2.門外の変

「おい、そこのお前」

 それまでの、どこか退屈そうだった、ノンビリとした雰囲気は消え、いかにも警邏けいら然とした表情と口調でもって、一人の城兵が男の方へ歩み寄る。

 一見して真っ当とは思えぬ男の風体に、胡乱うろんげな眼を向け、呼びかけた。

 ことさらに威圧的な態度をとっている。

 門の中へ、男を通したくないのがアリアリだった。

 当然だ。

 この街に住んでいるのでなければ、金を落としていきそうにもない流れ者など面倒事のタネでしかない。ただでさえ、街は祭の熱気にあふれ、人の波でごった返しているのだ。警備にあたる人間としては、余計な仕事はあらかじめ減らしておくにくはない。

 職務質問をして、場合によっては門前払いを喰らわせて、トラブルを未然に防いでおこうと城兵たちが考えるのは、だから、当然の成り行きであったろう。

 そして、

 城兵は、わざとらしいけんのんさで腰にさした剣の束に手をやるのを見せつけるようにし、男に、

『この街に何の用だ』と詰問口調の問いをぶつけるはなで静止した。

「ふ、ふが……!?」

 クシャミもどきか鼻声か――奇妙な声をあげると、顔をしかめて鼻をつまんだ。

「く、くさ……ッ!」

 ほぼ反射的――無意識のうちに男から目をそむけると、涙目になって、そううめいたのだった。

 えたような、目鼻をツンと刺激する臭いをいでしまったから――男の方からしょうきの如く、むわッと漂ってきた異臭にやられてしまったからである。

「なんだ!? どうした!?」

 歩みを止め、それどころか身体を折って、ゲホッゲホッとき込みはじめた同僚の変調に、不審を憶え、後から追いかけてきた城兵たちもまた、同じく鼻を摘まんでみももだえしはじめる。

「お、おふぁえはにほほだ!?」

 それでも城兵たちはマジメであった。

 およそたむろしている年期のいった乞食でもここまでではあるまい――そう思える猛烈な臭いに耐えながら、発音こそ不明瞭であったが、己が職務に忠実に、懸命に誰何すいかをこころみた。

 それがいけなかった。

「んん? 我が輩であるか?」

 意外や、言語能力ヒアリングに優れているのか、それとも、(こちらの方がありそうだが)街の中へ入ろうとする時は毎度そうだからなのか、問われた内容をちゃんと聞き取った男が、ぱかりと口をひらいたからである。

「ぐ、ぐぐ……」

 城兵の一人――もっとも男の間近にいた最初の一人が白目をむいてバタリと倒れた。

「ど、どうし……たぁあ、くッ!?」

「大丈……ぶ、ぐわはぁ……ッ!?」

 後につづいていた城兵たちも、また同様に。

 それどころか城門を抜け、街の中へと入ろうとしていた余の人間たちもが苦しみはじめた。

「く、臭い……ッ!」

「こ、これ、口臭!?」

「口、くッさ……!」

「ドブ泥よりひどい!」

 距離的に考えれば、とてもそこまで臭うはずもないほど離れているのに、誰もが鼻をつまみ、目には涙さえ浮かべて、後ずさったのだ。

 ついには、そうした人間たちが、我先に門の中へと逃げ込みはじめ、場が騒然となるに及んで、

「何事だ!?」

 割れ鐘のような大音声だいおんじょうが響き渡ったのだった。

 誰かが知らせたのだろう――城門を護る兵たち、それを束ねる指揮所から上官とおぼしき人間、そして、増援部隊が押っ取り刀で駆けつけてきたのである。

 変事がはじまってからの時間を考えれば、実にじんそくかつ練度の高さがうかがえる処理速度であった。

「貴様の仕業か!?」

 苦悶の表情もあらわに地に倒れ伏している城兵たちの姿を認め、指揮官らしき兵が叫ぶ。

 その背後には、完全武装の兵たちが、すでに武器たる槍をしごいて陣を組みあげていた。

 刀槍によるものではない――城兵なかまたちを倒した手段を超常のものと見て取っての事か、半円を描き、男を包囲する布陣かたちとなりながらも、すこしく距離をとっている。

「おのれ、怪しいヤツめ! よりにもよって楽しかるべき祭の日を騒がすとは、なんたる不埒ふらち! 一歩たりとも、我が街にその足ふみいれさせはせぬから覚悟せぃ! おとなしくばくにつくならよし、そうでなければ、この場にて討ち果たしてくれようぞ!」

 指揮官が獅子吼ししくし、抜刀した剣先を異相の男にピタリと突きつける。

 指揮官、その背後に槍衾やりぶすまを構築している前衛、そして、その更に後ろには、ボウガンを構え、男にピタと狙いをつけている兵たちの姿があった。

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