6:お好み焼き屋は爆破されるもの

 深夜に父が咄嗟に起き、子供達が寝ていることなんてお構いなしにドタドタと足音をたてて家を飛び出していく。明広は布団の上で「名物だなぁ」と笑い目を瞑る。これから先、あと二回も爆破されるのだから名物と言って過言ではない。なんなら原作ではグッドエンディングを達成するための必須条件、爆破しなければならない。制作陣はお好み焼き屋に恨みでもあるのだろう。

 ウトウトと睡魔が回ってくると同時に部屋がノックされる。


「お兄ちゃん……起きてる……?」

「んー? このみちゃん……どうしたの」

「怖い夢見て……お父さんの足音で起きれて……」


 このみはトテトテと明広の布団の中に入ってく。彼は苦笑いを見せながらもこのみに布団をかけて寒くないように近くに寄せる。


「……温かい」

「温めておきましたお嬢様」

「ありがと……むにゃぁ……」


 安心したのか兄の布団で子猫のように眠る。この愛らしさによって何度一線を越えたことか、明広は頭の中で般若心経を唱えて己の欲を必死に掻き消そうと努力を開始した。



 朝一番に父の店を見に行くとそこは綺麗に爆破されていた。天井にも大穴が開いており開放感抜群なんていう不謹慎な表現をしてしまう。勿論ガス設備の誘爆ではなく人為的な爆破。結衣を誘拐した半グレ組織アルタイルが人気のない時間帯にダイナマイトを投げて爆破、ガス管にも引火して大惨事というわけだ。

 消し炭というわけではないが、骨格くらいしか残っていない。出来たばかりの店の前で崩れ落ちる明文、これから何度も爆破されるのだから気の毒としか言いようがない。


「おれの……ゆめが……」


 保険でどうにかなると説得するが出来て一ヶ月も経っていない店が爆破、店主として心にクルものがあるのだろう。それでも乗り越えてもらわないとならない。これで心が折れてしまったら名物が二度と見れなくなる。



 警察の事情聴取やら保険会社との交渉やらで楽しくショッピングできるような時間帯でもない。この機会に出来なかったことを消化しよう。父も店が復活するまでは暇になる。

 家に常備してある線香とロウソク、着火するためのマッチなどを用意して後は近所のスーパーか何かで花を購入したらお墓参りができる。あの日、妹と約束したお墓参りは彼女の母が眠る墓地の場所がわからなくて断念した。一応は恥を忍んで母に連絡を入れたのだが、今はハワイでバカンスしていると言われて数秒で切られてしまう。

 不謹慎な奴らだと声を荒げたくもなるが妹を怯えさせる可能性によって理性が働いた。人の親になったことがある人間がこうも欲に溺れるとは嘆かわしいものだ。

 幸いにもこのみの母が眠る墓地は彼女の母方の親戚が教えてくれた。もちろん無料なんてことはない。彼女の祖父母に当たる人達は娘の死を酷く悲しんでいるらしい。だが、このみを引き取る気は無い。墓の場所は個人情報なんて言葉をならべて金銭を巻き上げてきた。本当に大人ってのは汚い。


「……荒れ果ててるな」


 これは酷い。誰も墓参りに来なかったのか墓石は砂埃がこびり付き、飾られている造花も色褪せてすべてが灰色に変色している。別に毎週墓参りをしろとは言わない。せめてお盆くらいは顔を見せるなりすればいいものを、彼らはそれすらしていないらしい。

 聞いた話によるとこのみの母が死んだ後に莫大な保険金が支払われたらしい。世間体も気にして一応はお墓を建てたのだが、建てた後は知らぬ存ぜぬで造花の殆どがプラスチックの棒になるまで放置。嫌な話だ。

 夫の事業の失敗によって夜の街に出稼ぎに行き、最後は客に首を締められ絞殺。本当にこの世界はヒロインに厳しすぎる。


「ごめんね……お母さん……!」


 その場で泣き崩れるこのみを父に任せる。


「父さん、掃除は俺一人でやるから気晴らしにドライブでもしてきて」

「わかった。頼むぞ」

「うん。こんな汚い状態にしてたら祟られちゃうからね」


 泣きじゃくる妹を父は優しく抱き上げて連れて行ってくれる。彼は墓の前に立ち、深々と頭を下げる。


「遅れてしまいすいません。このみちゃんの兄として眠る場所の掃除をお許しください」


 明広は汚れている隅々をブラシや雑巾で綺麗にしていき、新しい水を入れたり花を切ったりとやれることすべてをこなしていく。

 そして一時間後には他のお墓と遜色ない輝きを取り戻し花も綺麗に飾られている。

 袖で汗を拭い、そして一礼。


「俺は……このみちゃんを末永く幸せにすることはできません。それは、自分が背負っている未来にこのみちゃんが立てないから……! でも、このみちゃんが本当に好きな人と未来を歩めるよう、俺は全力で彼女を支えます。お義母さん、血の繋がらない息子のワガママをお許しください」


 もう一度、深々と頭を下げる。

 ドライブを終えた軽自動車が帰ってくる。

 明広は胸を抉られたような痛みに悶える。

 自分は、この物語に必要な存在。それと同時に不要になる存在。

 この世界は彼を利用する。彼はこの世界を利用できない。

 不条理だ。

 ――俺もそう思ったよ、もう一人の相沢明広

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