11:異国からの転校生
時期は六月、まだまだ梅雨の気配はなく青空が教室の窓から見える。
明広は少しだけ冷たい目をしていた。今日やってくる転校生『アリス・オーグレーン』は彼の物語の中で最も無理難題を押し付けてくる存在だから。
彼女が追われる財団と呼ばれる組織、銃規制が強い日本に堂々と軍用スペックのMP7を私兵に持たせ、練度は各国の特殊部隊に匹敵する。財団が何を目的にして創設されたのか? 名だたる秘密結社のクローンかそれとも親玉か、白人至上主義者が関与している可能性が高いこと、イギリス英語を使うこと、それくらいしかわかっていない。
「あの、えっと……皆さんに転校生を紹介します!」
HRと同時に転校生の紹介が入った。教師の隣で不安そうな表情をしているプラチナブロンドを靡かせた少女。彼女が、
「スウェーデンから来たアリス・オーグレーンさんです! まだまだ日本語は使えないけど……多分英語は話せると思うわ! このクラスで一番英語が得意なのは……」
『やあ、スウェーデンからはるばるようこそ。夏にやってくるなんて気の毒だ……日焼けは痛いぞ、その白い肌だったら尚更』
流暢なスウェーデン語で皮肉たっぷりの挨拶をしてみる。古来から白人はブラックジョークを好むものだ。
唐突に立ち上がり母国語を話した少年に目を見開くが隣の教師が彼を叱りつける。
「先生が紹介してるのにどうして立つんですか!?」
『すまないね、この教師は数日前に婚約破棄されたんだ。悲しいことにヒステリックになってる』
「どうしてオーグレーンさんが悲しそうな目で私を見るんですか!?」
互いに万国共通の笑顔を見せて洋式の挨拶を交わす。
『凄く綺麗な母国語、ご両親がスウェーデンの出身なんですか?』
『いや、将来は空軍に入りたいと思って色々な国の言語を勉強しているんだ。そうか、本場の方に訛りが無いと言われると光栄な気持ちだ。レディ』
『ふふっ、面白い人ですね。お名前は?』
『アイサワ アキヒロ、いや? 海外風だとアキヒロ アイサワの方が正しいかな。好きな方でお呼びください』
『アキヒロ、わたしはアリス・オーグレーンです』
聞いたこともない言語を使用する二人に困惑するクラス。長いこと教職についている教師すら二人の会話の意味を理解していない。
俗に言う二人ぼっちだ。
2
給食が終わって昼休み、事業終わりの短い休み時間にも質問攻めにあっていたがティータイムを献上して通訳をする理由もない。それに傍観者もいじめっ子も関係なしに明広に頼る。まるで自分達がやってきたことを忘れたように。あまりにも都合が良すぎるのではないだろうか?
だが、彼の評判が地に落ちても元通りになるだけ。彼女はどうだ? 親の都合で極東の島国に連れてこられ通訳になる生徒もおらず孤立する。冷たい人間ならそれを利用するかもしれない。利用できないのが彼だ。
「あの、オーグレーンさんはどうして日本に!」
『なんで日本に来たのか聞いているよ、就学ビザを見せないとね』
『アキヒロって叔父さんみたいに皮肉ばっかり……お父さんのお仕事の都合って伝えてあげて』
「お父さんの仕事の都合だって」
ニコッと笑ってみせるアリスを見てクラスの男子生徒達は身の丈に合わない恋心を爆発させる。この中にスウェーデン語をマスターする生徒が現れればいいが、なんて期待をしていた時期もあった。単刀直入に表現するなら向上心の無い奴ら。便利な翻訳マシーンがいるのだから自分は頑張らなくていい。
「日本の料理はどう? 俺の実家お寿司屋なんだよ!」
『日本の料理は好きか、特にお寿司だってさ』
『日本食は好きだけど……生魚は無理かな……』
「日本食は好きだけど生魚は無理らしい」
それからも質問を投げつけては返答を待つだけの存在がゾロゾロと。なんなら上級生達まで混ざりはじめた。それだけの好奇心があるなら自分で努力すればいいものをと心の中で吐き捨てる。
「アンタ達! いっつも相沢をバカにしてたのに都合のいい時は利用するわけ!? 本当に恥知らず!!」
