第23話 03:00 オズ博士&マジョリカ


 スローターハウスの最下層を支配する圧縮された闇の中、人造人間は湧き出る地下水に身体を半分浸しながら、鶏(とり)の目を通して深夜の空を見ていた。


 屠殺人(とさつにん)の知能が低下して操作が困難になって以降、永年コンクリートの兵舎に仕舞ったままだった鶏たちを、まさか自分で操ることになるとは思わなかった。


 脳内視野に複眼のごとく広がる数百のモニタはすべて鶏の視界である。

 それらを眺め、マジョリカの隙を発見すると攻撃に最も適した位置を飛んでいる鶏に特攻を命じる。


 命令を受けた鶏は肛門から突き出たノズルに揮発(きはつ)剤を噴霧(ふんむ)して一気に加速する。その加速の凄さたるや羽毛が空気抵抗に耐えきれず全て抜けてしまうほどである。


 あとはオーブンで加熱すればおいしいローストチキンになりそうな鶏たちをマジョリカは素早く回避し、またはスピアで斬り裂き、あるいは対物ライフルで破壊しながら逃走をつづける。


 常に進行方向を意識していないと飛行が困難になる。

 とはいえ背後も見なければ鶏の突撃に対応できない。マジョリカにとっては一度のミスが命取りになる状況であった。


 人造人間は暗渠(あんきょ)の中でようやく両足が自らを支えられるまでに回復し、危ういながらも立ちあがった。

 立坑の真下までよたよた歩き、顎(あご)を前へ突き出すように視線を上げると、円形に縁取(ふちど)られた景色の中に照明弾の明かりが見える。


 身体を支える骨は細胞が不足していて、そこに臓器やら筋肉やらを無理矢理巻きつけたから歩行もままならない。とはいえ、このままだとマジョリカとの距離が開きすぎて遠隔操作に支障をきたす。


 不完全な身体だが彼女を追跡しながら回復すれば、飛行によるエネルギー消費を引き算しても、追いつく頃には完全体になっているはずだ。


 身体を浮遊させてその場に留まり、飛翔に不具合はないか身体を揺すって確認したあと、目を閉じて鶏の視界と接続した。

 数分の間にかなり距離を離されていた。意識を集中させて鶏の速度を上げ、一羽をマジョリカと並走させてから声と聴覚も鶏に接続した。


「逃げ切れはしないよ。マジョリカ」


 マジョリカがスピアを一振りすると、途端に鶏は真っ二つに割れて落ちてゆく。が、すぐに別の鶏が彼女の耳元に接近した。


「もうすぐ私もそちらへ向かう。そのときがきさまの最期だ」

「どうぞいらしてくださいな。返り討ちにして差し上げます」

 軽口を叩いているものの、彼女の顔に余裕は感じられない。


「まだわからないのか、私に追われていること自体、呪いが発動している何よりの証拠だ。

 今からでも間に合う、エナジーコアを渡しなさい。そうすればきさまは盗品を奪ったことにはならず、私がきさまを殺す理由もなくなる。つまり呪いは解かれるのだ」

「ならば、あなたを殺して呪いを断ってみせます」


 人間はなぜにこうも理不尽な生き物なのか。

 確実な大地に留まるよりも可能性の荒波へ漕(こ)ぎ出すことを好むのか。

 かつては偉大な科学者だったヴィクター博士でさえ、死という自然の摂理(せつり)に抗(あらが)って最期は愚かな屠殺人になってしまった。


「再び私はエナジーコアを手に入れる。一度は宇宙から降って来た巨大爆弾に殺されかけたが、もう衛星は存在しない。私がスローターハウスを出たその瞬間から、人造人間による人類の管理が始まる」

「なにが管理ですか。滅亡の間違いでしょう?」


 人造人間は鶏に移していた全ての感覚を自分の頭に戻した。そして身体を急上昇させながら頭上を見た。

 照明弾で光っていたはずの空が見えない、同時に頭に戻った聴覚は悲鳴らしき甲高い音を拾っていた。まさか再び爆弾が降ってきたのか。いや、そんなはずない。衛星は起動を外れたのだから。


