第36話 【sideシンディー】わたくしたちの主人は絶対に勝つ。そうと決まっている。


「ディル様、本当に無事でしょうか」

「心配いらないわよ、シンディー。彼の強さは、召喚されて長いあなたが一番そばで見てきたでしょ?」


「それはそうですけどぉ。誰にも負けるなんて思いませんけど。妻は、いつでも旦那様が心配な生き物なんです〜」

「シンディー、あなたねぇ。うちだって本心は、彼のために戦いたいわ。

 でも、うちらにはうちらの任務があるもの」


キャロットの言うことはたしかだが、である。

シンディーは、何度も後ろを振り返ってしまう。


「……たしかに、ディルック神様は強い。

 ただ森全体の種族を苦しめる大量の敵が相手、そう簡単にはいかないかもしれません。


 隣町の領主が代わってから、その侵略は亜人たちが束で対抗しても、止まってない……。かなりの難敵です」


手足を犬のそれに変えて、二人を乗せて走るコロロが不安げに言った。


その心配を、ふっと鼻で笑ったのはキャロットだ。


「大丈夫。今日が、その侵攻の止まる日よ。うちは、確信してる。だって、うちらの主人だもの。ディルック様は、絶対に勝つわ。そうと決まってる」


その言葉が、シンディーの胸を打った。


うん、たしかにそうだ。負けているディルックの姿は想像もできない。



ずっと一緒にいたから、ほんの少しの別れが、変に心をかき乱していたようだ。


シンディーは胸に手を当て、目を閉じる。お揃いで着けている腕輪に手を当てた。


そして、もう前だけ見ていようと心を新たにしたところだ。


そこに思いがけないものを視界に捉えて、シンディーは、前に座るキャロットの肩をつつく。


二人を乗せて走るコロロの背中を揺する。


「今度は何よ、シンディー」

「キャロットさん! なにか、走ってきてます!! あれ、なに…………って獣人さん!? うさぎの耳した人とか、手の長い人とか、たくさん! とにかく、たくさん、みんな武器を持ってこちらへ!」


動揺で、言葉を選べないまま発する。すぐ横を、矢が掠めていった。



なぜ獣人たちが自分たちを狙うのか。


分からないことだらけで、頭が混乱してきたところへ、


「シンディー、あなた錬金魔法は戦いで使える?」


キャロットが言う。


「……ディル様ほどうまくはありませんが」

「なら、うちらで止めるわよ。コロロは、そのまま走って!

 シンプルに考えるのよ、こんな時は。余計なこと考えたらダメ!」


姉貴分にあたるキャロットの指示に、二人は頷く。

そして、対処へと打って出た。


シンディーは錬金術を用いて、迫りくる敵を封じ込めていく。


こちらも、敵も動きながらの戦闘だ。


なかなか狙いが定まらないが、それでも土壁や木の網を作り出し、攻撃を防ぐ。


それらをくぐり抜けた者も、即席罠にハマり足止めを食らっていた。


「やるじゃない、シンディー!」

「キャロットさんこそ、さすがの罠です!」


しかし、それにも限度があった。


錬金術も罠もすり抜けてきた亜人・手長族の振り翳した槍が、彼女らに迫る。


その後ろからは、矢も追ってきていた。


「く、くそ、このままじゃ人殺しになっちまうウキ。く、くそぉ!!」


ためらう言葉とは反対に、武器は振りかざされる。


「コロロさんっ!」

「すまない、そなたらを乗せてだとこれが限界だ」


その穂先が自らの喉元へ向けられて、シンディーははっと息を呑んだ。


錬金術を組もうにも、もう間に合わない。


そのとき、彼女の頭を駆け巡るように埋めたのは、主人の顔だった。


(……ディルック様!!)



道半ばで前世を終えて英霊となってから、4000年間。

ずっとずっと、現れるのを待ち続けた主人だった。



その召喚スキルは、天より選ばれし者のみに与えられる、とても特別なもの。


人を愛し平和を好み、努力を惜しまず、他人のために心底動けるうえ、王の風格を持つーー。



そんな稀有な人にしか発現しないと、英霊になった時からシンディーは自然と理解していた。



だからこそ、召喚された時は奇跡が起きたと思った。


彼は自分に再び命を与えてくれた、ものを作る機会をくれた。誰かのために作るという、至上の喜びに気づかせてくれた。


それだけで十分、彼は愛するに足る人だった。



でも、それだけじゃない。

彼と過ごす日々は、どこまでも優しくなによりも甘美だった。


今は、前世よりもずっと充実している。それはひとえに、愛する人のおかげだった。


なによりかけがえない彼を必死に思って、シンディーは目を瞑る。


果たしてその願いは、


「ーーーーラベロ流・月影斬り!!」


届いたらしかった。


凶刃は三人の誰にも傷を負わせず、一本の刀によって防がれる。


「安心してくれ、もう心配ないよ」


待ち望んだ人、たった少し離れるだけでも焦がれてやまぬ人。


シンディーにとって唯一無二の男、ディルック・ラベロが龍の背に乗り、そこにいたのだ。



「ディル様ぁ! ディル様ぁ、ディル様ぁ!!」

「こら、シンディー。まだ戦ってる途中だから。でも、無事でよかった」



笑顔を向けられ、シンディーは、じわりと心を満たされ涙を禁じ得なかった。



やっぱり来てくれた、ご主人様は。

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