第十一章 捕縛(1)
「非人頭と、その後継予定の十兵衛という男がいるはずだ」
恭太郎が二人の動向を探れ、と密かに野辺に命じたのは、火事の起きた当日のことであった。
「恐らく十兵衛は秋津の行方を捜している」
「非人同士のいざこざから火付けに走った、ってことですか」
此度の件に限っては、非人に通じる可能性のある目明しは使わぬよう言い含め、恭太郎は十兵衛の特徴を話して聞かせたのである。
秋津の話に聞いた限りでは、火は秋津のいない時を見計らって放たれた。
即ち命そのものを奪うことが目的ではない。
秋津が火事に気付き岩屋へ戻った時には、火を付けた者の姿は既に無かったのだろう。
野辺は二つ返事で恭太郎の意を汲み、非人頭の源太郎と十兵衛の二人を密偵するに至ったのである。
非人頭のほうは引退も間近なこともあってか、然程に表へ出歩くことはなかった。十兵衛はやはり、卸問屋を廻り歩く他に町内のあちこちを徘徊している様子であった。
昼日中は歩き回り、日暮れが近くなると御堂の焼け跡に立ち寄る。それから非人頭を訪ねているようだった。
日が暮れてしまえば、非人長屋の辺りは殆ど月明かりのみ。
人の行き来もなく、ひっそりと静まり返った中に近くを流れる河のせせらぎと虫の声が聞こえるだけである。
宵闇に目立たぬ藍尽くめの目明しが五名ほど、遠くに近くに見張っていることには、長屋の誰も気が付いていなかった。
***
恭太郎の父である帯刀は、あまり笑わぬ男だった。
袴の紐を締めながら、帯刀は身支度を手伝う妻の美代に話しかける。
「やはり依包の持ち場に恭太郎をやったのは間違いではなかったようだ」
「お勤めは順調なのですね」
帯刀の声に喜色が滲んでいるように感じるのは、気のせいではないなと美代は思う。
「依包から報告があってな。近頃は刑の執行でも泰然として、肝が座って来たという。生来の温厚な気質は致し方ないにしろ、上に立てば時に非情な決断を下さねばならぬことも間々ある。良い傾向だろう」
「そうですか。昔から優しい子でしたから、荒事には不向きと思っておりましたが……」
「刑場から逐電したと聞いた時は頭が痛くなったがな。依包によればここ最近で胆力が備わってきたらしい」
依包は温厚篤実で人望もあるが、道理に悖ることには苛烈な処断も辞さぬ男だ。
その依包が言うのだから、恭太郎も成長したのだろうと帯刀は言う。
滅多な事では笑わぬ夫だが、今朝の饒舌さから美代には夫が心底喜んでいるのがわかった。
いつも押し隠しているが、感情豊かな一面があることをよく知っている。
「近々、縁談を進める心積もりでおけよ」
「縁談ですか。ようやっと、ですね」
元宮家にとっても、縁談は予てからの懸念だった。
幾つか話はあったものの、当主の帯刀が首を縦に振らなかったのだ。
美代も内心で一体いつになるものかと随分やきもきさせられた。
「番頭の成田三右衛門殿から、十六になる三女の登美姫をどうかというお話があった」
「それは喜ばしいこと」
千二百石の成田家ならば、一千石の元宮家に嫁すにも申し分はない。
年の頃も恭太郎とは十近く離れてはいるが、そう気になるほどでもないだろう。
「すぐに恭太郎にもお伝えになりますか」
「いや、今はまだ伏せておく。放火の一件が片付いておらんからな。話を進めるのは、その後だ」
「わかりました」
美代は羽織を着せ掛けながら微笑んだ。
「ですが、恭太郎のほうはどうも今朝のうちにお伝えしたい事があるようですよ」
早朝から、邸の中庭で素振りに精を出している恭太郎の姿を目にしていた。
荒事には不向きでも、藩で武道を奨励されている以上は恭太郎も剣は遣う。
今朝はどことなくその気配に精悍さが宿っているように感じたのだが、ひと汗流した恭太郎から父上に申し上げたい事があると告げられた時、美代は言い知れぬ不安を覚えていた。
「恭太郎がわしに、か? 珍しいな」
「はい。何でもその火付けに関係することのようですが……」
帯刀が奥座敷に呼ぶよう美代に言い付けると、幾許もなく恭太郎が顔を見せた。
「何か行き詰まっておるのか」
「いえ。調べは進めておりますが、一つ懸念があり、ある町医に娘を匿わせております」
帯刀の眉間が俄に狭まる。
が、正面に座した恭太郎は平然と続けた。
「火事で駆け付けた折、御堂の裏の岩屋に倒れていたのです。幸い命に別状はなかったものの、いつまでも町医の一室を塞いでおくわけにも参りません」
「待て待て、その娘が命を狙われているとでもいうのか」
一体どこの誰かと問えば、恭太郎は徐に目を伏せた。
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