2 超太古の政権交代

       ※       ※       ※


 婆様の話はまだまだ続く。誰もが息をのんで、食い入るように婆様を見つめて、黙ってその話を聞いていた。

 俺もそうだが、話の途中でふと疑問に思うことがほかのメンバーもあるだろう。だがそれを質問する前に婆様は俺たちの疑問を察して、話の中でことごとくその疑問に対する答えを含んで話を続けてくれた。

 だから俺たちは、何も質問する必要がなかった。

 だけど俺だけは、特殊な驚愕とともにこの話を聞いていた。

 

       ※       ※       ※


 実はそんな様子を「ろ」の国の統治に当たっていた水の眷属の山武姫神は、その分身である磐十台神よりすべて報告を受けていました。

 と言いますのも、実は山武姫はかねてから天照彦神に強い愛情を抱き、その天照彦神が金龍姫神に執心なのに嫉妬して磐十台神にお二方を見張らせて逐次報告させていたのです。

 そして今回の騒擾のこと聞くや、山武姫神は天照彦神を自分の元に呼び寄せました。そして今度こそはとばかり、強く自分との結婚を迫りました。なにしろ金龍姫神一途の天照彦神がそのようなことに聞く耳を持つはずもありません。

 あなたのような高貴な方と私では釣り合いが取れないと、天照彦神はなんとか逃げようとします。そしてあなたと釣り合いが取れて結婚などということになるには、自分が天帝、すなわち国祖神と同じ地位に上り詰めないと無理だと言って諦めさせようとしました。ですが、山武姫神はぴしゃりと言います。

 「それならば自分があなたを天帝にして見せる。その時は必ず自分と結婚するように」と。

 天照彦神はあまりにばかげた話なのでまともに取り合いもせずに、生返事で山武姫の元より逃げたのです。


 実は地上の時間でこの時から六万年前に地球が創造され、三万五千年前に人類創造に成功したときも、国祖神の指揮のもと天照彦神も金龍姫神も山武姫神もともに役割を分担して、それぞれのチームで力を合わせて協力し合った仲であり、人類創造の功労者でした。

 地球時間で六万年といっても、時間という概念がない神霊界ではたった今と同じ感覚です。

 天照彦神は金龍姫神を、山武神姫は天照彦神を何万年もの間恋い焦がれ続けてきたというのですから、我われ人間にとっては気が遠くなるような話です。もちろん御神霊は歳はとりません。六万年前もこの時も見た目は同じで、人間でいうなら全員が二十歳くらいの年恰好のままです。


 その後の磐十台神の報告では、国祖神は今回の騒擾の次第を道城将軍や警視総監に当たる義理天上神とよく相談するとのことでしたが、さらに山武姫にとって聞き捨てにならないことがありました。それは、自分の天照彦神への恋慕が国祖神「国万造主大神」様の知る所となっているというのです。

 人類界では不動明王ともお呼びしている警視総監の義理天上神と相談となると、自分にもどんな裁断が下るかもしれないと焦った山武姫神は、五次元耀身カガリミ神界へと昇りました。

 一つは自分の身を守るため、もう一つはこれを機に一気に国祖神「国万造主大神」様を失脚させて天照彦神をその後継者にし、自らが天照彦神と結ばれるよう策略を巡らせてこのことでした。

 即ち山武姫は耀身カガリミ神界で天の御三体神に謁見し、宰相ともいうべき由良里彦神がこともあろうに自分の実の娘である金龍姫神に恋慕して手を出したこと、さらに義理天上神も国祖神もそれを見て見ぬふりをして放置しているなど、虚偽の訴えをなしたのです。

 続いて同行した磐十台神は、国祖神の統治があまりにも厳格すぎて現界の人類も窒息しそうになっており、このままでは人類は委縮して物質開発もままならないと訴えました。

「天照日大神」様をはじめとする天の御三体神は大いに怒り、「国万造主大神」様を呼び寄せて隠遁を迫ったのです。

「国万造主大神」様は天の御三体神には逆らいようもなく、ここに隠遁を決意しました。


 ところが本来ならば皇太子ともいえる御長男の大地将軍が「国万造主大神」様の後を継いで天帝の地位にくべきです。でも、それでは山武姫神にとって策略を巡らせた意味がありません。

 本当の意味での政権交代にならないのです。

「国万造主大神」様はすでに北東の方角にある岩戸の中にお隠れになるべく出発をし、奥様の比津遅ひつじ姫神様、この方を「国万造美大神くによろずつくりみのおおかみ」様ともお呼び申し上げますが、この方は正反対の南西の方角にご隠遁されました。

 よって「国万造主大神」様を「うしとら金神こんじん」、奥様を「ひつじさるの金神」ともお呼び申し上げるのです。

 ここでご夫婦の御神霊が北東と南西にほどけ、ホドケの世が始まりました。

 そのようなときに当たって、山武姫神は軍勢を組織し、手薄になった神都を攻撃しました。

 残っていた大地将軍とその軍勢はよく戦いましたが力尽き、奥様の常世姫神、および娘の気津久姫神とともにこの現界の一角に隠遁されました。

 さらにはほとんどすべての火の眷属の御神霊たちとともに隠遁の地となる北東の岩戸を目指して進んでいた「国万造主大神」様に追い撃ちをかけ、激しい戦闘が行われました。

 山武姫と水の眷属の御神霊の分勢は背に羽のある天使であり、火の系統の御神霊は龍神です。ここに激烈な天使と龍神の戦いが繰り広げられ、その影響で地上の人類界には大天変地異が生じたことは言うまでもありません。

 なんとか岩戸にお着きになった「国万造主大神」様に向かって、山武姫神の軍勢は一斉に炒り豆を投げつけました。

 これは隠遁に出発する前に、「国万造主大神」様は磐十台の神に向かって、いつまで岩戸に隠遁していればいいのかと聞いたところ、磐十台の神は、炒った豆に花が咲くまでと答えました。炒った豆はどんなに大地にまいても芽は出ませんし、ましてや花など咲きません。

 これは永遠に出て来るなという呪詛であり、実際に入り豆を投げつけた天使の軍勢は「鬼は外」と呪詛の言葉をかけたのです。

 つまり、「国万造主大神」様はじめ火の眷属の御神霊こそが後に「鬼」と称されるのです。

 国祖神が隠遁されたのも北東の方角だったので、その北東の方角こそが「貴門」なのですけれど、今の世ではそれも「鬼門」といわれるようになってしまいました。

 そして「国万造主大神」様や火の眷属の御神霊たちが岩戸の中に隠遁されると、閉じられた岩戸は注連縄しめなわで封印されました。


 「国万造主大神」様を天の岩戸に押し込めて封印し、御長男の大地将軍をも追放した山武姫神をはじめとする水の眷属の御神霊たちは、ついに政権を奪取したのです。そしてあの約束通りに天照彦神を天帝の座につけ、山武姫は自らが皇后となりました。

 神霊界統治の政権を取った水の眷属の御神霊たちは、火の眷属の御神霊が残していった龍体を切り刻み、その目に剣を立て、その臓物を煮て食べて政権獲得を祝いました。この臓物を煮たいわゆる臓煮ぞうにが、雑煮ぞうにとなって今に残っています。

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