第7話 【アクドーside】公爵令嬢の気になるあの子も、僕じゃなくディルックが好きらしい



王には媚びへつらい、部下には理不尽な要求を繰り返す。


そうして仕事をおざなりにする一方で、アクドー・ヒギンスは遊びにうつつを抜かすようになっていた。



街へ出ては、家の名前を振りかざし手当たり次第に声をかける。


中には、その権力や金に目が眩んで彼と親密にするものもいたが、


「なぁ。そろそろ話をうけてくれてもいいんじゃないか、ナターシャ」


本命は別にいた。


ナターシャ・ウォーランド。


ウォーランド公爵家の娘であり、通称・「無の令嬢」と呼ばれる少女だ。


エメラルドグリーンの髪に、同じ色をした宝石のような瞳。


ヒギンスは、その儚くも気高い雰囲気が気に入っており、常々こうして声をかけてきた。



今日も、こうして屋敷まで足を運んでいる。



(……やはり僕のような身分の高いものには、ぴったりの美しい女性だ)


彼女の美貌に見惚れつつ、ヒギンスはナターシャの返事を待つ。



これまでは断られ続けていたが、今度は自信があった。

なぜなら、王の側近へと昇格していたためだ。


不相応な地位が、彼に無謀な勇気を与えていた。


しかし結果は、


「何度も言っているでしょう。あなたとの婚約は、父を通じてお断りしております」


今回も取りつく島がなかった。


心底冷え切った声で、彼女はそれきり口をつぐんで行ってしまおうとする。



「ま、待てよ、ナターシャ。僕は公爵の息子というだけでなく、ゲーテ王の側近でもあるんだぞ!」

「……だからなんだと言うのです?」


「僕は知ってるんだぞ。君が、あの謀反人・ディルックと親しくしていたのを! あれは、あのカスが王の側近だったからではないのか!?」


はぁ、とため息がつかれる。


ナターシャは呆れが多分に含まれた視線を、ヒギンスへと向けた。


「私は、ディルックの地位など初めから気にしていません。彼がとても誠実で素敵な方だったので、お慕いしていた。

 ただそれだけのことです。本当は、ついていきたかったくらい。低俗なのは、あなたの方では?」


「な、なにを言う! あんな小賢しいカスのどこに惚れたと言うのだ。それに、ついて行きたかっただと?

 残念だが、あそこは魔境! あのカスは今ごろ、どんな痛い目見てるだろうなぁ!!」


縋り付くように、思いついた罵詈雑言を吐き捨てる。


しかし、その予想は大外れもいいところ。


テンマ村が危険な場所であるのは確かだ。

けれど、ディルックは生き残っているばかりか、スキルの真の力に目覚めその秘めた能力を覚醒させていた。


もちろん、そんなことをアクドーが知る由もない。


「どうだ、心変わりしたか? 分かったら、僕の番になるんだ」


折れずにこう誘いをかけるが、「もういいでしょう? 早く仕事に行きなさい」とナターシャは話を切り上げた。



「あの者を金輪際、屋敷に通さないように」


こう使用人に言いつけ、屋敷の奥へと姿を消した。



絶句せざるを得なかった。


(この僕ではなく、あのクソ田舎貴族の外れスキルのカスを慕っている……だと?)


堪えようのない怒りが腹の底から沸き起こり、くつくつと煮え返る。


ありえない、ありえない。そう頭を抱えるが、お門違いな怒りだった。



スキルなどは関係ない。

そもそも初めから恋愛において、アクドーに勝ち目などなかったのだ。



追い払われて、アクドーは苛立ちを募らせる。


周りのものに当たり散らしながら、戻ってきたのは執務室だ。


山ほど積み上がった書類と、やつれ切った部下が彼を待ち受けていた。



「あ、アクドー様……! やっとお戻りになられましたか。

 一つご相談がありまして」

「……僕は今すこぶる機嫌が悪いんだが」

「そう申されずに! これは王都の防衛に関する話なのです。なにやら西の山で魔物の活動範囲が広がっているという話が持ち込まれましてーーーー」



長々とはじまったその相談に付き合う気は、さらさらなかった。

アクドーはその全てを聞き流し、一方で遠い地にいるディルックに勝手な怒りを覚える。


「それで、どうされますか。アクドー様」


いつの間にか、部下の話は終わっていた。


聞き返す気持ちになどなるわけもなく、アクドーは舌打ちをして、その部下を睨みつける。


「なんでもいい、そのままにしておけ! 僕は、もう帰る。あとは、また今度だ」


八つ当たりをし、書類を部下へと投げつける。


仕事のことなど、わずらわしい以外のなにでもなかった。

今はただ、ディルックへの憎さだけが彼の中に渦巻く。


結局アクドーは、そのまま街中の酒屋へと流れ込み、客を殴るなどひと暴れして怒りを収めた。



だが、傍若無人で身勝手な彼は知る由もない。



先ほど聞き流してしまった話が、王都に魔物の侵入を許す大失策になってしまうとは。

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