 たしかに爆弾は降ってこなかった。


 代わりにユートが降ってきた。


 立坑を落下するユートの身体が上昇する人造人間に激しくぶち当たり、まだ再生途中だった人造人間の身体を半分の背丈になるほど無残に押しつぶした。


 衝撃で体内にある身体再生ルーチンが50ある補助ルーチンも含めて一度に制御を失い、ほとんど肉塊のようになった身体のあちこちから突発的に奇怪な手足が何本も生えた。


 その間も人造人間は無意識に上昇を試みていたが推進力が不足し、結果として彼は落下するユートを身を呈して受けとめたうえ、緩やかに着地させた。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 すねの辺りまでの深さがある水面を、ユートは仰向けになったまましばらくプカプカ浮いていた。

 呆然自失の状態だった。

 顔には落下の恐怖が張りついていて、あんぐりと開いたままの口は時おり「こわかった~」と漏らしている。


 やがて状況が頭に染み込んでくるにつれ、身体の下で幾つもの何かが蠢(うごめ)いていることに気づき這うようにその場をはなれた。

 ユートが振り返ると、そこには水中で滲(にじ)むような青い光りを発している奇妙な物体があった。


 辛うじて人間の腕と分かる物が数本生えているが、そのいずれもが未発達か枯れ枝のように細く、水中で何かを探すように動いている。


 足と思われる部分もあるが、これもまた関節が逆に曲がっていたり足首から先が手のひらになっていたりと、突拍子(とっぴょうし)もない形のものばかりである。


 それら手足の苗床(なえどこ)たる肉塊も水中で不穏に蠢きながら何かに形を変えようとしている。

 ユートにはそれが潰れた人造人間であると分かるはずもなく、それどころか生物かどうかの確信もないまま憑かれたように見入っていた。


 不気味で不可解だから目を離せなかったのもあるが、目先の利かない暗闇で唯一見えるのが青く光る肉塊だけだったからというのもある。


 どこかで水を掻(か)く音がして、ユートはやっと肉塊から目を離した。ゆっくり辺りを窺いながら身体を回転させる。

 やがて青い光りが照らす空間にメイドの姿がゆらりと浮き出てきた。


 拳銃を握る手を前にのばし、もう一方の手で血が染みた胸元を押さえている。ほの明かりでもそれと分かるほど血の気の引いた顔には口と鼻に血の筋をつくり、呼吸が早く胸が頻(しき)りに上下している。


