9:二人の同一人物

 ようやく引かれた光回線、パソコンは事前に組み上げて繰り返す世界で習得したすべてを駆使して半グレ集団アルタイルの犯罪行為を引き出していく。

 ダークウェブ、一般人が入手できない違法な物や情報が並べられるダークサイド、ここで仕入れられない非合法はない。だからこそ警備は厳重で何か不備が起これば不備を起こした側のパソコンにクラッキングを開始する。

 事前に作ったプロテクト、この世界に存在するどのセキュリティプログラムより堅く製作者の明広ですら突破は不可能。なぜならこれを突破するには1秒ごとに変化する暗証コードを三連続で突破しなければならない。暗証コードは完全なランダム、数字とアルファベットが使用される一二桁の暗証番号を三回突破、量子コンピューターを使用しても突破できるかどうかの代物だ。

 名前は『イージス』


「……さて、情報を吸わせてもらおうか!」


 アルタイルの裏情報を持っている業者にクラッキングし使えそうな情報を吸い出していく。もちろん相手もクラッキングされたことを察知し、こちらにクラッキングを開始するがイージスの堅さに位置の特定すらできない。


「さて、仕上げだ……」


 大量の情報を引き抜いた後にウィルスを送りつけて完了。

 叩きまくったキーボードから手を放し冷たい緑茶に口をつける。


「やっぱりイージスの性能はピカイチだな……これを売ったらいくらになることやら……」


 そのままダークウェブに存在する警察が極秘に管理するサイトに情報提供を開始する。表向きはダークウェブ版の掲示板。ここでの会話は犯罪自慢などが飛び交っているがその程度のことで警察は動けない。だから日々変化する暗号を解き警察へのリークが出来る場所に飛ぶ必要がある。

 すんなりと警察側の暗号を解いて半グレ集団アルタイルの犯罪証拠をすべてぶちまける。

 麻薬の隠し場所、誘拐された少女の監禁場所、地下賭博場の場所、数え切れない程の情報。その後は通信ケーブルを抜き取りハードディスクを木っ端微塵に砕いて燃えないゴミに捨てる。


「イージス……また次の世界でな……」


 一般人のパソコンに入れてはいけない情報の数々、それを持っていたら彼自身も危ない。後はすべて警察がやってくれる。今までの世界でも警察が動かなかったことはない。強いて言うならまだ使えるハードディスクを壊すのは勿体なく感じるだけ。

 最初の頃には次の事件に登場する組織『財団』にも使用できないかと画策したが、彼らのメインコンピューターはすべて独自規格を使用し、一般人が入手できる機械ではクラッキングが無理だと諦めた。


「……これでアリス、アリス・オーグレーンに備えられる」


 アリス・オーグレーン、スウェーデン人留学生。一度だけ実施された人気投票で明広、このみに次ぐ三位、淡いプラチナブロンドが特徴の美少女。ヒロイン以外も人気投票に入れたせいか当たり前のように明広が一位に輝いている。

 こいつは曲者、初期状態では英語も日本語も使えない。まだまだ若い頃はアリスと会話すらままならず、普通に会話できるようになったのは五周目くらいからだろうか? 主人公が日本語で会話できるのはすべて明広の努力、それを横から掻っ攫うのだから神様はいい趣味してる。


「それにしても財団……こいつらは本当にいい趣味をしてる……」


 書斎の鍵をかけているかを確認し、ホワイトボードに財団の特徴を書き記す。


【財団】


 この世界に存在する電子機器すべてに適合しない独自規格の電子機器を使用。

 宗教兵のように自決特攻も厭わない。

 私兵の武装はMP7、サイレンサー、ホロサイト、社外製フォアグリップ。

 拠点は推定大英帝国、イギリス訛りの会話を聞いたことによる推測。

 私兵の練度は非常に高く世界各国の特殊部隊、対テロ特殊部隊に匹敵する。


「驚異の白人率100% ……KKK? いや、フリーメイソンか」


 陰謀論が好きな人間なら一度は聞いたことがある結社、財団はこれに通じる組織なのではないかと疑いの目を刺す。

 この財団とは今後なんども交戦し日本支部のトップを潰してようやく攻撃が止まる。このトップが陰のような存在で一定のタイミングでしか現れない。そのタイミングが中学二年生、その秋。当たり前のように選りすぐりの私兵をゾロゾロと引き連れ、尚更にトップも強い。


「狩りそこねたら長距離狙撃で植物状態にされるからな……しくじれない……」


 この世界は明広を殺さない。だが、生きた屍にすることはある。何度も狩りそこねて時を待つ存在になったことか、毎日泣きながら手を握るこのみの姿、霊体で見るのは心が凍る。


「さて、明日は素晴らしい一日になるな」


 正義を示す時、正義を執行した者は悪人の顔になる。


「なあ、……貴方はどんな気持ちで繰り返してきたんだ……?」


 また始まった。この男は自分自身を他人として認識している。今、この世界に存在する、軸となる相沢明広は二人存在しない。


「俺はもう、前の名前すら忘れた。確かに『相沢明広』という存在として正しいのかもしれない。だが! それでもなんだ」


 手を広げて第三者視点で一人称を見つめる俺に語りかける。

 無駄口が多い、名無しになった貴様に相沢明広という名前以外は存在しない。この世界は貴様を舞台装置として選択し、最初の舞台装置は意味を失った。いや? 壊れたと表現した方がいいか……。


「どうして貴方は個を捨てた。どれだけ辛いことがあっても自分という存在を投げ出さなかった貴方は! どうして第三者である俺を巻き込んだ……」


 勘違いも甚だしい、貴様は俺という存在の身代わりとして自ら飛び込んできたに過ぎない。第一に貴様は西暦とほぼ同い年になるまで諦めることなく『相沢明広』という酷く安定した舞台装置の歯車になったではないか。


「教えてくれ、寿命の先に存在した結末……それは終わりだったのか? それとも……」


 ――始まりだ。

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