5 モントサムーラ姫

 ここは宮殿でも一番広い部屋で、天帝との謁見や、重要な協議が行われる場所である。

 天井は高く、正面の少し高くなったところに天帝と皇后の玉座があり、天帝と皇后シャフォーエ妃はすでに座についている。

 天帝といっても威厳ありそうな老帝ではなく、少なくとも見た目だけは若者である。

 その天帝の御前に群臣が左右に分かれて列をなして立っている。皆が若者であり、年を召したかたはおひと方とていない。

 彼らが並ぶ列の中央は通路として開けられ、その右側(天帝から見たら左)に火の眷属の群臣、左側(同じく天帝から見たら右)に水の眷属の群臣の列となる。

 シーロンは水の眷属なので本来右側の列に並ぶはずだが、今は当事者として真ん中の通路の一番前にかしこまっている。その隣が同じく本来なら火の眷属の列に入るはずのオラドゥーラ姫だ。

 それぞれの列とも四十名ほどの群臣だ。


 オラドゥーラ姫の父のユラリーは玉座のすぐそばの宰相の席にユーナ姫と共に並び、皇太子の席にはテーロ将軍が皇太子妃のエテールネ姫とともに座していた。

 ほかに皇太子テーロ将軍の娘のストレチタ姫が夫のヴォーヨ将軍とともに参列し、警視総督ギリシエロ殿の姿もあった。

 そのギリシエロ警視総督から、ことの次第の説明が始まった。


 そしてバーナの姿もある。バーナはオラドゥーラ姫とは仲のいい遊び友達であるかのように見えるが、今並んでいる列は左側の水の眷属の列だ。

 そればかりか、バーナはこの世界でもはるか辺境の生まれなのであった。


              ※  ※  ※


 そのバーナが映像を通して話していた相手……モントサムーラ姫もまた、はるか辺境にいる。

 映像を通してバーナと語っていたこと、それはほかならぬシーロンについてであった。


「シーロン様のオラドゥーラ姫に対する執念は、ますます燃え上がっております。なんとか自分の妻にしようと、もう手の付けられないような猛攻撃といった感じですね」


「なんと」


 映像の向こうのモントサムーラ姫は、唇をかみしめていた。その顔はますます赤くなる。話していてバーナも背筋が寒くなる思いだ。

 その執念はまるでオラドゥーラ姫に執念を燃やすシーロン殿と全く変わらない様子であった。


「シーロン殿は私の気持ちをもうとっくに受け入れてくれていると思っていたのに、こともあろうにほかの女に夢中になるとは」


「それで、こちらではとうとうシーロン様とオラドゥーラ姫のお母様のユーナ様がついに衝突して、大騒ぎになっています」


 バーナはこれ以上モントサムーラ姫の怒りを燃え上がらせないためにも、言葉を選んでいた。

 モントサムーラ姫とシーロンは愛を誓い合ったということもなく、全くのモントサムーラ姫からの一方的な愛情であることは明白なのだけれど、間違ってもそのようなことは言えない。

 今は映像を通しての会話だから、幸い想念は伝わらずに済む。


「私はカギリミの“ろの国”をまかされているから本当はここを離れられないのだけれど、場合によってはそちらにも行こう。それまで、かねがね頼んでいたように、これまで通り何気なくオラドゥーラ姫に近づいて、しっかりとシーロン殿とオラドゥーラ姫を見張って報告しておくれ」


「仰せのままに。私はモントサムーラ姫様の分魂、いわば姫様は私の御本体なのですから」


              ※  ※  ※


 そんなモントサムーラ姫の命を受けて、バーナはしれっと天帝の召集に参列していたのだ。


「あらましは分かった」


 玉座から天帝が言葉を発した。いつもはにこやかに、そして大らかな笑顔ながらも、そこに峻厳さを感じさせる天帝の風格であったけれど、今はおおらかさよりも峻厳さのほうが全面に出ている。

 天帝の存在そのものがこの世界の秩序であり、厳格な規律なのだ。


「この件に関して、皆のものはどう考えるか」


 群臣への問いかけに、火の眷属の列の中からある者が声を挙げた。


「オラドゥーラ姫様は全くの被害者ですな」


「「「その通り」」」


 同調の声が多数、それに重なった。別の者も発言する。


「シーロン殿は勝手が過ぎましょうぞ」


「はっきり言ってやり過ぎです。オラドゥーラ姫様がお気の毒です」


 そういった意見が多数だった。


「あのう」


 水の眷属の列からも声が上がる。女性だ。


「ストレチタ姫様も大概なものですわ。オラドゥーラ姫様はストレチタ姫様の従姉妹いとこですわね。それに一番親しい親友と聞いております。本当に親友ならばもっと親身にオラドゥーラ姫様のことを思って助言なり手助けをなさるべきでは」


「自分もそう思いました。それなのにシーロン殿との婚姻を勧めるなど、本当に親友と言えますか?」


 やはり同調する声が上がる。火の眷属の列の最前にいたストレチタ姫は、きりっとその発言者をにらんだ。


「知りもしないで勝手な想像で物をおっしゃらないでいただきたいわ。私は真にオラドゥーラ姫の身を案じて」


 あまりにもヒステリックな声を挙げるので、ストレチタ姫の父である皇太子テーロ将軍は立ち上がって途中でその発言を制した。


 その間、当のシーロンはただ畏まって、歯を食いしばりながらうつむいていた。


「聞けば」


 騒然としていた広間だが、その天帝のひとことでまたもとの静けさを取り戻した。


「今はここにはおらぬが、モントサムーラもシーロンになかなかの執心だと聞いておるが」


 再び場内は騒然とする。その中でも驚いてはッと顔を挙げたのは当のシーロンと、そしてバーナだった。

 モントサムーラ姫のシーロンへの恋慕はまだ誰も知らないと思っていたのにその考えは甘く、当然のことながらこのハセリミの世界のすべてを統べる天帝のお耳には入っていたのである。


「たしかにわたしは自在を許した。だからといってこのようなどろどろとした関係は、ハセリミ世界の乱れの元ともなろう。モントサムーラの件を含めて、このことはヴォーヨ将軍およびギリシエロ警視総督とともによくよく相談し、しかるべき手を打つこととする」


 天帝のこのお言葉で、とりあえず散会となった。

 バーナはすぐさま宮殿を出て、雲の上を飛来して人目のない大地に行き、モントサムーラ姫の映像を呼び出した。


「状況は大変なことになりました。姫様がシーロン様に求愛なさっていることも、天帝陛下はすべてご存じでした」


「え? なに?」


 映像の中のモントサムーラ姫の顔色はみるみる変わっていった。

 バーナは宮殿での御前会議の様子を、逐一モントサムーラ姫に報告した。


「まずい。それはまずい。ヴォーヨ将軍に出てこられては、私の立場も危い」


 モントサムーラ姫は焦っていた。


「とにかくそちらへ参る」


 映像が消えると同時に大空に羽ばたく羽が見えたかと思うと、モントサムーラ姫自身がバーナのいる隣に瞬時に辺境から転移してきた。

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