 彼女は苦しそうに前のめりになって、それでも歩いてくる。

 ユートはすぐに駆け寄ろうとしたが、彼女の身から放たれている気迫に気圧されて足が止まった。


 肉塊が背伸びして水面より高くなると、ナイフで切ったような横一本の裂け目が引かれてぱっくり開き、中から人の頭ほどの眼球が現れた。

 すると今度は眼球の黒目の部分に縦に裂け目が走って辛うじて形を成す程度に生成された歯と舌が見えた。


「メイドよ、その男を撃て!」

 黒目に出来た口が叫ぶ。

「早くしろ! ああ身体が上手く制御できない! このままだと魔女を捕り逃がしてしまう!」


 命令する肉塊に銃口を向けてメイドは躊躇(ためら)う事なく発砲した。肉塊の一部が吹き飛び内側で再生中だった臓器がだらしなく飛び出した。

 多重層の悲鳴をあげてから肉塊が焦ったように言う。


「わ、わたしを撃ってどうする! 私はオズだ! 撃つのはそっちの男だ! おそらくそいつは新政府軍だ!」

「それは……奇遇ですね。私も……です」


 人造人間は「なにを…」と言って後の言葉が尻つぼみになったあと、数秒後に「ああ!」という理解と驚愕の声を発した。


 メイドは続けざま二発三発と銃弾を撃ち込み、その度に人造人間は声帯の違う悲鳴をあげて肉塊を縮める。

 メイドはそこで力尽き、糸が切れたように前へ崩れて、倒れる寸前にユートに支えられた。

 彼を見上げたメイドは健気な笑みをつくった。


「来てくれたんだ」

 ユートはたまらない気持ちになった。

「当然だろうが、こんなんなっちまって……」


 一度は諦めた彼女に再び会えたのだから、もっと気の利いた台詞が出てきてもいいのに、こういう時にかぎって軽妙が売りの口が思うように言葉を紡がないのがもどかしい。


「お願い、人造人間にとどめを」メイドはユートに拳銃を渡した。

「あれが、そうなのか?」

 人造か否かはともかく、少なくとも人間の呈を為していない。

「青い光りを、エナジーコアを取り出せば、あいつは死ぬ」


 ユートはメイドをその場にゆっくり座らせて人造人間に接近した。

 エナジーコアは人造人間の身体を透かして周囲を照らすほど強烈に発光しているから、どのあたりにあるかは外からでも分かる。


 人造人間が被膜(ひまく)の中で造っていた様々な器官は度重なる被弾で外に飛び出したまま、もはや造るのを諦めたように静止している。

 無秩序に生えた奇妙な手足も水中で力なく漂い、大きな眼球は瞼(まぶた)で隠れている。


 ユートは人造人間の前まで歩みより、だらしなく開いた被弾部分を覗き込んだ。

 あった、エナジーコアが見えた。


 臓器同士に挟まれて血管が巻きついている。メイドは女神像の形をしていると言っていたけれど形はきれいな円柱形、しかも親指程度の大きさしかない。

 しかし青く光っているのはこれだけだ。


 ユートは恐々とエナジーコアに手をのばした。震える指がエナジーコアに触れた瞬間、臓物を突き破って血まみれの手が飛び出し、ユートの手首をつかんだ。

 骨と筋しかなく、指も3本しかないのに凄い握力だった。瞼が勢いよく開いて眼球が彼を捉えると黒目が口を開いた。


「それに触れるなあああっ!!」


 ユートは「ぎゃあああ!」と本気の悲鳴をあげながら、ほとんど条件反射で内蔵からエナジーコアをもぎ取り、黒目に向かって何度も発砲した。


 眼球は被弾した穴から滝のように血を吐き出して萎みはじめ、黒目部分にいたっては潰れて見る影もない。

 ユートにはすべてが理解不能だった。


 なんで内蔵から腕が出てくるのか。どうして目玉が喋るのか。黒目の口がつぶれてもなお人造人間のしゃべりは止まらない。ユートにしがみつく人造人間の手の甲に、いつの間にか人面そうのようなものが浮かんで、それが喋っているのだ。


「私を殺してはいけない! きさまは人類最後の希望を破壊しようとしているのだ!」


 ユートはとにかく人造人間から逃げようと、綱引きの要領で小刻みにリズムをつけ身体を後ろに引きてゆく。

 その度に人造人間の内部から腕がずるずると引っぱり出されるが、その長さはすでに10mを優に越え、尚も伸びそうな気配だ。

 人造人間の指先から血管が触手のように生えてきて、その先端をユートが握るエナジーコアに接続している。


 ユートは掴まれた方の手を高く上げて、人造人間の伸び切った腕に銃口を当て引き金をひいた。長い腕が弾けるように切断され水面を叩いて沈んだ。

 エナジーコアを断たれた人造人間は急速に干からび色も黒ずんでゆき、ものの数秒で真っ黒な灰になって水に溶けていった。


 しかし人造人間は死なない。片手のみの存在になっても手の甲にできた人面そうが盛り上がって小さな頭部をつくりあげ、ユートに向かってたたみかけるように語りつづける。


「私は救済者としてこの世界に誕生した。私の知性は人類など遠く及ばない高みに達している。人類が再び文化的な生活を手に入れる方法も、その後の未来への展望も明確に指し示すことができる。

