Where’s our destination?

 毎年こちらから一方的に年賀状を送っていた相手から、今年だけは返事が来た。そしてその流れで何回か文通のようなやり取りをしているうちに、今度久しぶりに会ってみようという話になった。


 僕が待ち合わせ場所に到着した時には、舟木さんは既にそこで待っていた。僕が高校を卒業してから三年以上が経過して、舟木さんは三十代に突入しているはずだが、その見た目は三年前からほとんど変わっていなかった。


「すみません、待たせちゃいましたね」


「マコトくん、お久しブリーフ」


 外見と違って言動はだいぶ歳とったみたいだな……。


「マコトくん、かっこ良くなったね。前より垢抜けた感じ。高校生の頃もかっこ良かったけど」


「え、ええ、まあ……」


「今度結婚するんだっけ。いいなぁ、学生結婚。憧れちゃう」


「本当にそう思ってます?」


「んー? ヒミツ~」


 今日は長瀬保奈美の墓参りに赴く予定だった。そういうわけで、僕の婚約者や舟木さんの夫は来ていない。僕と舟木さんの二人で行く必要があった。


 待ち合わせ場所であった駅からまた電車を乗り継いで、ある駅で降車してからもけっこうな距離を歩く。夏の蒸し暑い山間の道を二人で進んで、鬱蒼とした緑の木々で囲まれた、階段状になっている大きな墓地に辿り着いた。道中、僕と舟木さんは、高校時代のように、他愛も意味もない会話をした。


「墓石の場所は、調べてきてくれたんですよね?」


「うん。サトルさんに聞いてきた」


 僕はバケツに水を汲んでから、墓地の中腹当たりの墓の前で立ち止まっている舟木さんのところまで階段を上る。


 長瀬家の墓がそこにあった。


 バケツの水をすくって打ち水をして、舟木さんが持ってきた花を供えた。線香を焚いてから、舟木さんと二人揃って目を閉じて、合掌した。


「…………」


 僕が高校二年生の頃に自殺した、長瀬保奈美。僕の友達だった人。


 僕は、最後まで長瀬の内側に踏み込むことはなかった。


 結局あの頃の僕は、ただの普通の高校二年生でしかなかったのだと思う。ただ普通に、高校二年生として標準的に、未熟だった。そして、長瀬や舟木さんは、普通ではなかったのだと思う。僕のように平凡な日常の価値を知らず、安心して呼吸ができて当然のように衣食住のある生活の尊さ理解していないような、そういう普通の人間ではなかったのだと思う。僕のように、臆病で卑怯で、弱くて脆くて、誰かに頼らないと生きていけなくて、しかしそれなりに他人を恐れてもいる、長瀬や舟木さんは、そんな平々凡々な人間ではなかったのだ。


 だから、普通の人間である僕には、長瀬のことも舟木さんのことも、どうすることもできなかった。と、僕はそういうずるい納得の仕方をした。そうしないと生きていけなかった。


 恐怖心から人の内側に入っていくことができなくて、そのことを悩んで心臓が変なリズムを刻んでいて、しかしそれは無自覚だった。僕はそういう、思春期の普通の人間だった。


 許してくれなんて言わないし、言われたくもないだろうけど。


「…………」


「……私は絶対にお前を許さない」


 びくっとして隣を向くと、舟木さんは安らかな微笑みをたたえて、至って穏やかに目を閉じていた。あんな冷たい声と言葉が出たとは思えない。


 もう一度目を閉じる気にもなれずに手持無沙汰になっていると、舟木さんがゆっくりと目を開けて、僕の肩を叩いた。


「お腹すいたでしょ?」


「まあ、もう一時ですからね」


「今日は私がお弁当を作ってきました~。というわけでバケツ片づけといてね」


 墓参りなんてそんな頻繁に行かないからどれほど水を入れていいかわからず、バケツの中にはかなりの量の水が余っていた。それでも帰りは階段を下りるだけなので楽だった。


 それから僕たちは来た道を戻って山を抜けて、住宅街に出たところで公園に入り、ベンチで昼食を食べることにした。日曜日の昼間で、公園内は幼稚園児から小学校低学年の男子女子が騒ぎまわっていた。全員が半袖で、腕や脚が少し日に焼けていた。


「はい、どうぞ。美味しく食べてね」


 舟木さんが、黄色い布で包まれたお弁当を妙に恭しく差し出した。僕は受け取って、その結び目をするりとほどく。そしてふたを開けると、そこには見た目だけはごく普通の手料理が敷き詰まっていた。


 とりあえず卵焼きをひとつ口に運んでみた。砂糖を入れすぎているのか、甘みが強い。じゃりじゃりした食感もある。


「どう? 美味しい?」


 卵焼きを飲み込んで、僕は答える。


「……美味しく、ないです」

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サイコロジスト ニシマ アキト @hinadori11

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