第11話 15:00 ブッチ&サンダンス
「どう思う?」
照明の明かりが届かない部屋の片隅で声が聞こえ、暗がりから
その立ち配置と部屋の暗さでユートが彼の存在に気づかなかったのは、もちろん意図的である。
歳は50半ば、短く刈った髪と年齢以上に深い皺が刻まれた顔、鋭くつりあがった目は殺し屋だと言われるとやはりと言いたくなるが、同時に八百屋の頑固おやじと紹介されても、それはそれで納得できる風貌である。
ブッチは肩をすくめて「どう思う、とは?」と反問した。
「
彼は名前をサンダンスといい、ブッチとは永年裏街道を共に歩いてきた無二の親友である。
殺し屋というと盗人街の人々は迷わずブッチを思い描くが、実のところ殺し屋とはサンダンスとブッチのチーム名のようなものであり、その事実を知る者はオズ博士やマジョリカなどの限られた数名だけである。
因みにブッチが語っていたスローターハウスで唯一の生還者とは彼のことであるが、あの話はユートの依頼を断るため多分に誇張されており、実際は警備の厳重さを素早く察知して早々に引き上げてきたのだ。
侵入と暗殺については人後に劣らないサンダンスでも、ブッチが話したように周囲一面を敵に囲まれたのでは打つ手がない。
「あの筋肉のつきかたからすると、ユートは軍人だ。新政府軍が何かやろうとしているんだろう」
「屠殺人が軍に目をつけられたってことか。それとも盗人街全体が目をつけられたのだろうか」
「どっちだろうと俺たちには関係のないことさ」
ブッチは立ち上がり、小さな扉まで歩み寄って鍵をかけ分厚い鉄板で覆った。サンダンスはユートが座っていた椅子に腰かけた。
「さて、そろそろ殺し屋は閉店の時間だ。1杯飲もうぜ」
ブッチは棚からウイスキーのボトルとグラスをふたつ掴んで机に置き、サンダンスはボトルの口を開けてグラスにウイスキーをついでゆく。
ブッチも席につき顔にかかった布を後ろにはねた。蝋人形が解けたような顔が現れた。
「おまえ、相変わらず男前だな」サンダンスが茶化すと「おまえほどじゃねえよ」とブッチが笑顔で応じる。ふたりはグラスを合わせて中身を口に流し込んだ。
百年の知己のように仲睦まじいふたりだが、初めからこうだったわけではない。
以前ふたりは国内最大の殺し屋集団に所属していた。
チンピラだった若いじぶん、敵対するグループに家を焼かれて家族全員を失ったブッチは、そのときの怒りを力に変えた派手な武技で殺しを行い、サンダンスは殺人をある種の技術と捉え、誰にも気づかれず被害者さえ殺されたことに気づかない
手法は違えどもふたりの腕は誰もが認めるところだったが、問題なのは互いが水と油ほどに相容れない存在であることだった。
会えばいがみ合い、ナイフも銃も繰り出すばかりか、挙句は相手を殺そうと躍起になって本業の殺しをないがしろにする始末だった。
これには困った殺し屋集団の頭目(あだ名は死神)はふたりに呪いをかけた。
オズ博士の「食べ続けなければ死んでしまう」という呪いは汚染された世界がもたらした身体の突発的変容と捉えることができるし、魔女の「まっとうな取引をしないと金貨に殺される」という呪いも自己暗示であると言って言えなくもない。
しかし、ふたりが掛かった呪いはまさしく本物であった。
呪いの内容を一言で表すなら「
最初、頭目からお前たちに呪いをかけたと言われたとき、ふたりは腹がよじれるほど笑った。
この世界に呪いなんてあるものかと、まずサンダンスがブッチの足を銃で撃ってみた。直後、まったく関係のない強盗がたまたま撃った弾丸がサンダンスの足に穴をあけた。ふたりは足の同じ場所を抑えてもんどりうつ結果となった。
さすがにあれは偶然だろうと、今度はブッチがサンダンスの隙をついて背後からこん棒で殴りつけた。
すると背後の建物でチャンバラをしていた子供の手からこん棒がするりと抜けてブッチの後頭部にヒットした。
路上で揃って頭を押さえ、釣り上げられた魚のようにのたうち回る様を互いに見たとき、この呪いは本物だと確信した。
ふたりは呪いを解いてもらおうと頭目の家へ急行したが、迎えてくれたのは泣き腫らした頭目の夫人であった。
「たったいま、天に召されました」
ふたりは卒倒した。主人の死がそんなにもショックだったのかと、夫人は感銘して更に泣いた。
呪いを解いてくれる人がいなくなり悲嘆に暮れるふたりだったが、やがてこの呪いが悪い面ばかりではないことに気づいた。
以前よりも殺しが順調に進むようになったのだ。
人の気配が一層敏感に察知できるようになり、敵の攻撃もまるでスローモーションのように見える。
そしてふたりはこの呪いが持つ決定的な利点に気づいたのである。サンダンスもブッチも呪いのせいで互いを攻撃できない。
となると、これほど信頼できる相手はいない。
以来ふたりは行動と共にするようになった。
殺しのスタイルや殺しに対する考え方こそ違えども、結果として同じ職業に就いたふたりの境遇は似たようなもので、すぐに打ち解けて現在に至る。
仕事の依頼を受けるのはブッチの担当である。
理由は外見がいかにも殺し屋であるところと、もし素性が割れても天涯孤独の身ゆえ親類に後難がふりかかる心配をしなくていいからだ。
ブッチひとりに危ない橋を渡らせまいとサンダンスは妻と子を捨てて盗人街にやってきた。そうすればお互い対等の条件になる。
ブッチは彼の行動を非難したが、サンダンスは自分の問題だからと聞き入れなかった。
それでもブッチが客との窓口の地位をサンダンスに任せないのは、会ったことのない彼の家族に気を遣っているからである。
「外が騒がしいな」
サンダンスのつぶやきにブッチは興味なさそうな顔で「いつもの事じゃないか」と返して葉巻に火をつけた。
「爆音や銃声が止まない。何かあったんじゃないか?」
「あったところでどうでもいいさ。誰が死んでも、何が壊れても」
サンダンスは空のグラスにウイスキーを注ぎ、飴色の液体を眺めながら「まあ、な」と笑った。
それから1時間ほどウイスキーを
さすがにどうでもいいと片付けることはできず、ふたりは通路に出て窓から外を眺めた。
すると、夕暮れのあかね色から夜の藍色へと変化しつつある南の空に巨大なキノコ雲が立ち上っているのである。
「なんだ、あれは」ブッチがポカンとした顔で言った。
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