13 臓煮(ぞうに)

 帝都に残った皇太子テーロ将軍と皇太子妃エテールネ姫もまた、白い羽で飛行するオクツェント・バナール軍団の別動隊の攻撃を受けていた。


 だが、テーロ将軍には自分たちの身よりも気がかりなことがあった。

 天帝と同様にカギリミの世界の大天変地異を気にかけ、ひいてはその万国棟梁スメラミコトの安否が気になって仕方がない。

 そこで自分たちを警護するグルーンド将軍の手勢に守られてなんとか隙を見て帝都を脱出し、カギリミの世界へと急いで降下した。


 テーロ将軍を追う敵を最後で食い止めてくれたのは、グランダヴォーチョ将軍であった。

 彼はその龍体の口から念動力を炎にして敵に吹きかけ、敵はそこそこの軍勢であったにもかかわらず、皆体じゅうが麻痺して身動きができなくなっていた。

 その様子を後から来た敵の軍勢が見て、その敵の将軍から下知が飛んだ。


「あの者の口から出る念動力が、我われの体が麻痺するもといぞ!」


 そして羽ある者たちは一列に並び、グランダヴォーチョ将軍が口から念動力を発するとさっと輝く丸い魔法陣を出現させて念動力を跳ね返し、それをグランダヴォーチョ将軍自身に浴びせかけたのである。

 グランダヴォーチョ将軍は自ら発した念動力で動きを奪われ、そこへ敵の矢を集中的に浴びて地に落ち、龍体は一瞬に消滅した。


 だがその間にテーロ将軍は、すでにカギリミの世界に降り立ち、その悲惨な変わりように呆然としていた。

 そしてだいぶ探した後、ようやく万国棟梁スメラミコトを見つけた。彼は高い山の上に逃げていて無事だった。


 今までならここで万国棟梁スメラミコトに語りかけ、無事を喜び、今後の人類のことを託しただろう。だがすでに天帝によって、人類に直接語りかけることは禁じられている。

 ましてや万国棟梁スメラミコトの魂は自分の分魂である。分魂の本体は、カギリミの世界に降ろした自分の分魂と直接コンタクトをとることは、以前からすでに禁じられていることであった。


