11:投げつける暴力
世界、人生、運命、
色々な言葉で人間の
選択肢、最終的な選択肢、それを何度も重ねて結果という名の時間を進めていく。それをひっくり返すには
それが出来る存在がいるのであれば、それは神か、それとも永久の罪人か、紙一重と言ったところだろう。
未来を掴み取るには――
「ッ! おまえが死ね!! おまえみたいなクズ人間が生きてる方が悪いんだよ!!」
そう、こいつみたいに自暴自棄という選択肢を選ぶこともまたストーリー、俺はこの選択肢に自己犠牲という健気さを選んでしまった。
なら、自己犠牲なんて選ばない。
中村がドスを握りしめて眉間にシワを寄せている。これから始まるのは鮮血のパレードだろうか? この空間が赤色に染まって、そして、鉄臭くなる。
「本当に素晴らしい根性してるな……」
「相沢ちゃん……もうそろそろいいかな……?」
……見殺し、そう、見殺し、それは――駄目だ……。
拘束された羽渕の椅子を蹴り倒し何度も恨みの蹴りを入れ続ける。
彼は女のように甲高い声で痛みに悶え苦しみ喘ぐ。
「痛いか? 痛いよな、そら蹴り入れられれば痛いよなぁ……」
「うっ、ああ……」
「知ってるか……人間に痛覚があるのは危険を察知する為、つまり、痛いってことは逃げないといけない状況なんだ。でも、お前らは逃げられない。滑稽だな」
暴力、投げつける暴力、それが幼稚で非常に爽快感あるいじめという行為。
本当にどうしてだろう、こんな幼稚な行為が蔓延して人の尊厳が踏みにじられ、一時の快楽に脳みそが焼かれる。本当にわからない。
だからこそ、興味がない行為でこいつらを助けてやる。
羽渕の顔に砂埃のついた靴を押し付ける。
「舐めろ……豚みたいに下品に、そして醜態を晒しながら……」
「い、いや……」
「お前の大切な家族に痛い思いさせたくないよな? そのよく回る舌を使って舐め回せ! この場所でお前は手のひらの上だ。踊るか死ぬか、選ばせてやってるんだぞ……」
視線がこいつの兄弟の方向に向く。
そして、こいつは決断した。
靴に舌を回し、何度も何度も丁寧に舌で汚れを落とすように舐め回す。
人間、家族を引き合いに出されると案外、尊厳って捨てられるものなんだよな……。
「もういい……気は済んだよ……」
中村の方向に振り返る。彼の右手にはまだドスが握られており粛清という選択肢をまだまだ手放せないようだ。
さて、どうしようか? 羽渕は俺の命令を聞いて家族の為に人間としての尊厳を捨てた。それは紛うことなく自己犠牲、それを見限ることは俺という存在が許すだろうか……許さない……。
「もういいんです……それを収めてくださいな……」
「いや、どうにもその程度で許される罪じゃない。俺は腐った人間ってのが大嫌いなんだ……まあ、俺も腐った人間の一人なのかもしれないけどね……!」
「中村さん、貴方はまだ腐ってない。糸の上で落ちるか登るかを悩んでる段階、この場で俺が許した彼らを消せば……落ちる……」
「それが半グレだろ?」
「貴方はヤクザだ。日陰者のプライドがある。それを捨てる意味がどこにある」
中村はドスに映る自分の姿を見る。そして静かに鞘に戻した。
だが、その目には落ち着きは無い。存在するのは餌を目の前にチラつかせられている猛獣、こういう人間は後々が怖い。
――だから、静かに構える。
「相沢ちゃん……どうして握ってるのかな……」
「気が済まないんでしょ? 自分の正しいことを説得という名の暴力でねじ伏せられて、どうにも腑に落ちない。誰かに八つ当たりでもしたい。でも、その矛先は俺が許したこいつらにしか向けられない。なら、俺がその標的になってみせますよ」
――不規則な軌道を描く拳が腹部に向かって飛んでくる。
言葉なんていらない、ただ……大人になりきれない大人の玩具として、大人になってしまった子供として舞を踊らなければらない。
体を傾けて通り過ぎる拳を脇で押さえつける。
「ッ――!?」
「身長差、格闘技の世界では身長は体重と同じくらい重要な要素……だけど、この場合は拳を的確に腹部に届けようと前傾姿勢になったのが仇になりましたね……」
「一瞬でロック、凄いね……!」
腕は綺麗に一直線に伸びている、それをロックされてしまえば格闘技の世界では一発でレフリーストップ。この状態は非常に危険で少しの力でロックした人間が少しでも腕に力を入れれば曲がってはいけない方向に腕がへし折れる。
――足払いで即座にロックを解除される。
