第44話 主従を誓う盃【二章最終話です】

村人たちや、来訪者である亜人たちと談笑をする。

ドワーフたちとは、次なる魔導具製作の議論も交わした。



そんな賑やかしい空気の中、一際しんみりと食事を楽しんでいたのは、デミルシアン族である。


俺がその輪に混じると、


「「ディルック神様!! おぉ、我らの神がいらっしゃりました!!」」


両手を結んで、見上げてくる。


……いやいや、めちゃくちゃ人間なんだけどね?



俺は身体を仰け反って、彼らの信仰心十分な視線から逃れる。


一歩、二歩とたたらを踏んだところで、勢いよく俺の足元に座り込んだのは、コロロだ。


背筋だけでなく尻尾までぴんと立てて、形式ばった土下座をする。


「ディルック様。改めて我らをこの村にお招きいただき、ありがとうございました。また、こうも早く我が両親を、森をお救いくださるだなんて……!

 もうどう言えばいいか」


「よしてくれよ、もう仲間なんだ。当たり前のことをしただけだって。顔上げてくれ」

「そう、ですか……。でも、これでは我らの感謝も、我の想いも伝えきれない。かくなる上はーー」


おもむろに、コロロは正座から膝立ちへと姿勢を変える。


なんだろうと静観していたら、がばり抱きつかれた。


「ち、ちょっと待て、なんだコロロ!?」


いきなりのことに戸惑う俺とは反対に、彼女は上機嫌らしかった。


尻尾を目一杯振り、耳もはためかせて、やたらと身体を擦り合わせようとしてくる。



説明してくれたのは、周りで見ていたデミルシアンの一人だ。


「頬を寄せることが、我らの種族にとって最上級の敬愛を示す行為なのです」

「……いや、でもそれ以外の場所も密着してないか、これ」

「それは求愛行動でございます」

「はぁ?! じゃあ最初からそれを言ってくれ!」


擦り寄るコロロに目をやれば、たしかに瞳の奥がとろんと溶けている気がする。


しかも、頬もほんのり赤いようだ。



距離を取ろうとする俺だったが、大地を高速で駆けることもできる彼女の腕は、力強い。


長い舌を出して、呼吸を荒くするコロロ。


なかばされるままになっていると、



「…………こーろーろーさーん?」



それは救いか、はたまた地獄の使者か。


暗い目をしながら、どろんと現れたのはシンディーだった。


妄想の世界から帰って早々、パーティーの場には似つかわしくない、邪悪なオーラを纏っている。



ゆらゆらと不安定な歩行でこちらへ近づいてくる彼女。

問答無用で、俺からコロロを引き剥がし、そのまま言い合いを始める。


「コロロさん! わたくしのいないところで、なんてことを! ずるいですよぉっ!」

「……すまない。思いが募るあまり、つい我を忘れてしまった。

 でも、そなたの旦那ではないでしょう? 我にもチャンスがあるかと思った次第です」


「くっ……。そーですけど! だとしても、あれは完全なる抜け駆けです、ズルです〜! 

 わたくしに先んじて、ディル様の匂いを嗅ぐなんてぇ。罪です、罪!」

「…………とても、心の安らぐいい匂いでした」


冷静なコロロと、平常心を失くし目を尖らせたシンディーが、勝手に対抗しあってヒートアップしていく。


俺は、そのうちにこっそり退散させてもらうこととした。



深まっていく夜の中、村は飲めや騒げやで大いに盛り上がる。


そして、もう宴もたけなわという頃合のことだった。


各種族の族長たちが盃を手に集まり、その輪の中心に、俺が呼ばれる。



「……どうか、我らにディルック様への忠誠を誓わせてください!!」


なにかと思えば、まさかのことだった。

傘下に入るために、誓いの酒を酌み交わしたいのだと言う。


「あなた方全員を配下だなんて、そんな。俺は別に、あの森を支配する気はありませんよ」

「そんなことは行動を見ればわかります。

 だからこそ、我ら亜人一同は、ディルック・ラベロ様についていきたいのです! その心に惚れたんだ、みんな」


こう弁を振るうのは、手長族の族長だ。身振り手振りで、熱く訴える。


「身を挺して、我らを守ってくださったあなた様は、暗闇を照らす光に同じ。あなた様以外、誰に忠誠を誓えようか。

 どうか、聞き入れてください! 俺たちも、ディルック様の作る新しい文明の一員となりたい」



手長族族長の嘆願は、どうか、どうか、と輪になって広がっていった。


俺は盃に注がれた酒を揺らし、少しだけ考える時間を作る。



忠誠どうこうを置いておくとしても、それはよい申し出ではあった。


亜人らにしてみれば安全を得られると言うメリットがあるし、うちにしても、まだまだ開発途上。


人手は多ければ多いほどよい。



「……そこまで言ってくださるなら。ただし、一つ条件があります」


悩ましいのは、一点のみだ。


「そ、その条件とはなんでしょうか!」


「絶対服従しろ、と言ってはアクドーと変わりませんから。

 俺が間違っていると思ったり、何か思うことがあれば、なんでも気軽に言ってください。

 それが条件です」


不当な主従関係だけは、どうしても避けたかった。


なにも恩を着せるために戦ったわけでもあるまい。

あの朝の戦いは、ただ大切な仲間を守るためのものだったのだから。



「ハッハハ、相変わらず面白いことを言うなぁ領主様は! それでこそ、俺たちクマベア族が忠義を尽くすに値する男よ」


クマリンが、盛大に笑う。


柔らかなタンポポの種が太陽の光を帯びて、空を舞うかの如くだった。

その笑い声が伝播したように、固唾を飲んで俺の話を聞いていた族長たちが歯をこぼして笑みを見せる。



その頃合いを見て、シンディーが俺以外のものの器にも酒を注いでいった。


全員で目を合わせてから、同時にくいっと煽る。


「これで、一心同体! 我々は、今後ともディルック様とともにあります。なんと光栄なことだろう……!」

「人間の主を持とうとは、少し前まで考えもしなかった。けれど、あなた様ならばこの身を賭してお仕えします!」



そうして、少しだけ妙な主従の契りは無事に交わされたのだった。




俺はふと、すっかり暮れた空を見上げる。

王都よりずっと綺麗な星空は、何度見ても美しい。


追放されてもう半年以上が経つのにこう思うのだから、きっとこの先もそう思い続けるのだろう。


ふと、流れ星が輝いた。

俺は目をつむり願いをかける。


祈ったのは、

『明日からはまた平和な日々になりますように』とそれだけだ。


城の構築、港の再建、魔導具のさらなる進化・量産化など、やるべきことを進めていくためには、平和が必須だからだ。



仲間と手を取り合って、安寧な日を積み上げていく。



その先で、古代文明の再興という大きな目標が叶えば、それが一番だ。



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