第60話 どの口がどのツラ下げて言うんだ



さて、ゆっくりとステータスを見ている場合でもない。


俺は倒れた男のそばを駆け抜けて、奥へと向かう。


最初に訪れたのは操舵手の元だ。

抵抗するならば戦いも仕方ないと思っていたが……


「わ、分かったから! このとおりだ!」


はじめから両手をあげて降参してくれたのだから、ありがたかった。

ひとまずその場に拘束し、運行を止めさせる。


その時のことだ。

後方の倉庫らしき場所から、爆発音とともに火の手が上がった。


身を震わせるような雄叫びまで聞こえてくる。


「……赤虎のやつ、暴れすぎだな」


ただ、倉庫の茶を燃やすという任務を達成してくれたことには違いない。


そうなったら今度は俺の番だ。


急ぎ、船内へと入る。


首謀者がどこにいるのかは、警備体制を見れば一目瞭然だった。

明らかに人員が割かれている一室の奥へと飛び込めば、そいつは唐突に切り掛かってきた。


眉間に皺を寄せ、叫び声を上げるは、ローザスの商人ギルド長だ。


「……やはり貴様だったか、ディルック・ラベロ! やってくれたじゃないか、お前のせいで全て台無しだ!!」


俺が咄嗟の判断でその太刀を受けると、まず鍔ぜり合いになる。

しかし、相手は素人も同然らしい。


剣を横へと薙ぎ払うとすぐに体勢が崩れたので、その胴へと一撃を加えた。


白龍の力も加えたから、これで終いだと思ったのだが……


剣身が防具に触れると、魔力が吸い取られる感覚に襲われる。

思いがけず剣が弾き返されて、俺は一度距離を取った。


「……それは、茶を売った金で手に入れたのか?」


睨みつけたのは、ギルド長の纏っていた防具だ。


全身を覆うその鉄鎧は、並の素材ではない。たぶん、阻害魔石が埋め込まれていて、加えた魔力が逃げていく仕組みになっているのだ。


これが職人に作らせた特注品だとすれば、相当に値が張るはずだ。


少なくとも、普通のギルド経営者に手の届く代物ではない。


「はは、それは少し違うな。これはいわば、前借りで貰ったものさ。

 あの茶は飲めば咳症状が現れ、完全に止めようと思えば、飲み続けるほかない。そしてそのうち量を増やさなければ効果を発揮しなくなる。

 つまりこれからだったんだ、私の撒いた種が金になるのは!」


ギルド長はそう声をあげると、出鱈目な太刀筋で斬りかかってくる。

その剣に纏わりつくは、不穏な魔力だ。それは、あのドルトリンから感じた妙な感覚に近い。


「お前、『暁月の継承者』から力を得たのか……⁉︎」

「はは、その通りさ! 彼らは、商売だけで生きてきた私に、貴族どもをも従える術をくれたんだ。

 だから茶を売った利益を献上することで、その恩に報いようとしていた。

 それが、お前のせいで全てが台無しだよ!! どうしてくれる!!」


……どの口が、どのツラ下げて言うのだろうか。


どうしてくれるは、決してこいつのセリフではない。

邪な理由で搾取の対象とされた善良な民の方が言うべきものだ。


鮮烈な怒りが腹の底から沸き起こってくるが、俺はそれを抑えて冷静に状況を整理する。


斬撃を加えても、魔法が無効化されるせいで、ただでダメージは通らない。

しかも相手側も魔法を使ってくるのだから、それへの対処も考えなくてはならない。


そうなったら、取れる方法は一つだ。


俺は赤虎の速さと力で持って、ギルド長の拙い剣を下へと叩きつけた。


防具を攻撃すれば魔法が無効化されるが、彼の握っている武器は別だ。


魔力を込めた剣による強い打撃を加えることで、握力をなくしたギルド長は刀を落とす。


俺はそれを遠くへと蹴り上げた。


「はは、無駄だ! 私の防具はお前の魔法だって弾き返せーー」


なおも余裕すら思わせるギルド長相手に発動したのは、慣れ親しんだ錬金術だ。


ただし、直接的に彼にかけても防具の効果で弾かれるかもしれない。


そのため、彼の周囲を囲うように、近くに置いてあった樽や鉄具などを変形させ、牢を作り出したのだ。


「な、なんだと……! くそ、なんで!!」


男は牢の内側から柵を殴りつける。


が、いくら魔力のサポートがあるとはいえ、たかが素人の拳打じゃびくともしない。


「防具に頼りすぎなんだよ、あんたは。

 武器がなけりゃ、この牢は簡単に壊せるような代物じゃない。諦めることだな」


俺の宣告に、ギルド長はうめき声を上げながらその場に崩れ落ちるのであった。

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