 テーロ将軍は万国棟梁スメラミコトの生存確認ができただけでよしとし、自らは妻のエテールネ姫とともにカギリミ世界の地上の、とある一角の地下へと隠遁していった。


       ※  ※  ※


 オクツェントオク・ルモーイ軍団はどうにかオクツェント・バナール軍団を押し返し、そのほとんどの者が羽をもぎ取られて落下していった。

 アンギルヘーヴァ姫が天帝のそばに戻ると、いよいよ行く手に巨大な岩山が出現し、そこにはまた巨大な扉が見えてきた。

 すでに天帝が用意していた自らの隠遁の場だ。


 天まで届くかと思われる巨大な扉の上の方は雲に隠れていた。

 そして扉は開いていた。

 一団は次々に龍体を脱ぎ捨てて元の姿になり、足で歩いて先頭のものから順に扉の中へと入って行く、その誰もが泣いていた。

 そしていよいよ、天帝もまたその扉をくぐろうとしていた。


 その時、頭上に敵の軍団がまた現れた。おびただしい数の羽だ。

 彼らはすでに龍体を脱ぎ捨てており、いわば丸腰だ。今攻撃を仕掛けられたらたまったものではない。

 もはや感傷に浸っている場合ではなく、皆がさっと天帝を囲んで防御した。

 だが、羽を持つ敵の軍勢も、今は龍体と戦っていた時のような龍体と同じ大きさに巨大化してはおらず、今の自分たちと同じ大きさだ。

 案の定、彼らは攻撃を加えてきた。

 だが、それは矢でも槍でもなく、何かぱらぱらと顔や全身に当たるものだ。確かに痛いけれど、殺傷能力があるような武器ではないようだ。

 顔に当たって地に落ちたのをあるものが拾ってみてみると、それは炒った豆だった。

 敵は炒った豆を羽を広げて飛びながら、上から限りなく果てしなく自分たちに投げつけている。

 それ以上のことはしてこないようだ。

 皆呆気にとられ、自分たちを傷つけないような豆を投げて来るだけなら、少々痛いのを我慢してまた歩みを始めた。

 そして、いよいよ扉の中に入ろうとしていた天帝は、その炒り豆である言葉を思い出した。

 バーナという娘が自分に言っていた。


 ――この炒り豆に花が咲く頃になったら、この扉から出てこい、と。


 天帝は思わず苦笑いをした。

 やがて全員が入ると、大扉は大きな音をたててきつく閉ざされた。

 豆を投げていた連中は用意していた巨大なねじれた縄を、大扉をふさぐように取り付け、岩屋全体を封印した。


       ※  ※  ※


 宮殿では、シーロンが新たな天帝として即位した。

 そして皇后は当然ながらモントサムーラ姫だ。

 多くの水の眷属の群臣が広間を埋め、皆で新帝即位を寿ことほぎ、大喜びしていた。

 だが、新帝シーロンは浮かない顔をしていた。

 まさか本当にモントサムーラが自分を天帝にするなどとは思っていなかった。だが実現した以上、彼女を妻に迎えるしかない。これが約束だったのだ。

 しかし彼の心は、今でもオラドゥーラ姫の元を離れていない。前の天帝とともに隠遁してしまってもう二度と会えないかもしれない。

 そして心ならずにも、今の皇后と結ばれた。

 何か悶々としている。


 皇后となったモントサムーラ妃は、あれだけの策略で前の天帝を斃したとは思えないほど、実は性格も優しく、そして音楽をこよなく愛するのだ。

 しかし、芯は強い。この即位式典もすべてモントサムーラ妃が取り仕切った。

 そして群臣への言葉も、天帝であるシーロンを差し置いて、モントサムーラ妃が行ったのである。


「もはや今は自在の世。誰に命令され、縛られることもなく、皆各々おのおの自分の心のままに行動してかまいません」


 人々の間から歓声が上がった。


「そしてカギリミの世界の人類に対しても、前の天帝のような厳格な処断ではなく、あくまで優しく包み込むような慈愛で見守ってほしい。しかし、従来のように直接接してはならぬ。人類界がどのようになろうとも、手を出さず口を出さずにひたすら見守るのです、これが私のやり方です」


 まるで自分が天帝になったような口ぶりだったが、それでも人々は歓声をあげた。


「御意」


「さあ、祝いの祝宴にいたしましょう」


 すでに準備されていた大鍋の中の湯がすでに沸騰している。そこにいろいろな種類の野菜が投げ込まれた。


「この野菜たちは、前の天帝が引き連れていた火の眷属が遺していった龍体の臓物ぞうもつだと思いましょう」


 もちろん龍体は切り刻まれて落とされた時点で瞬時消滅するから、その臓物を取ってきて煮るなどということは不可能だ。だがモントサムーラ妃は、勝利を確認する証として敢えてそのようなことを言ったのだろう。


 やがて野菜が煮えると、そのスープとともに椀に入れて見なに野菜は配られた。もちろん彼らは、カギリミの人間のように食物を口から食べたりはしない。あくまでその「気」を吸う、それが彼らの食事だ。


「さあ、これがやつらの臓物です。臓物を煮たいわば臓煮ぞうにです。さあ、もっともっと、皆にお臓煮ぞうにをふるまいましょう」


 皆がまた歓声をあげた。モントサムーラ妃の笑い声も、宮殿の中に高らかに響いていた。


      ※     ※     ※


 俺は目が覚めた。

 俺のアパートの部屋の、布団の中だった。

 一瞬の間をおいて、今まで見ていたのは何だったのかと思う。

 今、布団の中で目を開けて回想しているのだから、つまりは夢だったのかということになる。

 でも、いつもの「夢だたのか」とは違う。実際に異世界に行ってきたこともあり、並行世界の記憶も見たことのある俺だから断じて言える。

 よくドラマや映画などにある「夢落ち」ではない。

 記憶も鮮明で実際に体験してきたことの記憶と何ら変わらない。見てきたものも現実だ。夢なんかよりもはっきりしているし、VRなんかも足元に及ばない。

 本物だった。

 ただ、俺自身はそこに全く登場せず、まるでドローンのように空中からすべての出来事を見ていた感じだ。俺は見ていただけで、あの出来事の中に俺は存在していなかった。

 そういうところも「夢」とは違うだろう。

 今日はチャコと一緒に、あの婆様のお孫さんに会いに行く日であることを思い出した。

 なにかそのことと関係あるのかもしれないとは思ったけれど、考えてもわからない。

 とにかく俺は布団から出て起きることにした。



(「第2部 因縁の魂」につづく)

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