 どうだ、それだけでも私を生かす価値があるだろう」

「人類はお前なんかいなくてもやっていける!」


「私は失われたエナジーコアの生成方法を知っている。世界を覆う放射線を早期に排除する方法も知っている」

「黙れ!」


「世界中のあらゆる不足を改善する画期的な技術をたくさん所有しているのだ」

「さっさと死ねっ!」


「私は円周率の最終桁が7であると知っている」

「たのむから! もう死んでくれ!」


 ユートは人造人間に覆われた腕を水につけて、足で彼の顔を踏みつけながら腕を思いっきり引っ張った。

 徐々に人造人間が引き剥がされてゆく。


 やがてエナジーコアと人造人間との接点は蔦(つた)のようにからまる血管だけとなった。ユートはそれらを束ねるように掴み、すべてを引きちぎった。


 人造人間は最後の足掻(あが)きとばかりに伸ばした血管をユートの首に巻きつけて一気に締め上げた。

 ユートはふっと意識が遠のいて、背中から水面に倒れた。


 メイドが慌てて駆けつけて、ユートを助けあげるまでのほんの数秒の間に、彼は奇妙な夢を見た。


……聞こえるかい? ……


 ぼやけた景色の向こうには椅子に腰かける白衣の男性がいて、彼はユートを覗き込むように身を乗り出している。

 やがてはっきりしてきた視界は眼鏡を掛けた優しげな男性を捉えた。


……聞こえるかい? 私はヴィクター・フランケンシュタイン。君の生みの親だ……


 ユートはそれが屠殺人の本当の名前であり、目の前にいる聡明な風貌の男性が彼の本来の姿であるなど知りようがない。

 ユートが知る屠殺人は容姿がまるで違っていたし、加えて全身黒焦げになっていた。


……私は人類を導いてもらうために君を造った。科学が進化をつづける現在に至ってもなお貧困や病気はなくならず、君の兄弟たちが生命を賭して採取したエナジーコアさえ、終わりの見えない戦争で浪費されてゆく。


 人を統べるには人では駄目なのだ。君は人智を越えた存在だ。人類に力の優位をみせつけ、そして従わせろ。多くの犠牲が出るだろうしこちらも無傷ではいられない。

 しかし人類の未来を切り開くには避けて通れない道なのだ……


 視界が徐々に暗転してゆき、ヴィクター博士の声も遠くなる。

……君の名はオズ、神をも超えた偉大なファラオ、オジマンディアスに因んでつけた名前だ。君こそ人類最期の希望だ……


 博士の声が彼方に消えて、代わりにメイドの悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「ユートッ!」

「はい」と眠りの中で返事をして目が覚めた。


 頬にぽたりぽたりと落ちる水滴は彼を胸に抱いて泣き崩れるメイドの涙であり、彼女を心配させまいと口を開いたが、なんて呼べばいいのか分からなかったユートは、まず「名前おしえて」と言った。