「本当に甘ちゃんだねぇ……折ればいいものをさぁ……!」
「折りませんよ、折ったら痛いでしょ」
「痛みがあるから喧嘩だよ! 痛みが意味を教えてくれる!!」
痛みに意味はある。だが、それを命の駆け引きにしていいものなのか、痛みは危険信号でしない。
それに……俺はこの中村という男がどうにも傷つける存在とは思えない……。
「ホレホレホレ!!」
「チッ! 露骨に打ち下ろしにシフトしやがって……」
打ち下ろしの拳を何度も地面に転がって回避し、もう一度ロックを掛けられるタイミングを推し量るが、軽量級のボクサーのように一撃一撃の速度が早く初手のような見切りができない。
典型的なスタンドファイター、打撃に特化したスタイル。
ジャブの一発がストレートに匹敵する重さ、ガードなんてしてみたらへし折られるのが目に見えている。
それに激しい拳の出し入れをしているというのに息切れ一つしていない。相当な喧嘩慣れをしている。喧嘩慣れをしているから俺が腕を折れない性格だって見抜かれたんだ……。
「さあさあ! 俺をもっと楽しませてくれよ!!」
「……許してくださいよ」
左腕に伝達される激痛、それと同時に感じる右手の確かな感覚。
中村の顎を通り過ぎた一発の平手、それは最小限の力で最大限に相手を無力化する一手、角度のつけられたその平手は顎をただ通過するだけに見える。だが、それを確実に相手を行動不能にする……。
左腕が折れていないか何度も撫でてその場から離れる。
「うっ、おえっ……ごほっ……」
「よかった……折れてない……」
「いやぁ……ごほっ……一発で頭を揺らされるなんてさ……」
嘔吐しながら過呼吸気味になっている中村が幸せそうに笑っている。クリスマスに好みのゲームを与えられた子供のように、はしゃぐように……。
脳を揺らされる、それは脳の役割がどんな動物より重要な人間にとって致命傷。だが、死ぬことはない。
数多くのボクシングの試合でラッキーパンチと数えられる拳の中に多く存在する避けられたアッパーカット、それは顎を掠め、脳を揺らし相手の平衡感覚を失わせ、即座に戦闘不能にする。
「ほんとう……君は面白いや……!」
「もう治ったんですか……化け物……」
「何回か経験してるからねぇ……でも、今回のは人生で一番効いたよ!」
中村は俺の左腕を覗き込み、静かに笑った。
「小学生に二回も負けるなんて恥ずかしいなぁ……」
「もうサンドバッグにしかなれませんよ」
「わかってるさ! だ・か・ら! こっちも二回勝ったってことで引き分け!! これで俺のプライドも安心さーん」
中村はドスを鞘から抜いて三人の拘束を解いた。三人は恐怖の表情を向けているが彼は酷く冷たい表情で「早く消えろ」と言い放って逃していく。
廃材に座り、中村は拘束に使った椅子を拾い上げて腰掛ける。
「どうしてだろうね、俺と相沢ちゃんはどうにも正反対。俺だったら確実に奴らを楽しい姿にしてた……」
「俺にとってそれが楽しい姿に見えないってのが一番の理由ですよ」
「でもさ、俺にもそれ……理解できるんだ……」
中村は足を組んで静かにコンクリートの天井を眺めた。
「暴力ってのは凄く簡単で、凄く直線的な表現方法なんだなって……だからさ、暴力以外の表現を見ると途端に自分の歩いてきた道が不安になるんだ。死んだ親父、いや、爺ちゃんまでヤクザの人間でさ、面子っていうやつを一番に考えるんだ。だから真っ先に許すなんて考えない。落とし前、責任を確認してから忘れる……それが俺にとって至って普通なんだよ……」
「そんなの、人それぞれですよ……それが正しいなら突き通せばいい……」
「……わかってる。でも、やっぱり――正しさなんて匙加減なんだよね」
拳を突き出して見せた。
「この拳で何人もぶん殴ってきた。でもさ、この拳が本当に真っ直ぐに進んでるのか不安になる。明後日の方向に進んでるんじゃないかって……」
「なら、明後日の方向に方向転換すりゃいいんですよ」
「……詩的だねぇ……嫌いじゃないよ」
選択肢を変えてみた。
それだけ、それだけなんだが……俺にとっての正解はこれなのだろうか……?
この中村の寂しい顔が不安を助長する。
歩みの正しさ、そんなもの存在するのか……。
でも、結末を惨劇じゃなく、喜劇にしようとしている自分がいることも確かなんだ。
……正しいと思いたい。
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