生徒達の好奇心に利用される明広を憂いた結衣が止めに入る。確かにそうだ、明広はこのクラスの嫌われ者、それを都合のいい時だけ利用して自らの欲を満たそうとする姿は酷く滑稽。素晴らしく人間的とも表現できるが。
結衣の言葉で我に返ったのか彼らは身を引いた。数人は後ろ髪を引っ張られるようだが。
「えっと……相沢……スウェーデン語でこんにちはってなんていうの」
「英語と同じヘイとかハーイとかでいいよ、綴りが違うだけで似たようなもの」
「へ、へーい! アリス……」
これは素晴らしい英語力だと腹を抱えて笑い出す。赤面して明広をポカポカと叩く結衣と駄目だよと止めるさくら、未来も同じような時が流れる。それが良いか悪いか、捉え方次第。
『どうも、わたしはアリス・オーグレーン。よろしくね……えっと?』
「立木さんの名前を知りたいって、教えていい?」
「それもあたしが言うわ! 教えなさいよ」
「そこまで来ると面倒くさいから任せてよ」
むぅと顔を膨らませながら渋々了承。さくらの方を見ると自分もお願いしますと告げられる。
『彼女はタチキ ユイ、その隣が彼女の親友ニイジマ サクラ』
『ありがとう! よろしくね、ユイ! サクラ!』
「よろしくね!」
「よろしくおねがいします」
自分の名前を呼ばれたら挨拶されたと理解する。
微笑ましい光景。
見つめるその姿は――少しだけ、他人事のように思えた。
3
「お父さん! 今日ね友達が三人も出来たんだよ!!」
転校初日、母国語しか使えない娘が友達が出来たと飛び跳ねて報告してくる。日本人の過半数は英語も話せない、ましてやスウェーデン語なんて尚更だ。教師が通訳をしてくれた可能性もあるが、英語教師が趣味で北欧の言葉まで覚えるものだろうか。
彼女の父は不思議そうな顔を見せながらどんな友達が出来たのかと聞いてみる。
「えっとね、最初の友達は叔父さんみたいに皮肉ばっかり言ってくるんだけど、将来の夢は戦闘機のパイロット! すごくハンサムなんだよ!!」
「ハンサム? じゃあ、男の子が通訳してくれたのかい」
「うん! 皮肉も多いけど訛りが無くてね」
日本は昔からミラクルな国だと言われている。世界で日本だけが単一民族で成功した大国。欧米列強の支配から逃れるために
だが、その革命は列強、または
東洋の奇跡。
「……日本かドイツに天才現れる時、世界は新しい段階に移行する。それを阻むのが財団の仕事か」
――なんと言った!?
まて、なんでアリスの父が財団のことを知っている。確かに彼は白人だ。だが、白人至上主義者とは思えない。娘が黄色人種の友達が出来たと言っても叱りつけることもしない。
じゃあ、アリスの父は……。
――財団から逃れた存在?
「ぱぱ……怖い顔してるよ……? もしかしてアキヒロと仲良くしちゃだめ」
「いや、アリスと同い年で英語以外も話せるなら凄い子じゃないか! 彼から日本語を教えてもらいなさい。日本語は世界で一番難しい言語と言われているからね」
「アキヒロ教えてくれるかな?」
「アリスはパパとママの子なんだからお願いされたら断れないさ」
「ごはんよー」
オーグレーン家は何者だ? いや、推測はできる。
アリスの父は財団の職員。だが、何らかの理由で離反。日本にやってきた理由は仕事ではなく亡命? 家族の安全を確保するための措置、財団の日本支部には不可解な部分が散見する。
確かに財団が保有する私兵の質は世界各国の特殊部隊に匹敵する。だが、それだけの白人を日本で運用するのは難しい。
――白人は日本で目立つ。
付け加えて差別主義者であれば黄色人種が殆どを占める。その環境下で彼らは正常な精神を保てるであろうか、米軍基地近辺のような暴力事件を起こさないでいられるか、黄色人種も人間だと理解してしまわないだろうか?
じゃあ、財団日本支部は何のために存在してある……。
いや、思い出せ! 日本支部のトップとの会話の内容を……。
――無駄か、俺はもう個の存在を捨てた。
今は第三者視点で物語を眺める傍観者。助言すら出来ない。
名無し。
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