5 また中二バトル?
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ここにいる人たちを見おろす位置に浮かんでいるのは、紫の炎に包まれて魔性の存在。
「このお社の神様ですか?」
青木先生が聞くと、紫の炎の中のエネルギー体は笑ったようだ。
「そうではない。わしは数万年もここを守ってきたのだが、それが今終焉を迎えようとしているのか。そなたたちのせいか?」
「いいえ、私たちは何もしていません」
「ええい、信じられるか!」
エネルギー体の一声で、何十何百もの妖魔が湧いてこちらへと攻撃をかけてくる。
そこで、島村先輩と、俺を除く二年生全員が一年生部員と俺を守るべく、エネルギー体の前に立った。
その時皆がかつてあの神社の隣の森でのチャコと同様、両手を頭上に上げて、両掌で何かをはさむようにゆっくりとひろげた。
そこにじわじわの閃光を放つ巨大な玉が現れ、次々にそれを空中の妖魔に投げる。
命中した妖魔は苦痛に打ちひしがれるどころか、邪悪な姿が幸せそうな穏やかな表情になってすっと消えていく。
そこからはなんだか温かい波動が伝わってくる。
妖魔の数がどんどん減ると、巨大なエネルギー体から発せられる紫色の靄の負の波動はますます大きくなり、広場全体を覆うほどになった。
怒りと悔しさの波動が部員たちを直撃し、みんな立っていられないという感じで足元もふらついている。
だけれどもそれでも二、三年生たちは頭上に振る揚げた手の間に閃光の玉を作って、そのエネルギー体に向かって投げようとしていた。
「ちょっと待って!」
青木先生が彼らの前に出てエネルギー体に背を向け、つまり彼らの方を向いて立ち、両手を横に広げて彼らを制した。
「あれは妖魔ではない。もっともっと次元が高い存在だ。君たちの手には負えない。君たちでは浄化できない」
そしてくるっと、エネルギー体の方を向いた。
「あなたはもしや、超太古の天岩戸閉じと関係あるお方ですね。もしかしてこの祠のご神霊様は……」
「ええい、黙れ! やはりおぬしらは岩戸の中と同じ火の属性の光の眷属か……」
「たしかにそうですが」
「それならなおさら、そのまま帰すわけにはいかぬ」
負の波動はますます強く大きくなり、辺り一面が真っ暗になるほどだった。
その時、俺のそばにいた一年生のケルブこと藤村結衣が、さっと青木先生よりも前に出た。
「藤村、危ない!」
青木先生が制するけれど、ケルブは首だけ青木先生の方を振り向いて、にっこり笑った。
「大丈夫ですよ。ってか、ケルブですぅ!」
そしてまたエネルギー体の方を向くと、ゆっくりと白い羽を伸ばした。身長の何倍もあるような巨大な羽で、そのままエネルギー体のあたりまでまたゆっくりと浮上した。
そして、羽が、そして全身が白く輝き始めた。
エネルギー体からは驚きの波動が感じられたが、やがてすぐに元の邪悪な波動に戻った。
「貴様ッ! 一瞬天使かと驚いたが、その本質は龍ではないか!」
「天使ですよ。智慧の天使ケルブ」
「騙されるものかッ!」
するとみるみる、ケルブの体は巨大化していき、エネルギー体をも包み込むくらいになった。
そしてジャージとTシャツ姿だったケルブが、いつの間にか全身白く輝く衣になっており、その袖でケルブはエネルギー体を抱きしめるように包み込んだ。
顔はにこやかに微笑んでいる。
そのまましばらくエネルギー体を羽交い絞めにするように抱き込み、包み込んでいた。
次第に当たりの闇が晴れ、光を取り戻した。
「そうか……三千年ほど前から始まった終焉が、いよいよ時が来たのか……」
「もう争うのはやめましょう。争いの時は終わりました。これからは和合の時代です。敵対はやめて十字に組み、共々に
やがて、エネルギー体はすっかり浄化されて消え、ケルブは元の大きさに戻ってゆっくりと地上に降りてきた。
地上に降りた天使は、元のTシャツとジャージ姿の一女子生徒に戻っていた。
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みんなが一斉にケルブのもとに駆け寄って取り囲んだ。
「いやあ、藤村。君はすごいんだなあ。まいった」
先生も相好を崩している。
「ってかケルブですぅ」
そう言って笑うケルブに、一年生男子も感嘆の声をあげた。
「あんなすごいのをやっつけるなんて」
新司がはやし立てる
「やっつけてなんかいなくてよ。抱き参らせて浄化しただけ。どう? 尊敬してもいいわよ」
「「そ、尊敬するよ」」
新司も
「そう? じゃあ、私のことを『僕の天使』と呼んでもかまわなくてよ。ククククク」
俺はその背後の少し離れていたところから、その中二病女子の後姿を見ていた。
皆は一仕事成し遂げたように、高らかな笑い声をあげ合っている。
一人ぼさっと突っ立っていたのは俺だけだ。
俺には何も見えていなかった。先ほどまでの描写は前の神社の森でのチャコの時と同じく、ここにいるみんなの妄想を俺が想像したに過ぎない。
実際には何もなかった。
みんなは何もない空中に頭上の両手から目に見えない何かをやたらと投げまくっていたし、先生までもが空中に向かって大声で叫んでいた。
もちろん先生のその声に返事をしている声など聞こえてはいない。
そのうちケルブが先生の前に立って、Tシャツとジャージのまま自分の目の前の空間を両手で撫でまわすようなしぐさをして何かささやいていた。
それが、俺が見ていたすべてだ。
ただ、たった一つだけ感じた異変は、彼らが妄想の中で中二病バトルをしていた時だけ急に暑さが消え、やたらと寒気が全身を襲っていたことだけだ。
足が震えるほどの寒さを感じていた。
これだけは不思議だった。
それにしても、こんなところをほかの人が見たらきっと怪しげなやばい集団だと思っただろう。
何もない空中に見えない何かを投げつけたり、しゃべりかけていたりしたのだ。
だが幸いなことにこの山中、全く人の気配はなかった。
「帰ろう」
島村先輩が何ごともなく明るく言うと、みんな本当に全く何ごともなかったように、来た時と同じようにわいわい騒ぎながら歩き出した。
帰りは山を反対側に降りて、昨日キャンプ場に来た時に降りた駅よりも一つ手前の駅の近くの集落に出て、そこから線路沿いに一駅分の道のりを歩いた。
そういえば、今日出かけてから、いや昨日この駅についてから今日の今まで、全くコンビニというものを見ていない。
この周辺の人は、コンビニもない場所でどうやって生きているのだろうかと思う。
そんなことを考えているうちに、もとのキャンプ場に戻った。
帰ると、管理人のおじさんがすいかを用意してくれていた。
「これはサービスだよ」
女子たちなどきゃっきゃ言って、手をたたいてはしゃいでいた。
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
みんな声をそろえて、おじさんに礼を言う。
「せっかくだからすいか割りやろうか」
「何言ってるの、海じゃあるまいし。ここは山!」
悟の提案は美貴に一蹴され、皆笑っていた。
なにしろ朝に持って行った水筒はほとんど中身が
本当に生き返った気分だった。
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