 ハッと息をのんだ彼女は、安堵と歓喜で胸がいっぱいになり、いよいよ本気で泣きはじめた。


「ディープとかメイドじゃなくて、本当の名前を知りたいんだ」

「……ユリア」


 涙にむせびながら言った。

 メイドにとってそれは永らく遠ざかっていた言葉だったから、久しぶりに思い出した親友の名前を口にしたような懐かしさがあった。


「さあユリア、地上に戻ろう」

 ユートは立ち上がってエナジーコアで周囲を照らした。


「人造人間は?」

「ユートがエナジーコアから分離させたら、真っ黒になって溶けちゃった」


 見ると水面の一部が黒く染まっている。

 ヴィクター博士は人類の未来のために人造人間を造った。

 それが人造人間の行動に直結しているなら、最終戦争が人造人間の勝利に終わっていたら、世界はこんなに荒廃してはいなかったのかもしれない。


 たとえ荒廃しても人造人間の手で速やかに回復していたのではないか。とはいえ、いまさらそんな想像をしても無意味だということをユートは知っている。


 人造人間は彼が破壊してしまったのだから。

 自分は取り返しのつかない事をしてしまったのではないか。そう自問せずにはいられなかった。


「ユート、あなたって本当にすごいね」

「なにが?」


「え……、だって人造人間を倒したから」

 ユリアはユートを見ながら不思議そうに「どしたの?」と首を傾げる。「いや、なんでもない」

 今はまだやらなければいけないことがある。ユートは頭を振って余計な疑問を追い払い天井を仰ぎ見た。


「どうしたら上に行けるかな?」

「私のリュックを使おうよ。まだ壊れてなければだけど」


 ユリアはリュックを脱ぎユートがそれを背負った。彼女は彼の正面に立って両の手足を身体に回すかたちで抱きついた。

 あられもない格好だがユートがリュックを操作する以上、ユリアとしては他に方法もなく、ユートはむしろ望むところである。


 リュックを起動させると不機嫌な音を立ててノズルが伸びた。

 そこで一度完全に沈黙してしまい、こりゃ駄目かなと思った直後、パンパンッと小さな爆発を伴ってジェット噴射がはじまり、ふたりの身体は少しずつ上昇していった。

 照明弾の明かりが陰りを見せていたが、ユリアがエナジーコアを掲げてくれたから視界は確保できた。


「ジェットが途中で止まったらふたりとも終わりだね」

 そう言いつつもユリアはどこか楽しげだった。


「それはない。今日の俺はツキに恵まれているから。たとえ落ちても死なない自信がある」

「この高さだよ。絶対死んじゃうって」


「実際に俺、一度落ちたんだ。でも無事だった」

「……ほんと?」


 果たしてふたりはスローターハウスを無事に抜け大地に降り立った。

 周囲は既に第10重装機甲歩兵旅団が掌握しており、兵たちは散発的な抵抗を続けている街の北側へ移動している最中だった。

 盗人街占領作戦はすでに終局を迎えていた。


 ユートとユリアは身分を明かしてその場で衛生兵に怪我の処置をしてもらっていると、ふたりのもとに旅団長が駆け寄ってきた。

 ユートはすぐに直立して敬礼した。旅団長も観覧式のような完璧な敬礼を返した。


「我が旅団から貴殿のような英雄が生まれたことは無上の喜びであります」

「英雄でありますか」


 歯切れ悪く言ったあと、緩んだ自分に気づいて姿勢を正し、

「お褒めいただき、ありがたくあります」


「貴殿は本日付けで准将へと昇進されましたが、さきほど大統領が貴殿の功績に賛辞を呈したこともあり、新政府軍幕僚本部は今作戦の成功確定を待って更なる昇進も検討しているとのことです」


 昨日まで箔も値打ちもない二等通信兵だったのに、日が変わったら将軍になっていた。

 どうやらユートの意思や実体を完全に置きざりにして、軍部では新政府軍の輝かしい模範「ユート将軍」という虚像が出来上がっているらしい。


 ここでは満足な治療もできないからと、旅団長はふたりを兵員輸送車に乗せた。

 しばらく車に揺られて到着した場所は旅団が盗人街の外に設営した堡塁だった。

 ふたりは案内された救護室で傷の手当を受け、首都に向かう車両の手配が済むまで簡易ベッドに並んで横になった。


「なんで首都なんだろう? 俺の帰隊先はこの旅団なのに」

「ちがうよ、新政府軍があなたのために新しい軍団をつくるの、そしてあなたはそこの指揮官に就任する」


「なんだか大きな話になってきたな。ユリアはどうするんだ?」

「私も一度首都に戻る。人造人間は倒したし、エナジーコアも手に入れたし。小っちゃくなっちゃったけど」


 そんなふうに、ふたり並んで天井から下がる電球を見ながら話していたが、やがてユートはベッドに沈み込むような眠気に身体を委ねた。


「ねえ、何か聞こえない?」ユリアの声が微かに聞こえた。

「……何が?」


「誰かの叫び声みたいなの」

「きこえない」と欠伸を噛み殺しながら答えた。


 ユートの意識は深い眠りの底へと沈んでいった。

 どれほどの時間が流れただろう。10分かもしれないし1時間かもしれない。まったく唐突にベッドから跳ね起きた。

 それは軍人ゆえに体得した動物的反応であった。近くで銃声がしたのだ。


 おそらく一発。

 耳を澄ますが続く発砲はなく救護室の外もざわついた様子がない。友軍の銃が暴発しただけだろうと判断し再び床につこうとしたとき、となりのベッドで寝ていたはずのユリアがいないことに気づいた。言いようのない不安がユートの脳裏に垂れこめた。


 食事やトイレ、諜報部への報告や戦況把握。平和的な理由などいくらでも挙げることができるのに、ユートは救護室を飛び出していた。

 つい今しがたの銃声とユリアの不在に何らかの関係性があるような気が何故かしたのだ。

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