『ウロボロス―異世界欠喰伝』

幸塚良寛

1.秋の都城

 透きとおるような青空だった。

 雲ひとつなく晴れ渡っている。

 陽の光を浴び続けているとじんわり汗ばむ陽気だが、吹く風にはそこはかとない肌寒さがまじりはじめている――そんな日和ひよりだ。

 暑熱にうだった夏は去り、一年でもっとも豊穣な季節が訪れている。

 森の木々、のおもては、おしなべて色とりどりの実りで満たされて、そうした大地からの供物をかてとする者たちは、世界がしろく冷たく閉ざされる前にと収穫に忙しく立ち働く。

 そんな、誰もが気ぜわしく思い、しかし、どこか満足感、達成感を感じる日々が訪れていたのだった。

 豊かであると同時に世の黄昏たそがれを感じさせる……色づいた葉をまとった木々が、所々に散在している平地。

 大地がなだらかな起伏をくりかえす平地に、ひとつの都邑とゆうがあった。

 ずしりと重厚な石垣を四方にめぐらして壁となし、その内に住まう民人たちを安堵あんどせしめている、かなりな規模の街である。

 城塞都市と言っても良いだろう。

 石垣――城壁の表面には、ふるいものから真新しいもの、無数の傷が、大小、かたちも種々に刻まれていて、その街がこれまでに積み重ねてきた幾星霜が、けっして平穏なものばかりではなかったことを物語っていた。

 人と人とが相争った戦乱の時代は、早や過去のいさおしの中にのみ語られるだけとはなっている。しかし、いまだ地の表を魔獣や妖しげなるモノどもが、絶えることなく跋扈ばっこしているとなれば、それは必要な備えでありつづけているのだった。

 と、

「ふん」

 ひとりの男が、鼻を鳴らした。

 都邑の入り口――大門を指呼の間に望むあたりである。

 平和な世であることの証か、街の中へとつづく道には人の流れが絶えることなく、城門をかためる兵の影こそあるものの、ほとんど、その行き足がとどこおることなく人々は街の中へと吸いこまれていっていた。

 男は、そうした人の列からすこし離れた場所に立ち、そっくりかえるようにして城壁のてっぺんあたりを見上げていたが、陽の光が目に入ったか、まぶしそうに目をすがめると、チッ! と舌打ちしたのだった。

 旅人だろうか、あまり真っ当な感じのしない男であった。

 異相である。

 いや、いっそ異形と言っても良いかもしれない。

 身なりは普通だ。

 街から街へ、旅を住処すみかとする流れ者のそれである。

 傭兵、冒険者、流賊、乞食――まっとうとされる職以外であれば、どれと言っても通るだろう。

 しかし、同時に男の体型が、そのいずれでもない事を証していた。

 デブ。

 そう表現するのも躊躇ためらわれるくらいの肥満度で、ズングリムックリしていたからである。

 巨大な卵に短い手足をはやしたよう――たぶん、精確に男の容姿について語れば、そういうことになるのだろう。

 ちょっと(?)人間ばなれした……、後の世であれば、確実に成人病の検査、いや、精密検査の受診を強制される――日常生活がマトモに送れないこと間違いナシの肥え太りっぷりであった。

 だから、さっき城壁を見上げた時に舌打ちしたのも、実は陽の光に目がくらんだのでなく、(体型的に首が無いから頭のみをあお向けることが不可能で)視線を上向けるため、腰から上をらした拍子にひっくり返りかけた――それに対する焦りだったのかも知れない。

 とまれ、

 ぽん! ぽぽん! と空の高処たかみで音が弾けた。

 花火だ。

 今日は、今年が豊年満作だったことを神々に感謝する日――秋の収穫祭なのだった。

 同時に、

 くだんのスーパーデブな男の腹から、ぐぅううう~~~と、盛大に空腹を告げる音が轟いた。

 そろそろ昼餉ひるげの時間がちかい刻限である。

 朝、目覚めてより数刻がたち、誰もが小腹が空いたのをおぼえはじめる頃合いに差し掛かりつつあるのだ。

 ご多分にれず男もそうで、ただし、体型的にも、その空腹度合いが人並み外れて大きかったと、そういう事のようだった。

 しかし、その腹の虫の鳴く音が異常に大きかったためか、周囲にいた人間たちの目が一斉に男の方へ向く。

「え? 今のって腹の鳴る音……?」

「牛の大群の声かと思った」

「いや、俺はてっきり象でもいたんじゃないかと焦ったぜ」

「やぁだ、あのデブ、どンだけ空腹なのよって感じぃ」

 驚きや呆れ――失笑まじりの囁き声に門前を行き交う人の列がさんざめく。

 そして、当然、そうした人流の監視役たる城兵たちの注目もまた、音の発信源たる男に向けられたのである。

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