5:誘拐とトカレフ拳銃

 性善説と性悪説、人間はどちらなのか? それは何千年も続く謎掛けだが極悪人を見ていけば性悪説の方が信憑性は高いだろう。人間は生まれながらにして悪であり、それを理性という正しさで保っている。だが、一度でも正しさを捨てれば、それは悪を肯定し続けることになるのだ。

 反社会勢力、反社や半グレとも言われる存在。それは誰がどう見ても極悪人の巣窟。違法ドラッグ、人身売買、揺すりたかり、彼らがやっていることは数しれない。そして厄介なところは所謂ところのヤクザと違って踏み込んではいけない一線というものを持ち合わせていない。

 明広が警察に突き出した男、一見はただの性犯罪者に見えるが実際のところは半グレ組織の重鎮で、幼い子どもの純潔を散らすのを好んでいたらしい。だが、そういう子供を売り物にする売春宿が閉鎖し、暴走した結果、彼は強姦という行為に及んだ。だが、明広によってそれは未遂という形で終わった。

 でも、汚い大人の考えることは悪どい。

 地元では明広が宝くじの一等を三枚も当選させたということは有名な話しで通帳には大量の金額が記載されている。だが、相沢家は新築マンションで警備が厳重。強姦未遂事件のせいで警察官も過剰にパトロールを繰り返しているので明広を誘拐するなんてことは難しい。

 だからこそ、強姦未遂事件前回の事件の被害者――新島さくらと立木結衣に目星が付けられた。

 なぜ、小学五年生の少年が刃物と拳銃を持った男に立ち向かったのか? それは二人の少女が彼の友人であるから。もし友人でなくとも少女を誘拐すれば身代金を要求することもできる。なんなら相沢家に金の工面を頼んですんなりと身代金を用意するかもしれない。誘拐しない手はない。

 悪い顔の大人達は汚い笑みを見せる。

 ――世の中は金さえあればすべてが解決すると言わんばかりに。



 いじめ事件もありクラスでの明広の評価は触れたらいけない存在へと変化した。それもその筈、相手を一方的に貶めて自分は我が物顔で授業に出ている。弱者は強者に喰われ、食い尽くされたら死に晒す。その真逆をやってのけた彼に好感を持てる者は少ない。

 誰もが思っていた。耐えきれなくなって明広が転校するだろうと。

 明広がそんな面倒くさいことはしない。ヒロイン達も転校しない、これからの事件はこの学校の生徒ヒロインが巻き込まれる。この学校を去ることは物語の否定にも繋がる。物語の否定は自分自身の否定。

 そんなこんなで時刻はお昼休み、学校給食を食した後はお友達との楽しいおしゃべりタイム、そんなものはない。実際、明広に友達はいない。ヒロイン達とは軽い会話をすることもあるが基本的には女の子の空間に踏み入れないのが男子。

 本を読んで備えるかといつもの指南書を開くがか細い声だが妹の声が聞こえる。


「お、お兄ちゃんいますか……」


 誰の妹だとクラスが騒然となるが明広が立ち上がりの頭を撫でた瞬間に凍りつく。明広は基本的に笑わない。それが妹の前だと優しい笑みを見せている。もしかしたら親しみやすい奴なのか、そう印象付けるには十分過ぎるものだ。


「このみちゃんどうしたの?」

「えっと、お兄ちゃん……お散歩しよ……?」

「ああ、そうだった。このみちゃんは今日が学校はじめてだもんね、お兄ちゃんが案内するよ」

「うん……えへへ……」


 手を繋いで教室を出る明広に氷より冷たい目線が二つ、結衣とさくらは見るからに嫉妬している。男子と女子は会話が続かない。明広は聞き手に回ることが多いので彼から話題を振るということが少ない。会話をするなら自分達から、でも、明広の顔をみると恥ずかしくなって好きだから長続きしない。


「……あいつに妹なんていたかな」

「小説みたいに義理の妹が出来たとか?」

「そんな小説みたいな……いやいや、あたし達も小説みたいなことになってたわね……」


 刃物を持った強姦魔に襲われそうになったところを助けられ、最終的に拳銃まで飛び出してきたトンデモ展開。それでも自分達は怪我一つなく普通に学校に通っている。小説より奇っ怪な状況なのではないだろうか?

