3 樹海へ

 俺はなんとかして富士の麓の樹海の老婆に会いに行きたいと思っていた。

 そのことはこれまでもチャコと再三話してきたけれど、まずははっきりとした場所が分からない。

 並行世界での高二の夏休みに行ったはずだけど、どうやって行ったのかは思い出せない。たしか車で連れて行ってもらった気がする。

 しかも、その車を運転していた人をはじめその時一緒だったのはまだ現れていない連中で、今LINEグループのこのメンバーの中では行ったことがあるのは俺だけなのだ。

 樹海といっても広い。その中の集落など現実的ではない。しかも並行世界での記憶だから、この世界でも現実に存在しているのかどうかは分からない。

 よってその案件はこれまで引き延ばしになっていたのであった。


 やがて一年が終わる。年が明ければ、大学は長い休みに入った。

 ピアノちゃんと美香、そして大翔と新司、この四人が大学入学試験を受けに上京する日も近い。

 彼らが無事合格すれば気楽に集まれることになる。

 だがその前に、俺は記憶の糸を手繰ってでもその老婆に会いに行こうと思っていた。

 いや、会えなくても少なくとも所在はつかんでおきたい。そして何よりも確かめたいのは、この世界でもそのような老婆が実在するかどうかなのだ。


 俺がチャコとともに、わざわざ東京から来てくれた杉本君と大学の最寄りのJRの駅近くで会ったのは世間がクリスマス一色の頃だった。

 まだ大学は休みではない。冬休みが始まるはクリスマスの後だ。だから、その日の講義が終わって、夕方にチャコとともに待ち合わせの場所に向かった。

 チャコがいつも利用している駅の改札の真ん前の高架下にスーパーマルエスがあって、その中の一角にハンバーガーショップのマグロナルドが小ぢんまりとある。そこで待ち合わせだ。なにしろ本当に小さな店舗なので満席の心配もあったけれど、普段そう利用客も多い駅ではない。

 駅前には本当に何もない。静かすぎる。商店街もなく、ただちょっとした広場の向こうに高層アパートがいくつかそびえているだけだ。いくつかの飲食店は皆JRの線路の高架下に若干あるだけである。それだけに、広々と感じられる。

 付近の住民と俺の大学の学生くらいしかこの駅は利用しないだろう。

 俺とチャコがスーパーの中のハンバーガー店に行くと幸い満席ではなく、杉本君はもう来ていた。


「ああ、わざわざ悪い」


 俺は杉本君に声をかけ、チャコの注文の希望を聞いてから彼女を先に杉本君のいるテーブルに着かせ、ハンバーガーや飲み物を買いに行った。

 戻ると早速、すでにLINEで連絡済みのことを直接口頭で再度繰り返した。


「僕の大学は休みは二月からだね」


 杉本君が言う。チャコが同調する。


「じゃあ、うちと一緒じゃない」


「うん、そうだね」


「では、やはり富士の麓の樹海に行くのは春休みだね。冬休みは帰省するでしょ?」


 俺はうなずいた、去年は受験直前ということで、クリスマスも正月もなかった。だから久しぶりに故郷の正月を楽しもうと思っていた。


「僕が車を出すよ」


「え? 杉本君は免許取ったの?」


 俺が少し驚いた様子を見せると、杉本君は笑った。


「もうとっくに。入試が終わって大学が始まるまでの間に教習所通った」


「早いなあ」


「あてはあるのかな?」


 はっきり言って、ない。たとえこの世界のことだったとしても二年半前のことになると記憶も怪しげになる。まして、今生活しているこの人生ではない別の人生、並行世界での記憶だからもっとおぼろげである。


「行ってみたらなんとかなるかも」


「でも、そんな樹海の中に人なんか住んでるの?」


 チャコの疑問ももっともだ。


「まさか、樹海の中を歩き回って探すなんて考えてないよね?」


 今度は俺が杉本君に笑った。


「いやいやいや、いくらなんでもそんな無謀なことはしない」


 それでも、そうでもしなきゃ見つからないのではないかという気さえしていた。

 とりあえず、二月の頭の第4タームの期末試験が終わって春休みになったらすぐにということで話はまとまり、チャコがスマホでこの結果をリアルタイムで美貴にも伝えていた。

 もちろんチャコも行くし、美貴もまた行くと言っているそうだ。

 この日は、あとはいろいろと雑談をして、杉本君とチャコは改札に消えた。だが、ホームに上がったら、二人はそれぞれ反対方向の電車に乗る。


 そして俺は、冬休みになったら早速実家に帰った。

 大学は夏休みや春休みは長いが冬休みは短く、高校と同じくらいしかない。

 帰省しても後輩たちはちょうど去年の俺と同じで、受験直前で正月どころではないようだった。

 考えてみれば、俺が並行世界にいたら、もう二度と来ることもない町であったし、親父はともかく少なくとも母親や妹の美羽みつばとはもう二度と会えなかったかもしれないのだ。

 それを思うと、今こうして家族とともに正月を迎えているのことが複雑な思いだった。

 そして年明け早々、俺は大学のそばのアパートに戻ってきた。


 そしていよいよ、試験も終わって春休みとなり、よく晴れた日に杉本君の車で西へと向かった。

 まずはチャコのいる町へ向かい、そこでチャコと美貴を拾って、あとは高速を一気に走る。そして都心から来た幹線と合流した後、最初の小さなパーキングエリアで休憩した。

 トイレとコンビニがあるだけの本当に小さなパーキングエリアだ。

 車を降りて四人でコンビニに向かうと、上下の本線の向こうに上り方面のパーキングエリアも同じ位置にあって、よく見える。

 その時、その高速道路の向こうの駐車場で、何か光るものが見えた気がした。

 目を凝らしてみると、二人の人影があった。その人影がなぜ光を放っているように見えたのかはわからない。

 その二人がこっちを見ている。もちろん遠すぎて顔なんかわからない。

 でも一人はお寺の坊さんの作業着のような服を着ていて、もう一人は外国人の女性のようだった。

 俺はその二人が妙に気になったけれど、ほかの三人がさっさとコンビニに入るので、俺も慌ててそのあとを追った。


 そしていろいろと用を足すと、俺たちを乗せた車は再び一路西へと走り出した。

 だが俺は、いつまでもあの光っているように見えた遠い駐車場の二人が気になってしょうがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る