15:サブマリン明広
放課後、場所は近所の公園。
松葉杖をついた結衣が鬼コーチのように竹刀を持って俺とキャッチャーの中島くんを怒鳴りつけている。なんだろう、頼まれた立場なのに叱られることに違和感がある。本当になんなのこれ?
「アンタ達! 負けたら絶対に容赦しないからね!!」
「ちょ、結衣ちゃん……明広くんは頼まれて……」
「さくら! 確かにあたしは相沢に頼んだわ……でもね! 負けてもいいなんて一言も言ってない!! 投げるならパーフェクトする気持ちで投げなさい!!」
「ねえねえ、中島くん? 立木ってチームでもああなの……」
「は、はい……監督の次に偉いです……」
中島くんの言葉に背筋が凍る。小学五年生の女児がチームで二番目に偉い? ありえるのそんなの……。
とりあえず中島くんとキャッチボールを開始する。
その間にも結衣の気合が入ってないという罵声が大量に飛んできて俺より先に中島くんがダウンしそう、ここは不遇な彼を救うために本気を出すか……。
「中島くん……本気で投げるから構えて……」
「あ、はい!」
ど真ん中のストレートのコースを示した。さて、何千年前かに真似したあの投手、コントロールは知らん!
体を思い切り沈ませて腕を地に這わせるように……!
アンダースロー、サブマリンとも言われる投法。オーバーやスリークォーターみたいな球速は出ないがその白球はまるで――浮上する潜水艦のようにポップする!
投げられた白球は高い回転数を維持してミットに収まった。
「おお、届いた……」
「え、ええ!? それ渡辺投手のアンダースロー!!」
結衣も驚いているが俺も驚いている。いくら小学生が投げる距離でもアンダースローでキャッチャーにボールを届けることができるとは思わなかった。
中島くんもアンダースローの球を受けるのははじめてなのか若干放心気味、一回言ってみたいことがあるんだよね。
「俺、またなんかやっちゃいました?」
綺麗に無視されて結衣は松葉杖をついて中島くんと会話を繰り広げる。なんだよ、そこは驚いてやらかしまくり! とか言ってほしかったんですが……。
「中島! アレ受けられる?」
「は、はい! 球速は立木さんより遅いですし、コントロールがいいから取りやすいです」
「相手はアンダーなんてテレビでしか見たこと無い……ストレートだけで十分! 勝てる!!」
なんだろう、これで負けたら俺……殺される?
2
そんなこんなで中島くんが完璧に女房になってくれて日曜日。サイン? そんなのストレートしか投げないから必要ない。中島くんの示す場所に真っ直ぐを投げればいいだけだ。
……それにしても、俺だけジャージだから浮くねぇ。
「相手のピッチャージャージだぜ……練習試合だからって舐めてるのかよ……」
うわー、凄い睨んでる。こわいなー。
監督らしいお爺さんの隣に鎮座する結衣、期待の目で見られても困るのですが……。
少年野球は9回ではなく7回まで、肩の負担を考えた良心設計。でも、七回しか攻撃のチャンスはない。互いに無得点でも試合は流れて延長戦はなし。
あれ? 俺が完璧に押さえても得点入れられないと絶対に勝てねぇじゃん! 引き分けはセーフ?
「相沢……引き分けも負けだから……」
「あんまりだ……」
肩をガックシと落としてどうするかと考えるが、中島くんが燃えている!? これは勝てる!!
こちら側からの攻撃、123と三振で攻守交代。
一番バッターの中島くん? なんで三振してるんですか……。
「力まないでね、僕が絶対に取るから」
「うん、それはわかるけどさ……まあいいか……」
頑張ってる中島くんに打ってくれとは言えない……。
マウンドに立って守備を確認。みんなユニフォームで俺のジャージが凄く浮く、一種のSMプレイなのではないかと思うよこれ……。
バッターボックスに立った見るからに足が早そうな一番バッター、どこまで通用するかな? 中島くんの指示は外角高め。
(っ!? アンダースロー)
アンダースローの球をはじめてみるのかバットが出ない。次はどこだ? ああ、ボール球でいいから下ね。
その後は目がなれていないのかお返しのように123バッターを三振で終わらせる。
「ナイスピッチング!」
「良いピッチャーだね、うちで投げないかい?」
「遠慮しときます」
ベンチに入って即座に勧誘が入るが雑に断っておく。野球に人生を捧げられる程自由な身ではない。それに夏休みは山でサバイバルだ。野球なんてやってる場合か!