 彼女達は少しだけ悩むが結論は出ている。


「結衣ちゃん……相沢くんともっと仲良くなろうよ……」

「そうよね、助けてもらったのに友達以下の関係ってあたし達どれだけ冷たいのよ」


 明広は近寄りがたい雰囲気を纏っているがこのみに見せた笑みを見たら雰囲気だけだと思えてくる。



 学校で行うすべてが終わり帰りの準備、新しい教科書とランドセル。小学五年生にもなってランドセルを買い換えることになるのは少しだけどうかと思う。ランドセルなんて小学生の間しか使わない。


(でも、ランドセル使うとドスの攻略が段違いなんだよな)


 ランドセルは小学生が持てる最強の防具だと誰かが言っていたような、言っていないような。

 教科書類をすべてランドセルに収納し、妹を拾って帰ろうと考えた時に二人の少女から声がかかる。


「相沢くん……一緒に帰らない……?」

「いいよ、確か途中まで同じ道だし。ただ、妹を拾わないと」

「断らないのね……以外……」

「断る理由なんてないよ、茶化してくる男友達もいないし」


 結衣が一人くらいと喉まで出かけるが、よくよく考えてみると彼の周りの男子生徒は皆すべてと表現できるくらいいじめっ子、明広はいじめられっ子、それ以外は傍観者。友達と呼べる男子生徒は一人もいない。だから茶化されることもないし、恥ずかしいと思う必要もない。

 いじめられていた理由も父親が借金まみれだったから。本当はいじめられる理由なんて何一つ無い。少しばかり愛嬌が無いだけで至って普通の小学五年生、そう考えると非常に不憫な存在。


(傍観者だったあたしも同罪だけど……)


 自身がいじめられた経験からいじめっ子もいじめられっ子も避けてきた結衣だが、明広の凛々しい対応で心変わりしている。毅然として振る舞えば相手は勝手に消えていく。消えないなら頭を使えばいい。本当にそれだけ。


「お兄ちゃん……帰ろ……?」

「ああ、このみちゃん。この二人も途中まで一緒だから」


 このみを見つめる結衣とさくら、二人の頭の中にある表現は一つ。


((天使みたい……))


 自分達よりずっと小柄で線が細く近くで見てみると小動物のような独特の可愛らしさがある。それに付け加えて現状明広以外に心を開いていないことを加味するとその愛らしさが際立つ。まさしく小動物系。


「へぇ、このみちゃんは相沢くんのお母さんの再婚相手の連れ子なんだ」

「なにそれ、お母さんが好きな昼ドラよりドロドロしてない?」


 帰り道でこのみの身の上を少しだけ話した。すると二人は小説やドラマよりネットリした家族関係に若干の気負い。確かに浮気した母親の再婚相手の連れ子となると義理の兄妹になるまでのハードルは高すぎる。なんならこのみが悲惨な最後を辿らないのであれば明広も無理に助けることはしていない。

 義理の兄妹と言えば親の再婚相手の子供、親権を放棄した方の親から妹を引っ張ってくるなんてまず無い。現実は小説よりなんとやらだ。


「……えっと、ごめんなさい」

「あ、謝らなくていいから! ちょっと相沢! 睨まないでよ!?」

「こわかったねーこのお姉ちゃんとは絶交するからねー」

「絶交なんて一日で忘れる言葉使わないでよ!」

「ふふっ」


 小学生とは言えど三人の美少女を侍らせている。これは紛れもない事実。だが、この先の未来を思い出すと素直に爆ぜろとも言えない。

 明広は笑みを見せてこの時間がずっと続けばいいと心の中で呟く。


「あ、相沢が笑ってる!」

「わ、本当だ!」

「え、結構笑う方だと思うけど……」

「いっつも教室ではムッスってしてるわよ」

「そうなのかな……?」


 このみに助け舟を求めるが彼女もふとした瞬間に笑みを確認できるだけで常に笑っているという評価は下せない。


「……結構笑ってる方だと思うんだけどな」

「でも、お兄ちゃんは……クールでカッコイイと思うよ!」

「このみちゃんは偉いねぇ、愛嬌が無い兄貴を必死にフォローするなんて! あたしは絶対にしない」

「結衣ちゃんはお兄ちゃんいるもんね」

「うん、上に兄貴、下に弟。このみちゃんみたいな妹が欲しかったな~」

「あげません!」


 このみの頭を撫でて牽制を入れる。二人は必死な兄の姿にクスクスと笑い出す。明広は必死過ぎたかと頭を掻いた。


「結衣ちゃん、相沢くんとこのみちゃん。わたしはここで」

「気をつけてね」

「またあしたー」

「あの、またあした……です……」


 最初の分岐でさくらと別れる。その後に結衣と別れて自宅に到着する。


「このみちゃん、友達はできたかい?」

「えっと……話せる子はできた、かな?」

「よかった。勉強もわからなくなったらお兄ちゃんに言うんだぞ」

「うん!」


 明広はこのみに見られないように渋い表情になる。明日、そう明日。明日のこの時間帯に事件は起きる。それを攻略しなければ立木結衣は死ぬ。



 明広は書斎の鍵を閉めてホワイトボードにペンを走らせる。


【反社少女誘拐殺人事件】


 明広はプリントした写真をマグネットで貼り付けて潜伏場所に使われる廃工場の地図にも目を通す。何度も繰り返して体で覚えているものだが、どうにもブリーフィングを行わないと失敗してしまいそうという強迫観念に襲われる。


