奇譚夜話
神威ルート
魍魎話1 フリマ
喫茶 夜魅(YOMI)
大都会では珍しく何の植物か解らない蔓(つる)が二階建て煉瓦造りの店を覆い尽くす…
一見ノスタルジックな雰囲気を珈琲の香りと共にかもし出すこの店に、ある一組のカップルが訪れていた。
春日大悟…
自称ミュージシャン
実際はただのヒモ男
同棲相手を怪しげなAV事務所で働かせながら、自分はと言うとバンド活動もそこそこに酒とギャンブルに溺れまくるクズ野郎…
曽根総子
元コンビニ店員、現セクシー女優(芸名KURUMI)
大悟の同棲相手でコンビニ時代の元同僚
典型的な《貢ぐちゃん》である。
二人は総子の仕事の帰り、待ち合わせ場所にしていたこの喫茶店でちょっと遅めの昼食をとっていたのだった。
「ねぇ大悟、これ知ってる?」
「ア~?何?」
お互い食後の珈琲に口をつけながら他愛もない話をしている時、ふと総子は自分の携帯画面を大悟に見せていた。
「これよ、これ♪」
今日もスロットで大負けして機嫌が悪い彼は、面倒臭そうに差し出された携帯の画面に目を向けた。
すると…
「ん?何 《H・Aマーケット》~?何やこりゃ?」
「フリマアプリなんだけどね~最近大人気なの♪」
「ふ~ん…なんでや?」
何時もギャンブルで負けた日は、上の空で彼女の話を聞き流す彼だったのだが、何故か今日に限ってそのアプリに興味を持ってしまったのだった。
「たいした価値もないものでも結構高額で売れたりしちゃうのよ♪」
「ふ~ん…」
「オークションタイプなんだけど…実はね、私も一つ出品してるんだ♪」
それを聞いた途端、さっきギャンブルで失った金をそいつで補填しようと考えた大悟は、心の中でニヤつきながら彼女に尋ねた…
「ほ~、で、今なんぼになっとるん?」
「え~とね、あ!今最終価格が決まった♪ほら♪♪」
邪な期待を抱きながら大悟は彼女の携帯を覗くと……
「ん~《出品物:春日大悟》…等価交換価格…《五年分の過去》…って何やこりゃ!」
「何って売れたのよ、大悟(あなた)が♪」
総子の言ってる事が理解出来ず、思わず大声をあげる大悟…
その手はテーブルを勢いよく叩いた為、近くに置いていた飲みかけの珈琲をもろにかぶってしまった。
「お前何ふざけとんねん!いくらなんでも笑えへんぞ!」
「ふざけてないわよ♪私にとって価値がないものを売っただけよ♪」
激昂する大悟を見ても終始笑顔の総子…
そのリアクションに益々怒りが込み上げてきた彼は人目も憚(はばか)らず彼女に掴みかかり殴ろうとした!
その時である。
【その通り、そして私が競り落としたのだよ】
地の底から聞こえて来るかの様な静かで、それでいて寒気がするその声…
大悟は一瞬で全身に悪寒が走った!
「だ、誰や!!」
そう彼が叫んだ瞬間、二人は漆黒の闇の中にその身を漂わせていた。
「確か…ベルゼブブさんって言ってたわよ♪」
「な、何やそれ?」
何もかも訳が解らず狼狽する彼を尻目に、総子は今だ微笑みながらカップに残った珈琲を飲み干し立ち上がった。
「あ♪《蝿魔王(ベルゼブブ)》さん?確かにお渡ししましたよ♪」
漆黒の闇の中、彼女は目に見えない落札者に向かって確認をとると…
【ウム、では望み通りそなたを《今から五年前の過去》まで時間を巻き戻して差し上げよう】
「よろしく~♪じゃ大悟、サヨウナラ~♪」
総子は微笑みながら大悟に礼を言うとあっという間に闇の中に消えて行ったのだった……
「おま、お前ちょっと待てや!!」
追いかけようと一歩足を踏み出そうとする大悟…
しかし彼の身体は一ミリも動かなかった…
【さて…ではたっぷりと楽しませてもらおうか♪】
「へ?」
彼の鼻先にふと生臭い臭いが流れた瞬間、彼もまた闇の中に消えて行ったのだった……
…残されたのは水滴の様な音と断末魔…
…ただ…それだけだった…
ちなみに今から五年前とは…
そう総子が大悟に出会った年なのである。
晴れ渡る青空…
天に向かって大きく深呼吸する総子の表情は晴々しいものだった。
「今度はちゃんと産ませてくれる男性(ひと)を好きになるからね♪」
総子はそう言いながらお腹を擦ると、元気良くバイト先まで向かうのであった…
…そして彼女が去ったその場所は、ただ香しい珈琲の香りだけが残っていたのだった…
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