夜の殴り書き
上海X
アルカリ性の恋
外は雨夜。窓からは水滴が垂れているのが垣間見える。高層階からの夜景は雨でもきれいに映ってしまうのだな、と感傷に耽った。
深夜二時、丑三つ時も近く、周囲からは足音一つ零れてくることはない。流石は出来のいい旅館だと思う。
この景色はおそらく、空虚の表れとも言うべきだろう。深酒に酔った心頭を内側から覚ましてくれるのだから。こうして感慨に耽るのは多分、一人だからだ。
かつて……と語るには近しいだろうが、一年前にはある女性とここへ慰労に来た。
彼女は酒も弱く、会話も大して合うことはなかった。言ってしまえば、分かり合えない人間が、『分かり合えないことはない』と偶然にも豪語していて、それに付き合っていただけだったのだ。その旅行すら、出不精の私が厭々受けたものにすぎない。
ただの経験であり、ただの履歴であり、嫌なものでも、好きだったものでもない。
実際、今じゃ面影もないのがその確たる証拠だ。二つの向かい合った椅子には一人の人間しか座っていない。それが事実である。
その影を、無くなってしまったものを、顧みることになるとは思わなかった。
椅子の向こうを、こうして打ち込んでいるパソコンの奥を覗き見るなんて、俺には必要もなく、責務もなく、増して多分、権利もなかったのだ。
グラスは一つしかない。
眠る彼女に毛布を被せる必要なんてない。
ただ、俺は。過去を回顧し、そうして置いて行った罪業を、檻の外から眺めるだけで。
また、逸らすように眠る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます