12 神々の熱き戦い

 モントサムーラ姫の元に戻ったバーナは、ことの次第を姫に告げた。


「天帝はすでに退位、隠遁を決して今まさに帝都を離れようとしています。軍勢がこちらを攻めてくるというような気配はございません」


 それを聞いたモントサムーラ姫は、ここぞとばかりすでに武装して構えていた水の眷属によるオクツェント・バナール軍団に下知を下した。

 すでにモントサムーラ姫も武装しており、戦いの身支度を整えていた。


「今こそ天帝は帝都を後にして隠遁しようとしている。この機を逃さずに一気に帝都を占領せよ」


 軍団は雄たけび高く、一斉にその背中の羽を広げて飛び立ち、大軍をなしたまま帝都へと飛行した。


 天帝の隠遁の一団はおびただしい数となっており、護衛の者たちは皆龍体と化してやはりすさまじい速さで帝都の北東の方角へと進んでいた。

 皇后シャフォーエ妃の一団はこれも多くの護衛に守られ、正反対の南西の方角へと進んで行っていた。


 オクツェント・バナール軍団が天帝の一団のいちばん最後を護衛している殿軍しんがりのヴォーヨ将軍の一団に追いついた時は、天帝団の本体はすでにはるか彼方の雲に隠れつつあった。


 オクツェント・バナール軍団を率いるヘルバグルーエ女将軍が、自らの軍団に檄を飛ばした。


「あの後尾の軍を掃討せよ!」


 白い羽の軍団は一斉にラッパを吹き鳴らし、ヴォーヨの軍団に挑みかかった。手には弓、槍などの武器を持ち、空中を飛行しながら一斉攻撃を開始したのである。

 迎え撃つヴォーヨ将軍の軍は向きを反転させてオクツェント・バナール軍団に対峙した。彼らは武器はいらない。

 細長い龍体を覆う鱗がすでに鎧であり、その腕の鋭い爪が武器であった。

 巨大な龍体ではあるが、相手もまた同じくらいの大きさになっている。

 だがヴォーヨの軍の龍体たちは闘いとはいっても敵を殺傷しようとはしない。相手の攻撃をかわし、その龍体で巻き付いて抱え込み浄化してしまうといういわば「抱き参らせる」戦いなのだ。

 戦意を焼失すれば敵は羽をたたみ、戦線より自ら離脱していく。

 だが、敵は容赦ない。その弓で射たり槍で突いたりで、何体かの龍体は傷つけられ、その血しぶきが空中に噴き出し、その下の山河を染め、川は赤い血の川になったりした。


 そんな時、オクツェント・バナール軍団の前に立ちふさがった龍体が、女将軍オーダであった。

 憤怒の形相で髪を振り乱し、髭はすべて逆立ち、大きく開けた口からは牙が光り、その目は燃える炎となっていた。

 まさしく鬼神ともいえるその形相は敵をひるませ、味方のほかの龍体さえ恐れをなして近づき難くなっていた。


 オーダ女将軍は激しく咆哮し、その振動は大地を揺るがせ、そしてその尾で敵の大軍を根こそぎ払っていた。

 だが、おびただしい数のオクツェント・バナール軍団の兵士は次から次へと飛来し、きりがない。


 これほど激しい戦闘が行われているのだから、ひたすら隠遁の地へと向かう天帝も感づかないはずはない。

 そこへ、その状況を注進したものがいた。トゥリアルティコーロという天帝の腹心だった。


「最後尾ではものすごい戦闘が行われています。そしてその影響がなんとカギリミの世界にまで及んでいる模様」


「なにっ!」


 天帝は飛行を止めた。自動的にすべての者がその場にストップする。


「何ものが襲ってきたのだ」


「見てまいります」


 トゥリアルティコーロの龍体は、すぐに最後尾の方へと飛行していった。

 その間、天帝は気になってカギリミの世界をのぞき見してみた。


 そこにはかつての美しい山河はもはや存在しなかった。


 このハセリミの世界での激しい戦闘の影響をもろに受けて、カギリミの世界では大きな地殻変動が起きているようだ。

 大地震があちこちで発生し、津波は大地をのみ込み、逃げ惑う人々の叫喚で満ちていた。

 地形まで変わり、大陸が海に沈み、新たな大地が浮上したりしている。

 人々は助けを求め、泣き叫び、逃げ惑い、それでも津波や地震にのみこまれてどんどん命を失い、その魂はおびただしくハセリミの世界にある「カクリヨ」へと昇ってくる。

 だがそれはまだいい方で、何が何だかわからず、肉体は朽ち果てているのに魂はカギリミの世界をさまよっていたり、あるいは衝撃で海の底や地中で眠っている者も多数だった。


 かつて人類に故意に試練を与えたこともあったが、これほどではなかった。今回の天変地異では、すべてのカギリミの世界のうち、生き残るものは十のうち二割くらいしかいないかもしれない。


「何たることだ!」


 天帝は髪を掻きむしり、その場で大声で号泣した。

 慈しみとすべての愛情を注いて育んできた人類が、このハセリミの世界での戦いの影響を受けてとんでもないことになっている。


 そのうち、斥候に出ていたトゥリアルティコーロが戻ってきた。


「我われの一団を襲撃したのは、水の眷属のオクツェント・バナール軍団であります」


 天帝はすぐに自分の護衛していたアンギルヘーヴァ姫を呼んだ。


「オクツェントオク・ルモーイ軍団を率いて敵のオクツェント・バナール軍団を一掃せよ」


「御意!」


 こうして白い羽と龍体が入り混じっての両軍団の熾烈な戦いが展開され、天帝の一団は隠遁の地を目指して飛行を再開した。

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