「こことここ、そしてここ、敵は七人。一階に四人、二階に三人」


 地図に赤点をつけて拳銃持ちの部分には丸を描く。

 今更ながら小学五年生の男児が拳銃で武装した半グレ集団とドンパチするなんてありえない。だが、現実問題これを解決しなければ物語ははじまらない。失敗したら残りの人生は日記の先より酷いものになる。

 明広はため息をついて椅子に腰掛ける。


「……最初に二人無力化できれば」


 印刷された結衣が誘拐される現場、そこは人通りの少ない路地。誘拐に適している。ここで最初に拳銃持ちを無力化し、二人目を無力できれば四人しかいない構成員は明広と交戦する。だが、一人だけしか無力化できなければ結衣は工場に連れて行かれる。

 繰り返す世界で軍属になっている明広にとってチンピラと戦闘することなど朝飯前、路地とは言えど住宅街で発砲することは無い。逆に逃げるチャンスがある廃工場なら容赦なく発砲してくる。

 この世界のご都合主義で明広は絶対に死なない。逆にヒロインは非常に死にやすい。


「……本当に難しい世界だ


 ホワイトボードに相沢明広と書き記す。


「……相沢明広、この名前も西暦とほぼ同い年。次は西暦より爺か」


 ノーコメント。


「次は日本より年上かもな、相沢大先生」


 問うな!


「もう、本当の名前すら忘れたよ」


 語るな!


「なあ、相沢大先生……アンタはどこにいるんだ……?」


 ――俺に縋るな!



 学校が終わり通学路を歩く。昨日と同じように四人が三人、三人が二人、明広はこのみに嫌な予感がすると言って結衣が歩いていった方向に駆ける。体感だと少しだけ早く追うことが出来たので迅速な突破が可能かもしれない。

 普通に歩く結衣の後ろ姿が見えた。路地裏に隠れて地面に落ちてある空き瓶を拾い上げる。白いバンも駐車されている。バンから人が出た瞬間に彼も飛び出す。


「なにっ!? う――!!」

「早く車にのせ――ウッ!?」


 男の一人に空き瓶が命中、そのまま顔に向かって膝を思い切りぶつける。二人目に取り掛かろうとするが結衣は車に詰め込まれ、走り去った。

 舌打ちをし、銃持ちを優先し過ぎたと反省する。そのまま気絶している半グレの懐から新聞紙に包まれた何かをズボンに挟んで大通りに出てタクシーを拾う。

 この場所から廃工場はタクシーで数分の場所、いつものように見張りも立てずに廃工場には下衆の香りが漂っている。タクシーから降りて誰も見られていない場所で新聞の中身を握る。

 トカレフ拳銃、反社が大好きな一丁だ。

 スライドを引いて初弾を装填。


「うー! うー!!」

「へへっ、こいつは上玉だなぁ、下洲の兄貴が捕まってなかったら凄いことになってたかもな」

「何いってんだ。下洲の兄貴はその子を襲おうとして捕まったんだぞ……本当にこんな乳臭いガキの何がいいのやら……」

「俺は女ならなんでもいいっすよ! この子も処女で死ぬのはいやでしょうから」

「勝手にしろ……」


 ――刹那、炸裂音が響き渡る。


「だれだッ!?」


 炸裂音と共に肩に広がる熱を伴う痛み、半グレの構成員達は慌てて応戦しようとするが自分達の拳銃持ちは右肩を撃ち抜かれて銃を抜けない。そのまま男達はなすすべも無く肩や足を撃ち抜かれ戦闘不能になる。


「お、おまえは……何もッ!?」


 銃持ちの半グレを蹴り飛ばし懐からトカレフの新しいマガジンを装填する。そして無表情に二階にあがる。するとそこにはトカレフを構えた男、もちろん発砲される。

 互いに同時、だが、経験の差で明広の弾が当たり、半グレの弾は逸れる。そのまま残りの半グレにも致命傷にならない程度に弾を浴びせて誘拐された結衣の縄とガムテープを剥がす。


「あ、あいさわ……?」

「もう大丈夫だ……」


 明広は窓に向かって一発だけ発砲し警察が辿り着く時間を縮める。その後はタクティカルリロードしたマガジンから弾を抜き取り、マガジンにロードする。残弾数は8+1の九発、無謀に立ち向かう気にもならないだろう。


「あ、相沢……逃げた方が……」

「ここに居た方が後々が面倒くさくない。それに腰が抜けて立てないだろ」


 震えている結衣の頭を膝に乗せて頭を撫でる。緊張の糸が切れたのか静かな吐息、眠ったようだ。

 明広は悶ている半グレ達を見て思う。


(明日……ハレスティ名物が見れるな……)


 ハレスティ名物『お好み焼き爆破』。

 苦笑いを見せた。

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