4番バッターに期待の視線を向けるが無論空振り、その後もゾロゾロと……あはは、これは引き分けコースじゃないですかやだー。
そのまま休み時間も与えられずマウンドに立つ。相手のクリーンナップ、小学生と言えど警戒した方がいいだろう。
え、中島くん! 四番にど真ん中!? えぇ……。
四番くんは打ってやるという闘志を滾らせている。
……ストレートは駄目だ。
体を沈ませて球を投げる。
流石は主砲と言わんばかりの風切り音を響かせて空振り。
「え? タイミングは……」
チェンジアップ。現代野球で一番の魔球だ。
その後はストレートとチェンジアップを使いこなしてバッターを翻弄し塁に出さない。
さて、攻守交代。そういえば俺は……七番バッターだったな? バット借りないと。
「相沢! ガツンとアーチを作りなさいよ!!」
「無理言わないでくれよ……」
メットを被って左バッターボックスに入る。全員が目を見開いて困惑している。
やっぱりね、野球って右投げ左打ちだと思うんですよ! 理由はカッコイイからだけ!!
四番でピッチャーくんが舐めやがってという視線をぶつけてくるがこっちは助っ人だぞ、好き勝手にやらせてくださいよ。
一投目、内角低め……左ボックスに入ってるからデッドボールが怖くて球速が出てねぇぞ……。
二球目、必死に外角を狙うが……ほとんど真ん中だぜ!
金属バットの甲高い音を響かせて飛ぶは白球! 回れまわれ俺の足!!
球は打っても飛ばないとタカを括ってた前進守備でいっぱいに引っ張った打球を追いかけても届かない!
「二塁打……いい感じいい感じ」
結衣の方を見ると……なんで睨むの!? 右で打ってたらホームランだっただろってか! 真面目にやれってか! 二塁打打ったのにそりゃねぇぜ!!
監督が二塁打を打った時の俊足を買ってかバントの指示を出す。三塁まで行けって……確かに小学生相手だけどさ……。
八番バッターがバントの体制、ピッチャーくんは俺のことを警戒して牽制球を一回。スライディングでアウトにはならなかったが、お気に入りのジャージが泥だらけだよ……。
カンッとバントの音が響いて即座にキャッチャーが対応して三塁に送球、だが逃げ足だけは天下一品、どうにか服を汚さずにたどり着いた。それを確認して一塁に送球するがそれを見逃さず本塁に駆ける!
「嘘だろ!? 間に合え!!」
ファーストが投げるが焦りから送球が荒くなり、捕手がブロックしようとした時にはベースに手が乗っている。
「こりゃ凄い。天才だねぇ、結衣ちゃん」
「……そう、ですね」
3
監督や一期一会のチームメイト達からの熱烈なラブコールを必死に回避してどうにか帰路につくことができた。俺の人生に野球は必要ない。あとスポ根も。
「……ありがと、相沢のおかげで勝てたわ」
バスに揺られながらの帰路、隣に座る結衣が小さく感謝の言葉を告げる。
「旅は道連れ世は情け、困った時は手伝うさ」
「……でも、ちょっとだけ自信失ったかも。相沢……いえ、明広の方が野球上手いから」
「趣味に上手い下手を持ち出したらギャンブルと同じだ。スポーツは健康な精神が大切だとか? 重要なのは楽しむ心だよ」
それから結構な沈黙。
「……でも、明広のこと少しわかった気がする」
「どんなとこ?」
「すっごく馬鹿なとこ」
「ひでー」
まあ、笑ってもらえればそれでいい。
未来は……。
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