第39話

 私はいつもより慌ただしい倉橋家の屋敷を歩く。

 倉橋家に仕えている使用人が慌ただしく動き回っている。

 そんな中私は重い、重い足を無理やり動かして前へ前へと進んでいく。

 辿り着いた場所はお父様が待っている大広間の扉の前。


「すーはー」


 一度深呼吸してから中に入る。

 大広間の一番奥の上座にあぐらをかいたお父様が座っていた。

 私はお父様の前まで行き、正座して座る。


「……」


「……」


 しばらくの間沈黙が続く。


「神奈……ひとまずは任務ご苦労だった」


「……ありがとうございます」


 私は頭を下げる。

 ……この頭を下げたままでいいのならどれほど気が楽だろうか。しかし、ずっと頭を下げたままというわけにはいかない。

 私はゆっくりと頭を上げる。


「神奈。学校での任務の方はどうだ?」


「……申し訳ありません、成果は芳しくありません」


 私は頭を下げる。

 そして、すぐに頭を上げる。

 私はもう覚悟ができた。


「……私が言いたいことはわかっているな」


「……はい」


 ……動揺するな。

 もうすでに覚悟は決めたはずだ。


「……一週間後。かの魔怪がお目覚めになる。我ら一族が長年管理してきた怪物だ。正真正銘の怪物が」


「……はい」


 理解している。……お父様が何を言わんとしているのかも。


「我らは生贄を出す。生贄を出すことで怪物の怒りを鎮め、何事もなく眠ってもらう。これが我ら一族の宿命だ。毎回多くの有能な陰陽師を生贄として捧げている」


「……はい」


「それが一人で済むというのなら良いとは思わぬか?」


「……はい」


「……」


 お父様はそう言ったきり沈黙してしまう。

 あぁ。私から言えと。私から言わなくてはいけないということなのか。


「お父様」


「なんだ……」


「私を生贄として捧げてください。家族のため、お家のため、配下のため私はこの命を捧げます」


「……」


 私の言葉。

 それを受けてお父様は沈黙をもって返す。

 ……お父様?


「……了承した」


 お父様は頷く。


「お前を生贄をして捧げることにする。準備を進めておけ」


「はい」


「もう退出していいぞ」


「はい」


 私はお父様の言葉を聞き、立ち上がる。

 部屋を出た私はお父様に一礼し、大広間を出る。

 そして、一歩がなかなか踏み出せない。

 何をしている?

 私は覚悟を決めたのだ。

 私は自分の部屋に向かって歩き出す。

 ────その時、私の目に慌ただしく動き回っている使用人の姿は映らない。

 私は自分の部屋にたどり着く。

 そして────

 私は崩れ落ちる。足腰に力が入らなかった。

 ……。

 …………。

 私は、私は、覚悟を決めたのだ。

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