3 多くの生命誕生の回顧

 ストレチタ姫の言葉は意外だった。

 雲の上の道をオラドゥーラ姫は、自然とこぼれる涙をぬぐいながら走った。

 体がゆっくりと下降する。

 いくつかの光景を目にしながら、ついには大空の底まで来てしまった。

 この下はもうカギリミの世界となってしまう。


 ストレチタ姫は従妹いとことして、そして親友としてずっと共に働いてきた。

 だからこのシーロンのことも、親身になって相談に乗ってくれると思っていた。そしてシーロンをうまく拒絶する方法も提示してくれると期待していた。

 だがその言葉は、期待とは真逆だった。

 むしろシーロンとの婚姻を勧めてきたのである。

 ストレチタ姫の言葉とは思えなかった。今はもう茫然自失というところだ。

 結局は、自分の身は自分で守るしかないようだ。


 だが、まだまだ頼っていい存在がある。ここはすべてのことを両親に打ち明けて守ってもらうしかない。両親ならまさかあのストレチタ姫のようなことは言うまい。

 そう思ったオラドゥーラ姫は、とりあえず家に帰ることにした。


「あら、姫様」


 家に帰る前に突然現れたのは、姫の遊び仲間の娘のバーナだ。


「またあのシーロン様に連れて行かれましたから、案じておりましたけれど」


 オラドゥーラ姫は涙目のまま、なんとか笑顔を取り繕った。


「どうもありがとう。実は」


 姫はストレチタ姫の家であったことをバーナにも告げ、そしてこれから家に戻って両親に話すと言った。


「それがいいですわ。私は微力でお役には立たないでしょうけれど、お話を聞くことくらいはできますから」


「ありがとう」


 そう言ってからオラドゥーラ姫は、自分の家の前にと瞬間に移動した。


 だが、父も母もいなかった。

 まだ天帝の宮殿にいるようだ。オラドゥーラ姫は緑まぶしい庭の木々の間のベンチに座って、色とりどりの花を見ながら両親の帰りを待っていた。


 それにしても、ストレチタ姫とはかつて天帝陛下の命で『大根本様』の一大プロジェクトであるカギリミの世界の創造に共に加わったものだ。

 何気なくそのことを、オラドゥーラ姫は思い出していた。


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 まずは『大根本様』のカクレミの世界で「時間」、「空間」、「火の精霊」、「水の精霊」の四大源力を司る方々がご苦心を重ね、天地剖判ほうはんということで、ハセリミの世界とは切り離したところに物質の世界を創造した。

 それがカギリミの世界である。まずは海と陸を分離させ、泥を固めて強固な陸地とすることを担当したのがモントサムーラ姫で、新しい大地の修理固成が行われた。

 そしてオラドゥーラ姫は風の力担当で、大地の浄化を担当していた。


 カギリミの世界はハセリミの世界と同じように平面ではあるけれど、それはあくまでハセリミの世界の者たちの意識で見た場合である。

 ここにはハセリミやカガリミの世界にはない「時間」の概念があり、「空間」というものが存在する。そのカギリミの「空間」では大地は決して平面ではなく、大千三全世界は巨大な暗黒の宇宙に多くの光り輝く球と、その光を受けて輝く球が浮いているという形になり、その中のたった一つがこれから創造するカギリミの世界ということになる。

 ほんの小さな土の球だが、近づくと球体はだんだんと平面に見えるようになり、その表面が水と乾いた土地に分かれている。

 天帝はハセリミの者たちに命じ、その球体の表面にハセリミの世界にあるような木々や草などを物質で創造し、大地を緑が覆うようにした。

 そしてそこに土と水の体を持つ多くの生き物を思い思いの工夫の元に生じさせた。

 それぞれの龍体の頭を模したり、その足の形を利用したり、尾のような形状のもの、あるいは龍体そのものを縮小したり、腹部を利用したりと皆苦心し、それによって地上にいろいろな種類の生き物が生息するようになった。

 同時に、天帝は別の苦労があった。

 カギリミの世界はそのような植物や動物のために創ったのではない。

『大根本様』のご意思でありカゴリミの世界を統治する「チエラコローノ様」の発願が、カガリミの世界の「三賢者様」を通して天帝に告げられた。

 すなわち、カギリミの世界に土と水による物質の肉体を持つ人類を創造せよとのことだった。

 カギリミの世界を人類で満たし、その世界に自分たちの世界と同じような文明を物質で造らせる、すなわち地上天国を建設させるという『大根本様』の大芸術による計画なのだ。

 もちろんそのことは、ハセリミにいるすべての者たちにも告げ知らされている。


 天帝は宮殿の一室に籠り、さらに苦労に苦労を重ね、ようやく自らの龍体の一部から最初の人類の男のひな型(デッサン)を創り上げた。

 だがその姿は今度は龍体の一部を模したりするのではなく、ハセリミの者たちの通常の姿にそのまま似せることにした。だがまだそれは、肉体として物質化はしていない。

 そのあとで、皇后シャフォーエ妃がその龍体から女のひな型を創造。その間、カギリミの世界の「時間」でいえば二万年くらいが経過しているようだ。

 今度はその物質化と、そして生命を与えないといけない。

 生命を与えるには魂を入れねばならず、その魂はハセリミの世界の者たちが入れなければならない。

 まずは人類第一号のひな型によって、天帝の嫡男の皇太子テーロ将軍の霊質の一部をちぎって分魂として包み、それを地上に降ろして地下深く埋めた。

 同じくその妻のエテールネ姫も見様見真似でシャフォーエ妃の龍体によるデッサンによって、自らの霊質の一部を引きちぎって分魂として包んだ。それも同じように地上に降ろして地下に埋められた。


「地表は全体が時々氷のように冷たくなるが、時々熱くなる。冷たいときは埋めたままにし、暑くなったら地表に掘りだせ」


 これが天帝の命令だった。

 やがて、地表にうごめくものを認めた時の、天帝をはじめハセリミの世界中が大騒ぎして喜んだのをオラドゥーラ姫は覚えている。

 まさしく、ひな型を埋めてから最初の人類が発祥するまで、カギリミの「時間」では二万五千年がたっていた。


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 オラドゥーラ姫はそんなことを思い出しながら、ふとため息をついた。ここはカギリミの世界と違って「時間」が存在しないから、そんな出来事も今と同じなのである。

 そのあと、さらに天帝によって多くの男の人類のひな型が創られたが、同じく多くの女のひな型の創造をオラドゥーラ姫を含む十六名のチームに任されたのだ。

 本当に大変だった。

 さらには男のひな型の量産がシーロン含む十名のチームが担当した。

 そうして男女合計四十六体のひな型には、天帝の四十八のみ働きのうちの最初の二体に与えられた「統べる」み働き以外の四十六のみ働きの分魂が付与され、地上にて繁殖を始めた。

 人類はハセリミの世界と同様に天の規律と秩序の元に生活し、また天帝はじめハセリミの世界から手取り足取りと生活の指導をして、なるほど地上天国とはこういうことなのかと皆を納得させるような生活をしていた。


 しかし今は……


 そんなことを考えているうち、両親のユラリー宰相と皇女ユーナ姫がオラドゥーラ姫の前に姿を現した。

 宮殿よりやっと戻って来たらしい。

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