た。
「確かこの辺のはず……」
部長が指定したのは千歳川に架かる端の入り口付近だった。駅前の大通りから続くその橋は目印としては最適だが、案の定通行の便もあってか人ごみもより過密だ。
こんな場所で果たしてあの小さな先輩を見つけられるのか――
「そういえばこの橋を通ったのも随分前のような気がするな」
ふと周囲を見渡すと吊橋の大きなワイヤーが目に入った。
志津川さんと
(志津川さん、大丈夫かな……?)
ああは言ったものの、やっぱり僕は志津川さんの元に行く気はなかった。
告白なんて人生の一大イベントだ。そんなものに僕が立ち会っていいはずもないし、何より志津川さんの言葉は仁科君だけのものだ。
「おおい、なにぼっちでアンニュイな表情を浮かべてるんだい」
ふと、そんな僕の元へと聞き慣れた声が飛び込んでくる。みればそこには浴衣姿の幼げな少女と、そしてすらりと背の高い眼鏡の似合うイケメンが立っていた。
「あ、部長。ちっちゃすぎて見えなかったですよ」
「気にしてるんだっ! 言うなっ!」
浴衣の袖をブンブンと振り回す部長はどう見ても背伸びしてお祭りにやって来た小学生だ。
「それと、こんにちは
「こんにちは立花君。今日は悪いね、みずが無理やり誘ったみたいで」
「そ、そんなことないですよ!」
部長とは小学校の時からの付き合いであるらしい
「それよりも我妻先輩も一緒だったんですね」
部長からの連絡にはそんなこと一言も書かれていなかったけど。
「みずのお母さんから頼まれちゃって。子守みたいなものだよ」
「あぁ……」
どうやら西園寺部長のご両親とも彼は面識があるらしい。古い付き合いになるとそんなことまで頼まれるようになるのか。
部長の子守か……。
「心中お察しします」
「労いの言葉だけでも嬉しいよ」
「こらっ、そこの二人っ! 私を何だと思ってるんだっ!」
しかしなんというか、二人を見ていると男女の関係って色々あるんだなぁ。
それを言うなら僕と志津川さんの関係もなかなかに一言じゃ表せない複雑さだとは思うけど。
「さていっくんっ!」
ぼんやりとそんなことを考えていると、ふと部長の明朗な声が耳に飛び込んでくる。
「我々はイカ焼きを手に入れに行くのだがもちろんいっくんも来るだろう?」
時刻は午後六時半。花火大会の始まる八時まであと一時間半ほどだ。
先ほどの串焼き一本で思春期男子高校生の胃が満たされる訳もなく、会場で夕食を済ませようとしていた僕としてはそろそろ空腹も限界だ。
「もちろんです。お供しますよ」
「財布の心配はするなっ! うちのきーちゃんは太っ腹だからな」
「みずがそれを言うのかよ」
そう言いながら我妻先輩は景気よく財布の口を開いてくれた。
どこかのとんちき部長とは大違いだ。もし僕に後輩が出来たら僕もこんな先輩でありたいものだ。
「うちのいっくんがイカ焼き一本で買収されたんだが」
「僕は元々先輩のものじゃないですよ」
「みずは世界全てがとりあえず自分のものだと思ってる節があるからなぁ」
そんなことはないと思うけど……。いや、この人の場合はもしかしてそうなのかも。
「なんか後輩からいらん疑いをかけられた気がするが」
「それは君の普段の行いのせいだろう?」
「なっ、きーちゃんまでそれを言うのか!?」
実際先輩が我が桑倉学園において要注意人物指定されていることは否定できない。
今年桑倉学園で部活に入部した一年生がまず初めに先輩に叩き込まれたことは雑用の仕方なんかじゃなくて
「というかきーちゃん、礼の件はどうなってるんだ?」
「夏合宿の件か? とりあえずそれはUFO問題が解決してからだな」
「UFO問題?」
「そ、この前いっくんには話しただろう?」
「あぁ……」
それから暫く、僕らは他愛のない雑談をしながらお祭り会場を歩いて回った。
普段は縁の無いような場所だけど部長と我妻先輩のおかげか結構楽しく過ごせたと思う。
でも、会場遠くの橋が視界に映るたびに、僕の脳裏にはある人の姿が過る。
彼女は神社に無事に辿り着けただろうか。緊張はしていないか。お腹は空いていないだろうか。今どんな想いでいるんだろう。どんな表情をしているんだろう。
そんな思いばかりが僕の胸を通り抜けていく。
「はぁ……」
花火が始まるまで30分といった時だった。ふと先ほどまで楽し気にわたあめに食らいついていた西園寺部長が溜息を吐いた。
「どうしたんだみず?」
「いやな、私の可愛い後輩があまりにも不憫な顔をしているものだから」
「へっ!?」
表情に出しているつもりはなかったけど、やっぱり部長には隠し通せなかったらしい。
「あのないっくん。私はボランティア部部長としていっくんのこと買ってるんだぜぃ?」
「きゅ、急にどうしたんです……?」
先ほどの様子と打って変わって、部長の目はいつになく真剣だった。
「琴ちゃんの依頼のこと、真剣に考えてきたんだろう?」
「そ、それは……」
「そしていっくんは依頼の最後の場面に自分が立ち会うのは相応しくないと考えてる」
「その……通りです」
「私は依頼のことはよく知らんが、でもそれでもいっくんがそんな顔をしているのは違うって思うんだ」
そんな部長の様子を、我妻先輩は一言も口を挟まずに見つめていた。
「行け、少年。女の子が寄り添って欲しい時、そこに居てあげられない男は三流だ」
そう言って部長は高笑いをして見せる。そしてそんな様子を我妻先輩はどこか誇らしげに見つめていた。
「いっくん、アドバイスを忘れたか?」
「心の声に素直に生きろ……」
「上出来だ。君の見たいものを、君のために見つめて来い」
我ながら情けない男だと思う。
先輩に発破をかけられてようやく僕は前に進むことが出来る。そうだ、僕はずっと怖かったんだ。志津川さんの物語の結末。自分が介入したそれがどんな結末を迎えるのかを見るのが。
女の子の負け様が見たい。
そう書くと最低な奴だと思うかもしれない。ずっと僕はその感情が誰かに悟られないかと怖かったんだ。
「……僕、行ってきます」
でも今はそんな怖さより、何よりもその姿が見たいと思っている。
だって信じているからだ。その瞬間が、女の子が一番綺麗に見える瞬間なのだと。僕は、志津川さんがこの世で一番綺麗な瞬間をこの目で見たい。
「ありがとうございます、みったん部長!」
開始時刻よりも早く、祭り会場に部長の満開の笑顔の花火が上がった。
人ごみをかき分けて突き進む。目指すは一つ、八雲神社。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます