第4部 回復魔法と浄化魔法

1 楯のバッジ

 チャコの手の上には、小さな奇妙な形のバッジがいくつか乗っている。袋の中にはもっとあるみたいだったけど、チャコは数えて六つだけを出した。


「みんな、来て」


 チャコが呼んだのは一年生の五人と、そして俺だった。


「はい」


 チャコがそのバッジを乗せた手を俺たち六人の方に差し出すので、みんな一つずつ手に取った。

 裏には小さな安全ピンがついているが、そのピンのついている位置からして上だと思われるところは平らで、その下が少し膨らんでいる。

 ちょっと見は竪琴のようにも見えるけれど、枠の中には三角の光条のついた太陽がデザインされていた。

 太陽の円形の部分の中には縦横十字の線が入っている。


「これはただのバッジじゃない。ものすごいパワーが秘められているんだ」


 島村先輩が説明を始める。


「妖魔からも守ってくれる一種のお守りでもあるし、パワーグッズなんだ。これは二十四時間身に付けておくことだね」


「おお」


 いちばん感動したようにそれを宙にかざして見ていたのは、天使ケルブこと藤村結衣だった。


「いいのかしら? ありがとうございます。確かにパワーを感じる」


 続いて皆口々に一応という感じで礼を言っている。


 たしかに引き込まれるようなデザインではあるけれど、俺には特に何も感じなかった。


「これ身に付けてるだけで、回復魔法と浄化魔法は使えるようになるから」


 チャコもそう説明する。


「あら、じゃあもっと早くください。せめて昨日の朝に」


 ピアノは半分冗談みたいに笑って言った。


「悪い悪い。この合宿中の中では渡すつもりだったけど、いろいろあったので最後になってしまった」


 島村先輩も笑って、そしてさらに付け加えた。


「それで、普段着の時は見えるところにつけていてもかまわないけれど、服を着替えるたびに付け替えるのもなんだから、下着のシャツにつけておくといい」


「俺らはみんなそうしてる」


 悟の言葉によれば、ほかのメンバーは全員このバッジをつけているということか。


「女の子は、ブラにね」


 美貴が女子たちに小声で言った。


「まあ、学校へ来るときは下着につけていないと、制服の見えるところにつけたら異装になるからな」


 青木先生までもがそんなことを言うということは、先生もつけているのだろうか。


「あのう、回復魔法ってどうやって」


 俺はチャコから受けたことがあるだけに、少し興味を持って聞いた。


「この間やってあげた時みたくすればいいだけよ」


「チャコ」


 島村先輩がだめだし。


「やってあげたんじゃない。させていただいたんだ」


「そうだった」


 チャコはぺろりと舌を出した。


「で、両手の手のひらを対象に向ければいいだけ。なるべく腕の力、肩の力を抜いて軽くふわっと。あとは青い光線を放射しているとイメージして、とにかく一点に集中、貫く思いで」


「大それたケガとかじゃなくても、例えば肩こりとか筋肉痛とかでもいいから試してみることだね」


 島村先輩に続いて、悟が言う。


「そうだよ、実験してみればいい。別に宗教じゃないんだから、信じていなくてもいいんだ。半信半疑でも、あるいは疑っていてもいい。効果は関係なく出るから」


 宗教嫌いの悟が宗教じゃないと言うのだから、なんだか説得力がある。


「対象は他人じゃなくても自分の体でもいいし、あるいは動物や植物でもいい。あと、食べ物でも実験するといいよ。パワーをかけたコーヒーと何もしていないコーヒーを飲み比べると、味が変わっているから」


「うん、そうだね」


 チャコがうなずく。


「回復魔法と同時に浄化魔法だから、おいしくなるだけじゃなくって食品に含まれている添加物や農薬とかの毒気も消える」


 島村先輩はそこで笑った。


「まあ、あまりごたごたと理屈言うよりも、まずは帰ってから自分で実際に試してみたほうがいいよ。今はとにかく帰ろう」


 みんなはまた騒ぎながら、帰り支度を始めた。


 朝は例の事故のことで少ししんみりとなったけど、もういつもの底抜けな明るさを取り戻している連中だった。

 事故の犠牲者の方々の魂がすでに救われていて、それだけでなく新しい任務に立ち上がっていることを知っているからか……。

 いや、先ほどの悟の言葉ではないけれど、俺はやはりまだ半信半疑だった。



 地元の駅に着いて、そこで解散だった。

 みんなはただ楽しかった思い出だけをそれぞれ持って帰ってきたように、わいわいと盛り上がりながら余韻を残してそれぞれの家に帰って行った。


 2LDKのアパートの自宅に帰った俺は、落ち着いてから一人の部屋で二泊三日の合宿キャンプを思い出していた。


 まあ、普通に楽しかったし、いい夏の思い出だと思う。


 飯盒炊爨、バーベキュー、花火、ハイキング……。


 そういったシーンが頭に甦り、ベッドに転がりながら合宿中に撮ったスマホの中の何枚かの画像をスライドして眺めていた。


 でもそんな普通の楽しかった思い出よりも勝って、心に残っているのが至近距離で起こった悲惨な事件。そして数々の不思議な因縁。さらには初めての当たりにした交霊体験……


 その両者が混ざって頭の中をぐるぐると回転していた。

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