馬と競馬と競馬場
@kuchisusugu
去りゆく戦士に祝福を
彼を初めて見たのは9月の仁川、新馬戦であった。そのときは「仕上がりはいいけど見るからにマイラー体型だな」程度のことしか思わなかった。そのレースは圧倒的1番人気に応えて楽勝だった…、らしいがあまり覚えていない。彼の馬券は買っていなかったし(というか1倍台なんて買えない)、新馬戦で圧勝する「大物候補」は珍しくない。パドックでの印象もあってよくいる早熟馬の類だと思ったのだ。2ヶ月後、東京競馬場で圧巻のパフォーマンスを披露したときもそれが新馬戦の彼だと気づかず、記憶が結びつくのは暮れの中山ホープフルステークスまで待つことになる。
年内最後の2歳G1のパドックを眺めていると、均整のとれた、よく仕上がった好馬体が目についた。案の定一番人気で、そのとき家族に「あの新馬戦の馬だ」と指摘されたのだ。しかしそのレースを完勝した姿をみてなお、それほどの将来性は感じなかった。あくまで早熟だ、と。
それから4ヶ月、馬場の悪化した皐月賞はもう一頭の2歳王者のサリオスとの一騎打ちとなったが、見事に打ち負かした。ここまでは2歳時点での完成度から想定内だったが、一月後のダービーで彼に対する見方が大きく変わった。正直2400mは長いと思っていたし、ダービーの頃にはサリオスが仕上がってきて力関係が逆転するのではないかと考えていたが、蓋を開けてみると驚くべき圧勝に終わったのだ。
夏を越え、神戸新聞杯をいとも簡単にモノにすると、ついに三冠を賭けて菊花賞の舞台にコマを進めた。体型はデビューのころと大きく変わらずマイラーでもおかしくないと思えたほどであり、この戦いは非常に厳しいものになると感じた。それと同時にこの時期ならギリギリ絶対能力の差で3000mもこなせるのではないかとも思った。それでも単勝1.1倍は人気になりすぎという気はして、それがギャンブル性とは別に彼に注がれた期待の重さだったのだろう。結果、極めて厳しい展開の末に辛くも無敗3冠の栄光に輝いた。
実はその年、私の心の中は2年前の牝馬三冠馬で王座に君臨し続けるアーモンドアイのことでいっぱいであった。そのアーモンドアイは引退レースにジャパンカップを選んだ。さらに無敗でその年の牝馬三冠を獲ったデアリングタクトの参戦も決定しており、引き寄せられるように無敗のクラシック3冠馬の彼も出走することになった。伝説の舞台は整ったが、はっきり言ってアーモンドアイを熱烈に推していた自分にとって他の2頭は単純に「強い敵」であった。菊花賞から直行する彼の状態が絶好でないことも「3強のなかでは一番大変だろう」と冷静に見ていた。結果はアーモンドアイが3冠馬3頭の頂点に立ち、引退した。彼は2着、デアリングタクトが3着の3強決着という美しさであった。なんだかんだで3冠馬たちにはアーモンドアイ以外に負けて欲しくなかったのだ。
年が明け、アーモンドアイがターフを去ったことで心置きなく彼を応援できるようになった。しかし、どんな勝ち方をするかと思った年明け初戦の大阪杯でまさかの3着、そして宝塚記念でリベンジかと思った矢先に上半期の休養の一報が入った。年内での引退はほぼ確実だと思っていたので残念さと同時に一抹の不安が頭をよぎる。この秋、おそらく3戦程度しかできないがG1を勝てるのだろうか、と。
その不安は下半期のG1シーズンが近づくにつれ大きくなっていた。陣営から天皇賞・秋とジャパンカップの2戦で引退することが発表された。距離適性を考えても2000mの天皇賞・秋に必勝を期するのだろうと思ったが、例年よりもハイレベルな3歳馬の、その中でも大将格であるエフフォーリアの参戦決定も不安を加速させた。1戦必勝、レースの中で調子を確認する余裕はなく、未知の強敵との邂逅にも備えなくてはならない。負けられない。条件最適な天皇賞・秋こそ負けられない。
迎えた天皇賞・秋、陣営は彼の状態を「最高の仕上がり」と表明した。そのコメントからもこの一戦にかける思い、緊張感がひしひしと伝わった。
だが、エフフォーリアに負けた。1馬身差の2着。ショックだった。三冠馬が古馬G1を一勝もできないという事態が現実味を帯びていることに私の心は苦しくなった。彼に対して心無い言葉を発するものもネット上にはいた。彼は間違いなく強いと信じていたが、勝たなければそれを証明できない。悔しかった。
この敗戦でG1タイトルを掴むチャンスは残り一戦、東京芝2400mのジャパンカップしかなくなったが、既にこの一戦で非常に良い状態に仕上げてしまっている事実はどうしようもなかった。はずだった。
それから3週間、彼は驚くほどに高い状態でジャパンカップの舞台に姿を表した。天皇賞・秋以上の状態は難しいと思ったが、まさに究極の仕上げであった。
しかし同時にこれが引退レースであるという事実が鉛のように重くのしかかっていた。 「泣きの一戦」など許されない。ここは絶対に勝ってほしい、勝たなければ…と思うほどにネガティブなレース展開が次々と想起される。それでも出走時間は刻一刻と近づく。
そしてファンファーレが鳴り響き、ゲートは開いた。スローペース、ポジショニングがどうか、直線に向いて先頭まで差がある、届くのか。
果たして、見事と言うしかない完勝だった。感無量。福永騎手の涙が全てを物語っていた。
引退式を見ながら思う。11戦8勝2着2回3着1回。史上3頭目の無敗クラシック3冠、G1・5勝。終わってみれば日本競馬史の中でも屈指の安定感を誇り、最後は3冠の名に恥じない最高の結末を見せてくれた。今年はわずか3戦、それも1勝しかできなかったしもどかしい思いもした。それでも私は、ファンは、そして何よりも彼に携わった全ての関係者が彼の強さが本物であることを知っている。彼の名前と輝かしい軌跡は我々の心にも競馬史にも永遠に刻まれるのだ。
本当にありがとう、コントレイル 。
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