22:殺して負けろ!
山頂にある電波塔、そこにスーツを着込んだ大男がやってきた。
その顔は酷く優しく、その瞳は酷く――透き通っている。
アリスと同じ青い瞳、この瞳だけでアリスの叔父だというこを十分過ぎるくらいに理解できる。だが、手には一丁のリボルバー拳銃が握られ、寂しそうに笑う。
ああ、これは凄い人間がやってきたとため息がでそうだ……。
「叔父さん! ひさ――」
「すまないアリス……少し眠っていてくれ……」
駆け寄ったアリスに鋭い拳を叩きつけ、気絶させる。
手が出なかった……あまりに自然に、そして素早く拳を叩きつけたのだから……。
咄嗟に理解した。
――この男には勝てない。
「やあ、アジア人……弟と賭けをしていてね、君が10分間死ななかったらアリスを殺さない。だが、君が10分以内に死んだらアリスを殺す。私にも仕事というものがある。仕事をしなければご飯が食べられない」
「……三分、アンタ程の男なら下手をすれば数秒で俺を殺せるだろ?」
手に持ったMP7を投げ捨て、重りになるものすべてを外す。
男はニンマリと笑い、見上げた根性だと絶賛の声をあげる。
「いやはや、日本人は他のアジア人とは違う! これが侍というやつか!! 潔さ、ああ、素晴らしい……アジア人ということで評価は奈落に落ちるがね……」
「どうでもいいさ、俺の仕事はアリスを守ること……可能性が高くなるなら手段は選ばない」
「素手で戦うのが一番確率が高い? 笑える冗談だ。まあ、いい。少ない寿命を楽しめ……」
男は腕時計をいじり、そして――銃を天に向って撃った。
――速い!?
大柄な体躯からは想像できない俊足で一気に距離を詰められるッ!
両腕をクロスさせ、足を地面から放す。
体が何度も回転し、威力が消えたと思った時には男の足が振り下ろされようとしてた。
それを間一髪で回避し、転がって体制を立て直す。
「子供特有の軽さを利用した威力軽減、素晴らしい! 白人だったらスカウトしていたところだ……」
「生憎、アジア人でね……!」
この男に攻撃するのは自殺と同じ、ただ受けて時間を稼ぐ!
リボルバーを抜き取った瞬間に電波塔の陰に隠れ撃たれるのを回避――なんて速さだ!?
額に突きつけられる拳銃、何秒でここまで到達した……!
「いやはや、マフィアよりは楽しめたよ、さようなら」
炸裂音が響き渡る。
――左耳が銃声によって潰れる。
咄嗟の判断、突きつけられた銃口を思い切り頭突きして射線を反らす。
「……素晴らしい! あれだけの絶望的状況で切り抜けるか!!」
「あと、何分だ……」
「ふむ、二分だな……それにしても、君はアリスと同い年だろう。どうして彼女を守る?」
「……わからない。理由なんてない。ただ、やらなきゃならないからさ」
男は腹を抱えて笑った。
そして、瞳に光が戻る。
「負けた気分だよ、私は上からの命令を素直に聞いて行動し続けてきた。だが、君は自分の意思ですべて行動している。ああ、羨ましい」
「無駄口を叩いていると時間が経つぞ……」
「正直、負けたいと思いはじめた。いくら上の命令だとしても、姪を殺すことを了承した自分、アジア人だとしても姪と同い年の少年を殺そうとしている自分、弟の頼みを断った自分、すべてが人間としてやってはならないこと……それを仕事だからと片付けている自分に嫌気が差してきた」
「それでも、仕事はしなければならないだろ? 早く撃てよ……でも、もうアンタは負けている」
男は時計を確認する。体感だが、まだ一分くらい残っているだろう。
「人間の死は心臓が止まった時、銃で撃たれようが、首をはねられようが一分間くらいは心臓は動く! つまり死なない……無駄口叩いてるから心臓を撃たない限りアンタの負けだ……」
「では、しんぞ――」
リボルバーに噛み付く。
「
「……そうか、そうだな、私の負けだ」
男はリボルバーから手を放してアリスの元に歩んでいく。
そして、大粒の涙を流した。
「私は……大人だ。子供を殺すのを躊躇わなければならない。それをしない、ああ、私はまだ子供だった……」
時計からアラーム音が鳴り響く。
「ああ、人生で初の敗北、気分は悪くない」
「……殺さないのか」
「負けたのに殺す? ありえない、逆に殺して欲しいくらいだ。そいつで撃ってくれないか」
地面に落ちたリボルバーを指差す。
「それはできない。アリスは……叔父さんとサウナに入るのが大好きって言ってたからな……」
「本当に……私は……」
男は静かにこの場から立ち去っていく。
俺の一ヶ月の戦いが終わった。ここから見える道路に発煙筒の煙が見える。
ああ、終わった。
気絶したアリスを抱き上げて舗装路を歩む。
相沢大先生……このイベントだけは本当に大嫌いだよ……。
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