刑場の娘

紫乃森統子

第一章 刑場の娘(1)

 

 

 非人。

 士農工商の枠からもはみ出した、人としては扱われない階級。

 主な生業は罪人を処刑する刑場での人足、引き廻しの付き添い。

 それ以外に日銭を稼ぐには、町で拾い物をするしかない。

 人の毛髪を掻き集めては、鬘の材料として売り、反故紙を拾い集めてはまたそれを売る。

 その日その日の稼ぎで食い繋ぐしかない、極めて危うい生活を強いられる。

 秋津という娘も、非人という、身分とは称し難い身分にあった。

 

 ***

 

 処刑は、城下の外れを流れる河岸で行われた。

 東北の夏は比較的涼しいといわれるが、藩の領土は盆地になっており、盛夏には酷暑とも言うべき暑さになる。

 油蝉の頻りに鳴く声が、切れ間なく聞こえていた。

 囚人は女だった。

 まだ若いが、獄中での暮らしが長かったのか、やつれて汚れきった姿をしていた。

 二十一、二ほどの、女盛りといってよい妙齢に見えた。

 元は艶麗だっただろう面立ちは、今は痩せこけ、頬骨が張っている。

(可哀想にね)

 秋津は思ったが、心底からの同情ではなかった。

 女の哀れな末路を目の当たりにし、形式的にそう思っただけである。

 市中引廻しの後に刑場へ着くと、女は馬から引きずり降ろされ、馬添え人足の非人の男が五、六人で取り囲む中、秋津が女の身につけた物を見定めにかかる。

「悪く思うなよ。あたしもこれが仕事だからな」

 そう一声かけるのは、秋津のいつもの癖だった。

 刑を執行するのは、名目上は郡代や郡奉行といった重役連中だが、実際に罪人の衣を剥がし、その身に刃を突き立てるのは刑場に雇われた手伝い人足の者たちだ。

 罪人は、その身分や財力によっては最期の道中に盛装することを許可されていた。

 ゆえに、大抵の罪人は自らの有りっ丈の財産を注ぎ込む者が多い。その財力を市中の人々に見せ付けるかのようにして、死出の道を着飾って行くのだ。

 盛装の許可は恐らく、死にゆく罪人へのせめてもの温情なのだろう。

 女はしかし、みすぼらしく薄汚れた単一枚で引き摺られてきた。

 最期を華々しく着飾るだけの財力も、また相応の身分もないことが窺える。

 尤も、どれほど華美に着飾ったところで、最後には全て非人に剥ぎ取られ、結局それらは非人の取り分となるのだが。

 処刑の手伝いには微々たる報酬があったが、非人たちはそれ以上に、こうした罪人の財産を目当てにしている。

 役人から受け取る雀の涙ほどの報酬は、その日一日の糊口を凌ぐだけで消えてしまう。

 そんな駄賃のような報酬よりも、罪人の衣服や金品のほうがよほど良い稼ぎになった。

「何だ、単一枚引っかけてるだけじゃないの。他に身に付けてるものがあるならお出し。じゃないと、あたしがお咎めを受けちまう」

 蒼褪めて俯く女囚は、今にも崩れ落ちそうに震えていた。

 無理もない。刑の執行を目前にした囚人とは、大方そんなものだ。おののいて口も利けなくなっているらしい。

 秋津はふと、女囚が胸の前で両の手を握り合わせているのに気が付いた。

「ああ、何か持ってるね? 悪いけど、それも駄目だよ。物は持たせちゃいけないって御達しだからね」

 握り締めた物を催促するように手を出すと、女囚は顔中を引き攣らせて秋津を見た。

「守り袋か……。まったく、仕様がないね。そいつだけは見逃してやるよ」

 女囚にとっては、その小さな守り袋が最後の心の拠り所なのだろう。

 金目の物でもなく、武器になるような物でもない。守り袋程度なら役人どもも見逃してくれるだろう。

(今日は働き損だな)

 玉一つ、珊瑚一つも身に着けていない女を流し見て、秋津は短く溜息を吐いた。

 処刑の手伝い人足を生業のひとつにしている非人たちは、当然ながら幾度となく、この刑場で処刑される罪人を見続けてきている。

 無論秋津もその一人なのだが、何度見ても慣れるものではなかった。

 様々ある処刑法の中でも、磔は特に惨い。

 処刑法はその罪状や罪人の身分によって決定されるものだが、磔は中でも特に凄惨さを極める刑罰だ。

「あの女、罪状は何だろうね」

 秋津は磔柱の方へ引き立てられていく女の背を見送りながら、仲間の一人に小声で尋ねた。

 同じくこの刑場の手伝いをする、非人仲間の十兵衛だ。

「よくは知らねぇが、まあ関所破りか不義密通か……。磔にされるとこを見ると、そんなところじゃないか」

「ここ最近、殺しや火つけの話は聞かないし、やっぱり密通かねぇ」

 十余人の非人の男たちが、罪人の女を柱に括り付ける。

 木材を十字に組んだ磔柱は、ざんばら髪の女囚の体と共に立てられ、その下部は三尺ほど地中へ埋め立てられた。

 吹き付ける風は強い。

 遮るものの何一つない河原では、風は強かに女の薄汚れた髪を嬲って通り過ぎていった。

 いよいよ執行の準備が整ったと知ると、十兵衛は長槍を携えて秋津の許から一歩離れる。

 が、すぐに強張った面持ちで秋津を振り返った。

「秋津。おめぇ確か磔は苦手だっただろう。どっかで目と耳塞いでろ」

「何回立ち会ってると思ってるのさ。もう慣れたよ」

「どうだか」

 突っ撥ねた秋津を揶揄うように笑ってから、十兵衛は磔柱のほうへと駆けて行った。

 

 ***

 

 殆どは、刑の第一段階で気をやってしまうものだ。

 これから囚人の身を抉る二本の槍の穂先を、その眼前に見せつけるように交差させる。

 カシン、と乾いた音が響くと、囚人の多くはそれだけで気絶する。

 これを「見せ槍」と呼んだ。

 だが、今日の女囚は喉の奥で引き攣った悲鳴を上げながらも、気をやることはなかったようだ。

 恐怖に慄き、その切っ先を凝視して訳の分からないことを喚き出し、縛り付けられて動けぬ手足を動かそうと闇雲にもがく。

 辺りの役人に、文字通り必死の訴えを繰り返すが、死を目前にした恐怖心からか、うまく呂律が回っていないらしい。

 

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